映画『スージーQ』
Amazon Prime Videoでスージー・クアトロのドキュメンタリー映画を観た。
ヒット曲の数々はよく知っているけど、彼女自身の事は全くと言っていいほど知らなかったので興味深い話が満載だった。
(当時の雑誌やレコードのライナーなどにある程度書かれていたのかも知れないけど、全然記憶にない事からも、当時の私は、音楽とルックス以外の事には、あまり興味がなかったのかと思う)
中でも、ソロデビュー以前にしっかりと時間が割かれていて、アメリカの芸能一家に育った事、ファミリーガールズロックバンドとして活動していた事など、意外で面白かった。
なんとなくイギリスから出てきたように思っていたスージー・クアトロだけど、アメリカ人だったとは。アメリカでバンド活動していたとは。
でも、観進めていくと、イギリスのマネージメントと契約し、19歳で単身イギリスに渡り、イギリスでバンドを組み、イギリスでレコードデビューしたと知る。「なんとなくイギリスから出てきた」と思っていたのは、間違えではなかった。
デボラ・ハリー、ジョーン・ジェット、ティナ・ウェイマスらのコメントもナイス。
スージー・クアトロがそれ以後の女性ロッカーにどれだけ大きな影響を与えたかがよく分かる。
ロック史の中では、あまり重要な存在として語られることのないスージー・クアトロだけど、実際には、とても大きく重要な存在だったのだと気づかされる。
個人的な話をすれば、調度、スージー・クアトロの人気が日本でも高まっている時期に、洋楽を聴きはじめ、毎日ラジオを聴いていたので、初期のヒット曲は、ほとんど全部オンタイムで聴いている。
「キャン・ザ・キャン」「48クラッシュ」「悪魔とドライブ」「ワイルド・ワン」は、シングル盤で持っていたし、アルバムも1stアルバムの『サディスティックロックの女王』以後4枚目まで持っていた。
自分自身にとっても(聴き手として)最高の時期に、スージー・クアトロに巡り合えた事は、幸運だったと改めて感じたし、手放してしまったレコード達が無性に恋しくなってしまった。