月: 2026年7月

20260730 埼玉県 秩父市 お食事処 新世界

2023 渋谷考」というブログ投稿をした時に思ったのですが、このブログには、音楽活動の事や、映画、音楽の事が主に書かれていて、どこかに出かけた話がほとんど書かれていない。
そこで、たまには過去に遡って写真フォルダを漁り、どこかに出かけた話も書いてみようかな、と思い立ちました。という事で

お出かけの記録


2026年7月30日 埼玉県 秩父市 お食事処 新世界

猛暑の中、思い立って秩父へ

この日の、メインの目的は、昼食。
『お食事処 秩父豚味噌丼 新世界』

まずは、秩父までR299を快適なドライブ。
いつものように、途中、道の駅 果樹公園あしがくぼにてトイレ休憩。
平日にも関わらず、駐車場はかなり混雑。下の川では、大勢の家族連れが川遊びをしていました。
(写真はなし)

秩父に着いたのは午後1時頃。
いつもの駐車場に車を止める。駐車スペースは1台だけ空いていた。
駐車場のおじさんに軽く挨拶して、まずは秩父神社へお参り。

今年も、お正月に初詣に来ていて、秩父神社に詣でるのは、それ以来。
初詣ならぬ夏詣。

いつものように東照宮にもしっかりと日頃のお礼とご挨拶。

さて、その後は、お昼ごはん。
今回は、秩父名物のひとつ、豚味噌丼がお目当て。

秩父、本町通りから路地を少し入ると、秩父豚肉味噌漬本舗 せかいがあります。
大正4年創業という超老舗のお肉屋さん。
お店がまえは、年月の風合いを感じさせる立派なもので、ここでは何度か土産用の豚味噌漬けを購入したことがあります。

そして、なぜか、子供時代から何度か、この路地の夢を見ています。少年探偵団的?な、不思議な夢を。

その「世界」の並び、本町通りに面して、『お食事処 秩父豚味噌丼 新世界』が出来たのは、数年前(2020年との事)。
とても気になっていたのですが、やっと、食べに来ることが出来ました。

白い建物が『お食事処 新世界』、右奥、路地に面しているのが『秩父豚肉味噌漬本舗 せかい』

お店に着いたのは、午後2時近かったのだけど、まだ、何組かが、順番待ち。
とはいえ、すぐに呼ばれて、お目当ての豚味噌丼にありつけました。


注文したのは、豚肉3枚乗せの大盛り。
最近、若干食が細っている(当社比)ので「これは、失敗、並盛にしておくべきだった!」と、一瞬心をよぎったのだけど、食べ始めたら、ペロっと完食。
もう一杯、おかわりしたいぐらい。

肉は柔らかく、しっかりと味がしみ込んでいて、さすが老舗の味!と納得のおいしさ。ご飯もちょうど良い塩梅のかたさ。味噌汁もしゃくしな漬(秩父名物)も、おいしくて、ご飯がすすむ、すすむ。

いや~、大満足!
ごちそうさま、必ずまた来ます!!

帰りは、これまたいつものようにユナイテッド・シネマウニクス秩父を視察(?)


翌日から、『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』が始まるはずなのだが、そんな様子はまったくなく、『ちいかわ』だらけでした。



「お出かけの記録」年月日順INDEX

『どるたんパブタイム Vol.9』報告

もう1か月以上経ってしまいましたが・・・6月28日(日)、青梅 アトリエよぎにて開催された『どるたんパブタイム Vol.9』の報告です。

事前の告知では

今回は「どるたん大全集」というサブタイトルで、どるたんが作った曲を新旧織り交ぜて、あれこれ披露すると同時に、折々に心奪われた曲のカヴァーもたくさん取り上げたいと思っています。

としていましたが、主に幼少期から高校生ぐらいまでの「折々に心奪われた」曲たちを取り上げて、どるたんの音楽的変遷を辿る形となりました。

『どるたんパブタイム Vol.9』どるたん大全集フライヤー画像

第1部は幼少期~小中学生時代に大好きだった曲たち

テレビっ子の時代からThe Beatlesの時代へ

セットリストは
第1部

  1. 東京(カントリーロード日本語cover)
  2. レインボー戦隊ロビン(TVマンガ主題歌cover)
  3. スワンの涙(オックスcover)
  4. 風(はしだのりひことシューベルツcover)
  5. さらば涙と言おう(森田健作cover)
  6. ふざけるんじゃねえよ(頭脳警察cover)
  7. 時々吠えることがある(頭脳警察cover)
  8. I’m So Tired(The Beatles cover)
  9. Sexy Sadie (The Beatles cover)

頭脳警察coverのあたりで、ちょっと力を入れて歌い過ぎたのか、「Sexy Sadie」の途中でクラクラと若干貧血っぽくなってしまい、目の前が暗くなるような感覚になり歌い続けるのが困難と判断。
曲の途中で強制的に休憩に突入。
元々第1部最後の曲にする予定だったので、大きな問題はなし。

体調面も大きな問題はなく、少しの間、2階の楽屋で横になっていたら復活。
無事、第2部へ

第1部のセットリストを、改めて見返すと5曲目の「さらば涙と言おう」までが、テレビっ子時代、それ以後が能動的にレコードであれこれ聴くようになった時代という感じ。
1曲目の「東京(カントリーロード)」は、導入の1曲で、セットリストとは別枠。

David Bowieの時代

さて、第2部セットリストは

  1. Five Years (David Bowie cover)
  2. Ziggy Stardust(David Bowie cover)
  3. マーラーズパーラー(PANTA cover)
  4. 人間もどき(PANTA cover)
  5. Dust in the Wind(Kansas 日本語cover)


第2部、1曲目、2曲目がDavid Bowieの曲
高校生の時の私は、大きなくくりで言うと「David Bowieの時代」と言っても良いほどにDavid Bowieの音楽にはまりまくっていました。
この2曲は12弦ギターで

3曲目、4曲目がPANTAの曲
「David Bowieの時代」とはいえ、ほかの音楽を聴かなかったわけではなく、かなり熱中して聴いた音楽があれこれとあります。その中でも代表的なのがPANTAのソロアルバム。
3曲目の「マーラーズパーラー」が1stソロアルバム「PANTAX’S WORLD」から
4曲目の「人間もどき」が2ndソロアルバム「走れ熱いなら」から
この2枚のアルバムが、高校1~2年生時に発売され、巡り合えた事は、運命の巡り合わせを感じます。

5曲目の「Dust in the Wind(日本語cover)」は、特に高校時代云々でもないし、心の中にそれほど大きな足跡を残した曲でもないのだけど、その後の私の表現活動の予告編的に第2部のラストに選びました。

そして、また、しばしの休憩を挟んで第3部へと

自作の歌による音楽活動期へ

第3部セットリスト

  1. 地下世界へのダンディ(T. REX cover)
  2. 明るい未来
  3. 東京(カントリーロード日本語cover)

第3部の1曲目は、T. REX
私は年齢的にT. REX直撃世代ではなくて、大ヒット曲の数々は主に小学生の頃。
はじめて発売日に入手したアルバムが『地下世界のダンディ』でした。
このアルバムを聴きまくっていた時にマーク・ボランは死んでしまったという、あまりにも悲しい思い出の曲。

そのあとは、オリジナル曲を2曲
1000年代に作った曲と2000年代に作った曲を1曲ずつ。(千年単位!?)
ラストに、また1曲目(導入曲)と同じ、「東京(カントリーロード)」で大団円。

とても長~い弾き語りライヴでしたが、みなさまには楽しんでいただけたようで何よりです。
ラストに大きな拍手と歓声(と投げ銭)をありがとうございました。

またの機会に第2弾、第3弾の開催もあるかとは思いますが、なんせアトリエよぎのライヴは大人気で先々まで色々なアーティストの予定で埋まっています。果たして何年先になるかは分かりません。

長生きしてお持ちください。


「ライラのバラード」に想いを寄せて

人は夢を見ます。

幼い頃、どんな生き方をしようかと誰もが夢を見ると思います。

以前、木幡君と二人だけのマリア観音に復帰した時、彼に勧められてハンセン氏病についての事を調べたり、取材したりした事がありました。

東村山の国立ハンセン氏病記念館での資料、出版物等の中に私の心をギュッと鷲掴みにして苦しめた話がありました。

「夏休みに兄は病院へ行った。
それから数十年兄は帰ってこない」

昨日、どるたん+しゃあみん&河西堅で演奏したPANTAさんの響が残した「オリーブの樹の下で」の中から「ライラのバラード」を演奏しました。

この曲の作詞は日本赤軍の重信房子氏です。
親友のライラ・カリド氏の事を物語にしたものです。

わたしは 4才だった

誕生日のすぐ後 ハイファを追われた

ママは8人の子供等と小さな車に乗り込んだ

一人足りない それはわたし

何故 引っ越さなきゃいけないの?

ナツメヤシのカゴの後ろに隠れたわたしを

引っ張り上げて ママが言った

「ユダヤ人に殺られちゃうよ」

パパは涙を流して

子供達にお別れのキスをした


戦火を逃れて

故郷を追われた

家も街も祖国も

なにもかも奪われた

あれから半世紀過ぎても

わたしは家に帰れない

わたしの物語 だけどそれはみんなの物語

パレスタイン 子供の物語

この歌詞の中で、
「あれから半世紀過ぎても私は家に帰れない」
と言う歌詞が、最初に私の記憶に繋がり胸を締め付けました。

家と、言うのは子供が夢を見るための場所。
それを奪われる、もしくは遠ざけられる事は私にとってはとても辛いことなのです。

私は14歳の時、児童相談所から迎えが来て連れていかれそうになりました。
私は強く拒否をして、多くのものを失いましたが自分の夢だけは手放さずに済みました。

ハイジャックの女王と言われたライラ・カリドの夢はなんだったのだろうか。
もしも、その場所を奪われなければ彼女はどんな生き方が出来たのだろうか。

彼女だけではなく、多くの奪う者奪われる者がいるこの世界でいったいどれだけの夢が、失われていったのだろうか。

私はずっと、その事を考えていました。

音楽は、失くした夢の代わりにはならない。
けれど、その心には寄り添う事が出来るのではないかと。

私はずっと探しています。

私はずっと、願っています。

7/25 Goodstock Tokyo どるしゃあワンマン公演報告(2)

7月25日に開催された、どるたん+しゃあみん Goodstock Tokyo 37回目のワンマン公演、のレポート第2弾です。

第1弾はこちら「7/25 Goodstock Tokyo どるしゃあワンマン公演報告(1)

第2部は、オリジナル曲の数々を

いつものように、15分の休憩を挟んで第2部の開演


第1部は、全曲PANTAが作った曲のカヴァーという、特別なプログラムでした。
変わって第2部は、私のオリジナル曲を。

10代後半から曲を作り始めましたが、今回取り上げた曲は、全曲どるしゃあ結成後に書き上げた曲だけ。
まったく意識していなかったのだけど、出来るだけ「今」のどるしゃあ、現在進行形のどるしゃあを表現したかったのかも知れません。

第2部 セットリスト

  1. 紫陽花アナベル
  2. 湖の街
  3. Brescia
  4. Vivaldi
  5. Caffè Florian
  6. boy
  7. 東京(カントリーロード日本語cover)
    (アンコール)
  8. 悪魔を憐れむ歌(日本語cover)

偶然にも自分史を遡る構成に

これも全く意識していなかったのだけど、MCで話しているうちに気づいた事があります。
それは、歌詞の内容が、自分史をさかのぼっていくような流れになっていた事。

はじめの2曲は、30代の頃に過ごしたイタリアを近年、と言っても10年ちょっと前、50代になってから訪れて感じた思いを歌っています。
そして、この2曲はアルバム『異郷の詩』以後に作ったイタリアを舞台にした曲。

つづいて『異郷の詩』に収められているイタリア曲を3曲。
これは主に、30代の頃の自分がイタリアで感じた思いや、イタリアの街の情景が歌われている曲たち。

次の「boy」は、高校生、中学生時代の自分が投影された歌。

そしてラストの「東京」(カントリーロードの日本語cover)の歌詞は、幼児期から、というか生まれてから小学生にかけて過ごした東京の街の情景を歌っています。

純粋に曲の並びを考え、歌詞の事は意識せずに、流れだけで選んだのだけど、こんな事になっていたとは。

今回は、第1部、第2部ともに、いつもと比べて曲数が少なかったのだけど、それは、すごく長い曲をやったり、MCが長かったりしたから。

特にMCでは、これまで門外不出だったエピソードやら、私の出自に関する話やら、「東京」で歌われている情景は具体的にどこの事だという話やら、今回のライヴを観た人以外はなかなか知る事の出来ない話をしてみました。

面白かったでしょうか?

私は、何か変な充実感というか、充足感みたいな感覚がありました。
もしかして、これ近いうちに死ぬやつ?なんて縁起でもない事を考えたりなんだり。

帰り道もあれこれ感じ考えながら

そんなライヴが終わり、ギラギラした日差しの中、家路に着く。

環七はいつものように渋滞中。
車の横の歩道では、お年寄りが倒れている。幸い4~5人の人に囲まれ、何か手当を受けている様子。
熱中症だろうか。

少し走ると車のフロントガラスに大粒の雨がパラパラと当たる。
周囲の空は暗かったけど、車の上空は晴れている、風で飛ばされてきた雨粒だったのか。
あちこちでゲリラ豪雨があったようだ。

どるしゃあを観に来てくれたお客様は、無事に家に帰れただろうか?

このあとさらに二軒のライヴハウスを梯子して演奏するしゃあみんは、雨に降られなかっただろうか?

堅ちゃんはずっと電車に乗っての移動なので、暑さも雨も大きな問題では無いだろう。

そんな事を考えながらの帰り道となりました。

最後に大切なお知らせをひとつ。

次のGoodstock Tokyoでのどるしゃあワンマン公演は
9月27日(日)です!

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

7/25 Goodstock Tokyo どるしゃあワンマン公演報告(1)

どるたん+しゃあみん Goodstock Tokyo 37回目のワンマン公演、無事終了

猛暑の中のワンマン公演

外に出るのも命がけ、家にいるのも命がけという猛暑の中での公演となりました。
さすがに来客者は少なかったけど、そんな中会場まで足を運んでくれた方のためにも、いつも以上に、真剣に、フルパワーの演奏をしたつもりです。
それは、配信で観てくれた方にも届いたようで、嬉しい感想を聞くことが出来ました。

会場で、配信で、どるしゃあを観てくれた皆様、本当にありがとうございます!

今回もゲストに河西堅が参加
エレキギターとマンドリンで彩を添えてくれました。

第1部は全曲、PANTAの曲(頭脳警察~ソロ~響)

事前にブログなどで「今回はPANTAの曲をたくさんやります!」と告知していたとおり、第1部は、全曲PANTAの曲という構成に。

もう何度も書いているのですが、初めて知る人のために一応書きます。
このGoodstock Tokyoは、PANTAさんとの縁からワンマン公演をやらせてもらえるようになった場所。
(過去ブログ「PANTAさんとGoodstock Tokyo」参照)という事で、毎回PANTAの曲を何曲か演奏しています。

今回は、PANTAの命日月(って言い方ある?7月7日がPANTAの命日でした)という事で、思いを込めて大切な曲たちを演奏させていただきました。

第1部 セットリスト

  1. 人間もどき(PANTA)
  2. さようなら世界夫人よ(頭脳警察)
  3. 時々吠えることがある(頭脳警察)
  4. ライラのバラード(響)
  5. 七月のムスターファ(響)

初披露曲は「人間もどき」と「ライラのバラード」

今回、初めて演奏した曲は「人間もどき」と「ライラのバラード」の2曲
「人間もどき」は、高校生の時に聴いて、衝撃を受け、その曲に突き動かされるようにあれこれとほにゃららな活動をしたという、人生における重要曲の一つ。
演奏後には、そんなMCを。
その場にいた方と配信で観てくれた方だけが知ったほにゃららな話。

すっかり丸くなったように見られがちな私ですが、その頃の(というか幼い頃からずっと持っている)向こう見ずでがむしゃらな気持ちは、今も心の中にしっかりと持ち合わせています。じゃなきゃ、音楽続けてないよ。

「ライラのバラード」を歌うという挑戦

そして「ライラのバラード」
これは「七月のムスターファ」と同じく、(PANTAと菊池琢己のアコースティックデュオ)響のアルバム『オリーブの樹の下で』に収められた曲。

「七月のムスターファ」同様、PANTAさん以外の人間が歌っても、説得力がないと思われる曲。
PANTAのファンであればあるほど、PANTAへの思いが強ければ強いほど、PANTA以外の歌唱では聴きたくないと思っても不思議ではないでしょう。

そんな曲を歌うのは、私にとってある意味挑戦のようなもの。
「七月のムスターファ」に取り組んだ時と同じく、全霊をかけてのカヴァーです。

もちろん、PANTAさんの足元にも及びませんが、これから時間をかけて「ライラのバラード」を、PANTA曲の数々を、自分なりに作り上げ、歌い続けていく所存です。

そんな「ライラのバラード」を、家で何度も弾き方っていました。
しかし、歌詞の色々な部分が心に引っ掛かり、時には共鳴して、どうしても涙が出てしまい歌い続ける事が出来ません。
ただこれは「ライラのバラード」に限った事ではなく、家で練習している時にはありがちな現象なのですが、その頻度と涙の量は、いつもの2割、3割、4割増し!という感じ。

長い曲なので、最後まで通して歌えた事は、一度もないままに本番に臨む事になりました。
(経験上、本番では泣かずに歌えるので、心配はしていなかった)

そんな練習中に起きた驚きの出来事が。

岡本公三の訃報という奇縁

「ライラのバラード」の練習を一段落して、ギターを置きテレビをつけたところ、いきなり、岡本公三が死んだというニュースが飛び込んできた。

今まで歌っていた「ライラのバラード」の歌詞に登場する「リッダ闘争」(日本では当時「テルアビブ空港乱射事件」という言い方が一般的でした)で、ただひとり生き残った、日本赤軍のメンバーが岡本公三です。

こんな事ってある!?

「ライラのバラード」を歌って、ギターを置いて、テレビをつけたら、一発目に流れてきたのが岡本公三の訃報って!

ちょっと鳥肌が立つような感覚で、しばし呆然としながらテレビを眺めていました。

ただ、そんな偶然というにはあまりにも奇遇な出来事が、私の人生にはよくあります。
これも何か意味のある縁なのだろうか?

※「ライラのバラード」に関しては、しゃあみんが書いたブログもぜひご一読下さい。
「ライラのバラード」に想いを寄せて


ちょっと、長くなってしまったので、とりあえず今回は第1部だけで、一度筆を置きます。(筆?)

第2部へつづく
明日更新予定!

※つづきを書きました。
7/25 Goodstock Tokyo どるしゃあワンマン公演報告(2)


明日です!Goodstock Tokyo

どるたん+しゃあみん Goodstock Tokyo 37回目のワンマン公演
いよいよ明日!
7月25日(土)13時開演です。

どるたん+しゃあみんワンマン公演&有料配信ライブ
12:30開場 13:00開演(配信スタート)
前売り・予約 3,500円/当日 4,000円(税込み・ドリンク別)
配信視聴チケット 3,500円
有料配信詳細・チケット購入URL
https://www.staglee.com/events/11334

〒145-0062
東京都 大田区北千束3−20−8
スターバレーII B1F
03-6451-7396
Goodstock Tokyo


今回はPANTAの曲をたくさんやります!

今回のライヴはいつにも増して、PANTA成分強めのライヴになります。

このGoodstock Tokyoは、PANTAさんとの縁からワンマン公演をやらせてもらえるようになった場所。
(過去ブログ「PANTAさんとGoodstock Tokyo」参照)
感謝の意味を込めて、毎回、PANTA曲のカヴァーを最低1曲は演奏しています。

そして今月はPANTAさんが亡くなった月(7月7日が命日でした)、ということもあり、いつも以上にPANTA成分多めになる予定です。

ゲストにおなじみ河西堅!

今回もお馴染み、河西堅ちゃんがゲスト参加!
マンドリンとギターで彩りを加えてくれます。

それにしても毎日暑いですね。
外に出るのも、(大げさではなく)命がけという感じ。
正直予約は伸び悩んでいますが、くれぐれも無理は禁物です。
体調に自信のある方は、会場でお会いしましょう。

それ以外の方は、配信にてお楽しみください。
オンタイムで観られない方でも、1週間のアーカイブ配信があります。
どうぞよろしくお願いいたします。

「ウルトラQ」宮内國郎の音楽

昨夜のNHK FM「クラシックの迷宮」の特集は

~「ウルトラQ」と「ウルトラマン」放送60年記念~

堪能させていただきました。

私たちの年代は「ウルトラQ」直撃世代なので、多かれ少なかれ心の中に音楽が残っていると思います。

私の心の中にも、思った以上に大きく「ウルトラQ」の音楽が染みついていたようです。

ビデオソフトなどでは見返していないから、TV放送以来に聴いたものが多いのだけど、聴くと心がソワソワするような不思議な感覚があり、しっかりと曲の印象が残っている事に驚きました。

アコースティックギターで奏でられる「鳥を見た」のBGMを聴いた時には、(比べるのもおこがましいのですが)どるしゃあが担当した映画音楽『ツンデレ娘 奥手な初体験』の冒頭BGMとの類似性に驚かされました。

特に出だしの雰囲気がドキっとするぐらい似ているかも。

私は、これまで

伊福部昭(「ゴジラ」「大魔神」など)

冬木透(なんと言っても「ウルトラセブン」)

冨田勲(「ジャングル大帝」が白眉)

が、私の心の最深部に残り続ける三大音楽家と思っていましたが、ちょっと待った宮内國郎を忘れるとは何事か!と大いに自分自身を恥じ入りました。

今朝も録音したラジオ放送を聴きなおしたのだけど、「これは宮内國郎の音楽をもっとしっかりと聴きたい」「聴きなおしたい」と強く思いました。

昨日の放送で流れた曲は、主に「ウルトラQ ウルトラマン 快獣ブースカ 宮内国郎の世界」という7枚組(12,000円の)CDからのようですが、正直、最近は物欲が乏しいので、聴くことさえ出来ればOK、レンタルCDでもあれば飛びつくのだけど、今や時代はサブスク。

あ、そうか、という事は

YouTubeSpotifyでもある程度聴くことが出来るようなので、しばらくはそれで我慢します。

そうそう「ウルトラQ」のBGMは、TV放送時以来に聴いたものが多いのだけど、イメージソングの「大怪獣の歌」は、しっかりと歌詞まで憶えていて、みすず児童合唱団と一緒に歌うことが出来ました。

ソノシートで、それこそ擦り切れるほど聴いていたからね。
(画像はネット上から拝借)

抗がん剤副作用覚書 2026年7月

癌発症から今日に至るまでの経緯はこちらにINDEX化いたしました
癌関連 INDEX

昨年11月のブログにこの靴下の写真と共に

最近、寒いと痛みが増して夜寝る時に足先が痛すぎてキティちゃんの靴下を履いて寝ています。

と書きました。
それから半年以上経っても、一向に足の痛みや違和感は収まらず、つい最近まで、汗ばむ季節になってもキティちゃんの靴下は手放す事が出来ませんでした。

が、ここに来て、激しい痛みやピリピリ感がなくなってきたような気がします。
ただ、足裏の違和感はまだまだ残っていて、足の裏にべったりとガムテープでも貼ってあるような変な感じがします。
足の裏が膨らんでいるような感覚もあります。(実際にはまったく膨らんでいない)

とはいえ、今後も永遠に続くのかとも思われた足裏のピリピリ感や足の指先の痛みが消えたのは、大きな進歩。
時間はかかっても、いつかは足裏の違和感も消えるのかも知れないと思えるようになりました。

抗がん剤治療を終えてからほぼ丸1年経ってようやく先が見えてきたように感じます。
抗がん剤の副作用は人によって全然違って、すぐに収まる人もいれば、何か月、何年も残る人もいる、一生続く人もいる。と聞いていたのだけど、どうやら私は、数年は続くタイプのようです。