Category Archive : MUSIC

MADDY PRIOR & THE CARNIVAL BAND LIVE

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。


2003

2003年7月28日 武蔵野市民文化会館 小ホール マディ・プライア&カーニバル・バンド

マディ・プライアといえば、スティーライ・スパンやシリー・シスターズで美しい声を聴かせてくれた女性ヴォーカリスト。
マイク・オールドフィールドの『INCANTATIONS』にも参加していると言えばピンとくる方も多いかと思います。

そのマディ・プライアが、80年代から活動を共にしているザ・カーニヴァル・バンドと共に2003年に来日。

このコンサートは『東京の夏音楽祭 2003』という催しの一環として行われたものです。

音楽祭のテーマが「儀式・自然・音楽」という事もあると思いますが、選曲は、教会音楽を中心とした様々な古楽曲。
かといって、堅苦しい曲というわけではなく、思わず踊りだしたくなるようなキャロルも演奏されました。

カーニヴァル・バンドの面々は、実に腕達者で様々な古楽器を自在に操り、包み込むような音空間を作り出してくれます。
その音にマディの澄んだ声が重なった時に生まれる空気を何と例えたらいいのでしょうか、何か自然の風の中にいるような澄んだ空気感、と同時に家族の団欒のような気の置けない温かさ、とにかくこの場にいられて良かった、という幸福感を胸いっぱいに味わう事が出来ました。

またカーニヴァル・バンドは、演奏だけではなく、声も素晴らしい。
アカペラの部分では、鳥肌が立つほど美しいハーモニーを聴かせてくれました。
(「鳥肌が立つ」の本来の使い方ではないのはわかっていますが本当にぞわっとしたので)

途中、子守唄を一曲披露してくれました。これが、えもいえぬ安らぎ感。
寝不足気味だったせいもあり、この子守唄を聴きながら実際に少しの間眠りに落ちてしまいました。
「もったいない。」という気持ちもありますが、なんとも幸せな時間でもありました。



グレン・グールド『モーツァルト:ピアノ・ソナタ集』

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。


1993

GLENN GOULD『MOZART』(SONY RECORDS 1965~70年録音)

グレン・グールドの弾くピアノを初めてしっかり意識して聴いたのが、このモーツァルトのピアノソナタ集。

この頃、モーツァルトのピアノ・ソナタ集は、すでに何種類か持っていて、特に、自分にとってのリファレンス的CDは、初めて買ったスヴャトスラフ・リヒテルのもの。それ以後に聴いたものはどうしても、リヒテルと比べて聴いてしまうような所があった。

グールドに関しては、テレビで見た特異な演奏スタイルと、バッハ弾きとして有名ということぐらいしかまだ知らなかった頃。

そんなグールドの弾くモーツァルトはいったいどんな音なのだろうと思い、買ったのがこのCD。

1曲目のK.310 第1楽章を聴いた時には、かなりの違和感を覚えた。
これまで聴いてきたK.310といえば、わりと誰もが、思い入れたっぷりに重々しく始める印象。
それをグールドは、かなりのスピードで軽やかにどんどんと弾き進んでいってしまう。

これだけではなく、他のどの曲も、今まで聴いてきたモーツァルトとはまったく違うもの。

「トルコ行進曲」ではK.310の印象とは逆。
この曲はかろやかに、はずむように弾く人が多いのだが、グールドはといえば、かなりのスローペースで本当に1音1音に何か思いを込めるように丁寧に弾いている、という風に感じる。

とにかく、このCDを初めて聴いた時、違和感に包まれたのは事実。
しかし、このグールドの表現にただならぬものを感じて引き付けられていた事も、また事実。

それからしばらくの間、CDプレーヤーには、このCDがセットされたままになり、何度も何度も繰り返してのプレイ。
すると、その違和感がいつのまにか大きな魅力に変わり、聴く度にグールドの弾くモーツァルトに魅了されていった。

そのうちに、モーツァルトがこれらの曲を実際に演奏していた時には、実は、このように弾いていたのではないのかな?等と考えるようになった。いや、考えるというよりも、感じると言った方が正しいかも知れない。
なんの根拠もないのだけれど、そんな感じがしてくるのだ。

グールドの弾くモーツァルトは、とにかく全ての音が心に直接響いて来るように感じる。
モーツァルトもこのように演奏して多くの人の心を虜にしたのでは・・・
なんて突拍子もない事を感じていたのだ。

心に染み入る「トルコ行進曲」なんて、ちょっと他の人のピアノでは味わえない感覚。
グールドという人は、何か、特別なものを持っている。
そして、その「特別なもの」に惹かれていく私でした。



Kevin Ayers『Sweet Deceiver』

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。


1979

Kevin Ayers『Sweet Deceiver』(1975年発売)

今日、2月18日は、Kevin Ayersの命日という事で、Kevinさんの1番好きなアルバムを取り上げます。

Kevinさんの事はこれまでにも、以下のように何度もブログで取り上げていて
Kevin Ayersの思い出 その1
Kevin Ayersの思い出 その2
Kevin Ayersの思い出 その3
Kevin Ayers – Unfairground
間違えいなく「私を形成しているもの」の中でも大きな存在。

このアルバムに出会ったのは、というか買ったのは、高校を卒業して、バイトもし、これまで欲しくても買えなかったレコードを割と気軽に買えるようになった頃。

その辺の事情は「Kevin Ayersの思い出 その1」に詳しく書かれているので、ここでは省きますが、とにかくやっと手に入れたKevinさんのレコード。
もちろん聴きまくりました。

このレコードに初めて針を落とした時に、1曲目「Observations」の激しいイントロを聴いた瞬間、ちょっとたじろいだのだけど、ほどなくKevinさんのヴォーカルが入ったとたんに曲調が変わり、大げさに言えば世界も一変したような、不思議な感動を味わった。Kevinさんの声、その包容力。Kevinさんの世界に包まれたような感覚。
そこでもうメロメロです。

2曲目「Guru Banana」は、イントロのクラリネット(かな?)でそのすっとぼけた世界に引き込まれていきます。Kevinさんのこういう所がたまらなく好き。歌っている内容はけっこう皮肉が効いていて辛辣なのに、音はすっとぼけた感じ。素敵。

つづく3曲目は、このアルバムで(いやもしかしたらKevinさんの曲の中で)1番好きな曲「City Waltz」
まあWaltz系の曲には、元々ちょっと弱いんだけど、各楽器の音色や醸し出すムード、そしてもちろんKevinさんの歌。声。さらには子供たちの後追いコーラス。こういうのにも弱い。本当に大好き。

2013年2月にKevinさんの訃報を知り、その少し後に、ルイス稲毛企画のLIVEに、ソロの弾き語りで出演したのだけど、その時に、ルイスと2人で、この曲を演奏しました。1番好きな曲をやりたくて。
前日に、電話でコードの確認や打ち合わせをして、あとは本番一発。

4曲目「Toujours La Voyage」は、Elton Johnのピアノが美しく印象的な、スローなバラード曲。
ちょっとダルっとした感じが支配する世界。こういうのもKevinさんならではの魅力のひとつ。
ピアノに絡むOllie Halsallのギターも素晴らしくて、みんなでKevinさんの世界観を作り上げている感じが素敵。

B面に移り、1曲目の「Sweet Deceiver」は、(Kevinさんにしては)ストレートな感じのロック・ナンバー。これがまたかっこいい!この曲も大好きで、あるイベントでこの曲をカヴァーして・・・というお話は「Kevin Ayersの思い出 その2」に詳しく書いてあります。これでルイス稲毛との縁が生まれたという話。

このアルバム好き過ぎて、1曲1曲、全部こんな感じで感想を書きたくなるけど、あまり長くなるのもなんなので、ここから後の曲もすべて素晴らしい!という事で。

ちなみにElton Johnは全部で3曲に参加していて、どれも素敵な演奏を聴かせてくれます。

なんにしろ、このアルバムは、自分にとって色々な意味でかなり重要な一枚。


※ジャケット画像はAmazonから拝借

The Batles『The Beatles/1962-1966』

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
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※ただの思い出話です。


1973

The Batles『The Beatles/1962-1966』(1973年発売)

ビートルズの音楽に衝撃を受け、はじめてしっかりと意識したのは、中学1年生の時。
(たぶん)放課後、放送室に何人かで集まり、SK君が持ってきた『The Beatles/1962-1966』を聴いた時。

その時聴いたのは、たしかA面だけだったのだけど、とにかくかっこいい!と思った。
「She Loves You」が流れた時には、小躍りしたくなるような、体が勝手に動き出すような感覚を覚えた。
さらに「抱きしめたい(I Want to Hold Your Hand)」を聴いた時の感覚が忘れられない。
胸の高鳴りと、キュっとするような切なさが同時に押し寄せてくるような不思議な感覚。

A面の中で特に深く印象に残ったのは、この「抱きしめたい」だった。

高校生になってから読んだ小林秀雄『モオツァルト』の中に「モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない。」という有名なフレーズが出てくるのだけど、もしかしたら、その感覚ってビートルズにも当てはまるのでは?それが「抱きしめたい」をはじめて聴いた時の感覚なのでは?と感じた事を思い出す。

このベスト盤(赤と青の2セット)が発売されたのが、1973年5月。
SK君は、まだ出たばかりの(お兄さんが買った)レコードを学校に持ってきて聴かせてくれたのだ。
「これ、すごいぞ!かっこいいぞ!」とみんなに聴かせたくてたまらなかったのだろう、と今は、その気持ちがよく分かる。

この時感じた、胸の高まりや切なさ、不思議な感覚は、心の中に熾火のようにくすぶり続け、中学2年になった時、同級生でビートルズの大ファンAH君との出会いによって、一気に燃え広がるのだった。


※ジャケット画像はAmazonから拝借

PINK FLOYD そして Syd Barrett

私を形成しているもの

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※ただの思い出話です。


1975

PINK FLOYD – Wish You Were Here 「炎 ~あなたがここにいてほしい」(1975年発売)

中学生時代に、手にしたPINK FLOYDの2枚のアルバム。
当時の最新作『炎』
そして1stアルバム『サイケデリックの新鋭』のことを。


まずは、PINK FLOYD – 炎~あなたがここにいてほしい(Wish You Were Here)の話から。

このアルバムは、私がはじめてほぼオンタイム(日本発売時)で購入したPink Floydのアルバム。

その時私は、中学3年生。
ジャケットをシールドした濃紺のビニールを開けた時のワクワクした感覚は今でも心の中に残っています。

そして、このアルバムの発売に合わせて、NHK FM、渋谷陽一の「ヤングジョッキー」(だったと思う)で放送されたPink Floyd特集。
この番組も私にとって、とても大きな意味を持つものでした。

それは、このアルバム『炎』の特集であると同時に、Pink Floydが「あなたがここにいてほしい(Wish You Were Here)」と訴えかけた相手、Syd Barrettに焦点を当てた特集。

アルバム1曲目に収録された「狂ったダイアモンド(Shine On You Crazy Diamond)」、そして前述の「あなたがここにいてほしい」は、Pink Floyd結成時のリーダー的存在でフロントマン、精神に異常をきたしてグループを離れたSyd Barrettへあてたメッセージ。

さらには、一作前のアルバム『狂気(The Dark Side Of The Moon)』も、またSyd Barrettへのメッセージ的内容を含むアルバム、という事で、このアルバム『狂気』から「狂人は心に(Brain Damage)」

これらの曲は、訳詞(渋谷陽一が朗読)と共に紹介されました。
(他に『原子心母』から「If」も)

曲が作られたバックグラウンドや、歌詞に込められた思いがよく理解出来て、中学生にとって、とてもありがたい番組でした。

さらに、Syd Barrettのソロアルバムから「むなしい努力(No Good Trying)」「あたりまえ(It Is Obvious)」の2曲が取り上げられました。

それが私にとって初めてのSyd Barrett体験。
この2曲に、私はすっかり魅了されてしまったのです。

キラキラしてねじれたポップソング。
他には感じられない「何か」が、Syd Barrettの歌には確かにありました。

この番組を録音したカセットテープを、当時、何度聞き返した事か。


そして、少ししてから、Pink Floydの1stアルバム、Syd Barrettがリーダーシップをとった唯一のアルバム『サイケデリックの新鋭(The Piper At The Gates Of Dawn)』を購入。

(のちに『夜明けの口笛吹き』という、より原題に近い、素敵で詩的な邦題に変わりますが、私が購入した物は『サイケデリックの新鋭』帯)

PINK FLOYD – The Piper at the Gates of Dawn『サイケデリックの新鋭』(1967年発売)

これを買う以前に、レコードで持っていたのは『炎』だけでしたが、『狂気』他数枚は友人から借りて聴いていました。

しかし、この1stアルバムから流れて来た音は、それまで聴いていたPINK FLOYDとは全く違う音、全く違う世界。
中学生の私は、Syd Barrettが作る奇妙でポップでキラキラしているのにどこか牧歌的でもある世界に嵌っていったのです。

『狂気』『炎』へと繋がるSyd BarrettのいないシンフォニックなPink Floydも好きでしたが、Syd Barrettが描き出す唯一無二のポップ音楽は自分の中で大きな位置を占めていくのでした。


※私が後に結成したバンド(ユニット)不思議なバレッツは、Syd Barrettが描く音世界への憧憬からつけた名前

※私が購入したPink Floydの1stアルバム『サイケデリックの新鋭』には「エミリーはプレイガール」が収録されていました。
ところが、後に買った『ナイスペア』(1stと2ndの2枚組)には「エミリーはプレイガール」が収録されていません。なぜ!?
「エミリーはプレイガール」はシングル曲で、本来はアルバムには収録されていない曲。「サイケデリックの新鋭」にはボーナストラック的に収録されていた、というのは後に知った話。


オックス 「真夏のフラメンコ」(「ロザリオは永遠に」B面)

私を形成しているもの

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※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
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1969

オックス 「真夏のフラメンコ」(1969年発売「ロザリオは永遠に」B面)

TVマンガの主題歌ソノシートを聴きまくっていた幼年期から、次の段階に進んだのが1968年、小学校2年生の時。
(もしかしたら1969年のお正月)
初めて歌謡曲のシングル盤を買いました。
それも2枚!!

忘れもしない、飯能銀座通り商店街の一番奥の方、広小路交差点の近くにあったレコード屋さん。
買ったのは
黛ジュン「夕月/愛の奇蹟」
タイガース「青い鳥/ジンジン・バンバン」
黛ジュンは、とにかく「天使の誘惑」が大好きだったのだけど、その時、一番新しかったのが「夕月」だったので、うっかり買っちゃった感じ。
ちょっと演歌よりの曲だったけど、でも、これはこれで大好き。 
タイガースも、その時一番新しいのを買ったのですが、これも大好き。
どちらも聴き込んでいくうちに好き度が増していくような曲でした。
そこから歌謡曲~グループサウンズのレコードにも手を出し始めた小学2年生。

続けざまに買ったのが
オックス「スワンの涙/オックス・クライ」
これ以後、オックスのシングル盤は、出れば買う!
という小学生になりました。
と言っても、その後買ったのは2枚だけ。

「僕は燃えてる/夜明けのオックス」
「ロザリオは永遠に/真夏のフラメンコ」
ここまででした。

オックスは、当時、東京12チャンネルで、(たぶん木曜日の夜7時から)バラエティー歌謡ショー的な番組をやっていて、とてもとても楽しみに観ているような小学生でした。

でも、「ロザリオは永遠に/真夏のフラメンコ」の頃から、テレビに出る事も少なくなっていきます。

このシングルは、B面の「真夏のフラメンコ」が特に好きで、今でも、気分が良い時には、ついつい
♪オー・ビバビバ・オーレ・オレ♪と歌ってしまうレベル。
イントロからものすごく高まります。ストリングスのアレンジに絡むフラメンコ風のカスタネットがすごくかっこいい。
そして、ここぞという時に前面に出てくるフラメンコギターの響き。音色。
間奏の管楽器がまたすごくかっこ良くて、何度でも聴きたくなる曲。とにかく全体のアレンジが素晴らしいし、ハスキーな歌がまた絶妙にマッチしていて最高。
小学生の時は、特にそんな事は考えずに聴いていましたが、とにかく大好きで、何度も何度もレコード盤に針を落としていました。
子供の頃からこういうエキゾチックな音、アコースティックギターの音色が好きだったんだな、と今になって思います。

しかし、テレビであまり観られなくなると、徐々に小学生の興味は、また、別の方向へと向かっていくのでした。


(ここからの文章は初出)

それから数10年後、2016年頃の話。
PANTAさんとGSの話になりました。こんな会話。
「どるたんはその頃GSとか聴いてたの?」
「オックスが好きで、シングル盤は何枚か持ってました。」と答えたら
「おっ!!オックスか!」
と妙に嬉しそう。面白がって、色々と裏話を教えてくれました。
PANTAさんもオックスも当時ホリプロだったんですね。(知らなかった)

それから少しして、オックスのギター岡田志郎さんが主催する「大人の音楽祭」にPANTAさんが出演した際。
岡田さんに「友達でシンガーソングライターのどるたん。オックスの大ファンだったんだってさ。」と紹介してくれました。
すごく嬉しかったのですが、当時は、小学2~3年生。
オックスの歌は大好きだったけど、正直メンバー全員の名前までは知らなかったのです。
それが申し訳なくて「シングル盤、何枚か買ってました~」ぐらいの話しか出来ませんでした。

「大人の音楽祭2016」でのPANTAさん、右端が(オックスの)岡田志郎さん。
もう8年も前になるのか・・・


Bob Dylan『Desire』

私を形成しているもの

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※ただの思い出話です。


1976

Bob Dylan – Desire 「欲望」(1976年発売)

初めてオンタイムで買ったBob Dylanのアルバム。
確か発売日に購入したはず。

ある日、深夜のTV番組(たぶん11PM)を見ていたら、冤罪で投獄された黒人ボクサー、ルービン・カーターのエピソードと共に、Bob Dylanがそれに抗議する意味で作ったという曲、「Hurricane」がオンエアーされた。
早口で吐き出される言葉の迫力、歌に負けじと熱を帯びていく演奏にぶっ飛んだ。

それから発売を待ちかね、手にしたのが、この「Desire」
それ以来、とにかく聴きまくった。

特に「Hurricane」は、歌詞と訳詞を比べるように読みながら、何度も何度も聴いた。

このアルバムで、特に目立つ活躍をしているのが、スカーレット・リヴェラ。
「Hurricane」においても、曲の勢い、迫力を増しているのは間違いなく彼女が弾くヴァイオリン。
他の曲でも、実に印象的な演奏を残している。
大好き。
このアルバムは、全曲大好き。
1曲目の「Hurricane」からラストの「Sara」まで、曲の並びも素晴らしい。

Bob Dylanのアルバムで一番好きなアルバムは?と聴かれたら・・・若干はその時の気分に左右されると思うのだけど、このアルバムをあげる可能性が高い。

アルバムを夢中で聴いていた頃の自分自身が音と共に蘇る。
これは、そんなアルバムのひとつ。

※コロナ禍巣籠り中に他SNSに投稿した物を加筆修正して転載したものです
※ジャケット画像はネット上から拝借

Red Hot Chili Peppers『By The Way』

私を形成しているもの

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2002

Red Hot Chili Peppers『By The Way』(2002年発売)

Red Hot Chili Peppers(以下レッチリと表記)の事を意識して聴き始めたのは、1999年~2000年あたり。
アルバム『Californication』からのシングルカット曲「Otherside」や「Scar Tissue」、そして表題曲の「Californication」をラジオで何度か聴いているうちに気になる存在になっていた。
もちろんそれ以前のレッチリも何曲かは知っていたのだけれど、特に心惹かれるようなきっかけもなく、真剣には聴いてこなかった。

それから少しした2002年の夏に『By The Way』というアルバムが発売になる。
特別なきっかけがあったわけではないのだけれど「これは、買わねば!」と何故か強く思い、(この頃ではすっかり珍しく)発売日に購入。

帰宅後、自宅のステレオで鳴らした瞬間に、何か気持ちの良い風がブワッと部屋に舞ったような感覚。

1曲目の「By The Way」が終わらないうちに、すっかり魅了されていた。
続く2曲目の「Universally Speaking」では、心高鳴る、多幸感を味わっていた。
さらに続く「This Is the Place」「Dosed」と、とにかく一聴しただけで心に残る名曲ぞろい。特に「Dosed」の哀感、切なさ、美しさは、格別。
ほかの曲も全曲、心に残るアルバム。初めて聴いた曲ばかりなのに、CDに合わせて適当に鼻歌を歌ったりもしていた。
それ以来、聴くのはこのアルバムばかり。
家でも、車でも、仕事場でも。

私にとって、この年の夏は、完全に『By The Way』一色の夏。

そして、あっというまに、全曲憶えてしまった。
CDの時代になってから出た新譜で、これほどちゃんと(全曲憶えるほど)聴いた物は、数えるほどしかなく、その中でも、ナンバーワンの嵌り方だった。

これは、ある意味『Hotel Carifornia』のように、時代の空気を代表するアルバムなのではないだろうか!?
と個人的には強く思っている。

それ以来、レッチリのそれまでのアルバム、またこの後出るアルバムも聴きまくり、ライヴ映像を見たり、実際にライヴ会場に足を運んだりもしてきた。

その結果、分かった事がある。
それは、全ての経歴の中で、この『By The Way』が別格的に好きという事。

理由も何となく分かるのだが、それはギター&コーラスのジョン・フルシアンテが大活躍しているという事。
ジョンのいないレッチリも、レッチリ以外のジョン(ソロ・アルバム)も色々と聴いたけど、「ジョンがいるレッチリ(特にBy The Way)」がたまらなく好きなのだ。

このアルバムでは、アンソニーとのハモりが、数多く聴かれるのだけど、その2人の呼吸がこれほどぴったりあっているのは、このアルバムだけと言ってもいい。

2人の声を聴いているとたまらく切ない気持ちになってくる。
他のアルバムでも、ハモりはあるし、良い曲もたくさんあるけれど、このアルバムの時期の2人、いや4人全員の息の合い方は、奇跡と言ってもよいレベルかと思う。

これまで聴いてきた音楽の中でも、特別な一枚にあげられるアルバム。

※コロナ禍巣籠り中に他SNSに投稿した物を加筆修正して転載したものです
※ジャケット画像はネット上から拝借

シーナ&ロケッツ『真空パック』

私を形成しているもの

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1979

シーナ&ロケッツ『真空パック』(1979年発売)

このアルバムは発売直後に入手し、以後、今日までどれだけ聴いたか分からないほど聴いています。
間違いなく1番多く聴いているシーナ&ロケッツのアルバムなのだけど、ただ「私を形成しているもの」と考えた時に『#1』とどちらを選出するか、若干迷いました。

私が初めに買ったのは、『真空パック』で、当初これがデビューアルバムだと思っていたのですが、これを聴きまくっている時期、シーナ&ロケッツのライヴにも何度か通っていた頃、「実はもう1枚『#1』というアルバムが出ている。泉ピン子のレコードを出しているエルボンレコードという所から。」という情報を入手。

鮎川さんから直接聞いたのか、鮎川さん~(シーナ&ロケッツの追っかけをしていた)友達経由で聞いたのか、なんとなく鮎川さんの語り口が脳内再生されるので、直接聞いたのかも。

しかし、そのアルバムなかなか置いてあるレコード屋さんがない!のだけど・・・さほど探し回る事もなく、神保町の中古レコード屋さんでなんなく入手!レコードの神様ありがとう。

それからは『#1』も、『真空パック』と同じぐらいの頻度で聴くようになり、今では「あれ「涙のハイウェイ」はどっちに入っていたかな?」ぐらいの混乱を生じるほど。

とはいえ、この2枚のアルバム、音的にはまったく傾向が違います。
『#1』は、ストレートなパンクロックに近い音。
『真空パック』は、ご存知YMO参加で、テクノポップ的なサウンドとの絶妙な融合を見せている。
どちらもそれぞれに魅力ある音。

『#1』のストレートなロックこそ、これぞシーナ&ロケッツ!
という思いもあるのだけど、『真空パック』は、一聴しただけであの時代の空気が蘇る、そんな魔法を持っている、自分にとって特別なアルバム。
当時の風景や、友人と過ごした日々をも心の中のスクリーンに投影させる力を持っている。まさにあの時代の空気を『真空パック』したように。
超ポップでキャッチーなサウンド&メロディーなのに、聴いていると切なくなる、そんなアルバム。

やはり、「私を形成しているもの」として1枚選ぶなら『真空パック』に決定!
今朝(鮎川さんの一周忌ですね)は『真空パック』を聴いて、ちょっと泣きながらこれを書いています。


※画像はネット上から拝借

ENO『ANOTHER GREEN WORLD』

私を形成しているもの

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※ただの思い出話です。


1976

ENO 「Another Green World」(1975年発売)

ENO 『Another Green World』(緑世界)(1975年発売)

ENOのアルバムで一番初めに買ったのがこれ。
1975年(中3の時)発売だけど、買ったのは少し経ってから。
Bowieの『Low』(1977年発売)より先に、こっちを聴いていたから、1976年頃に買ったのかな。

このアルバムは、すぐに好きになり、この音の世界に浸かり、買った当時かなり聴きまくりました。というか、ずーっと愛聴盤。
今でも、よく聴くアルバム。
ENOにとっては、3枚目のソロアルバム。
この後、遡って1st『Here Come the Warm Jets』、2nd『Taking Tiger Mountain』も聴いたし、その後のソロアルバムやコラボ作品なども継続的に聴いてきたけど、やっぱり一番好きで、一番聴き込んだのは、間違いなく、この『Another Green World』

全体を覆っている空気感がたまらなく好きです。
楽器の音色やメロディー、声、全部合わせた空気感。
『Another Green World』というタイトルや、ジャケット画像も、その空気感によく似合っていて素敵。大好き。

ゲスト参加のRobert Frippが実に良いギターを弾いています。
この方、色々な人の客演時に、とても印象的な演奏を残しているんですよね。
Peter HammillやBlondieやDavid Bowie、他にもたくさん。
このアルバムでは、「St. Elmo’s Fire」「Golden Hours」辺りのソロが、いかにもFripp節炸裂で最高。

このアルバムを聴いていると、何か心がすーっと平らになるような気がします。
「Everything Merges with the Night」なんて、もう癒され過ぎて涙が出てくるほど。

心が何かとささくれだっていた10代の頃に、出会えて本当に良かった、と思えるアルバム。


余談ですが10代の私にとって、ある種トランキライザー的役割りを持っていたアルバムが2枚あります。
それは、このENO『Another Green World』とLou Reedの『Coney Island Baby』

※コロナ禍巣籠り中に他SNSに投稿した物を加筆修正して転載したものです
※画像はネット上から拝借