2016年最後の日に思う

2016年最後の日に思う

2016年も最後の日になりました。
多くの人が感じているように、年々時の加速度がアップしているようで・・・

つい数日前に、近所の神社に初詣に行った記憶があるのに、今夜、12時過ぎたらまた行く予定です。
感覚的には「年に何回初詣に行くの?」って感じです。

今年は、1月10日にDavid Bowieが亡くなり、その悲しみをうまく受け止められないまま、モヤモヤとした気持ちで1年が過ぎて行きました。


2016年1月ブログより
『悲しみを拗らせ中』
http://dorushar.com/2016/01/14/20160114bowie0/
『David Bowie With Me』
http://dorushar.com/2016/01/14/20160114bowie/
参照下さい

訃報を知り、何日かしてからLa.mamaで、今年の初LIVE、ソロ弾き語りで出る予定でしたが、急遽Mick Ronson Memorial Bandのギター、りょうちゃんを誘って、2人でBowieの曲をアコースティック・カヴァーで演奏してきました。
(動画貼り付けておきます)

特に追悼とか、そういう気持ちもわかぬまま、Bowieに関するMCも一切なく、なんとなく平淡な気持ちでBowieの曲を演奏しました。

夏には久しぶりにMick Ronson Memorial Bandとしてカニ坂ロックフェスのステージに立ち、Bowieの曲を演奏しました。

個人的には、ここで、少しは、しっかりと悲しみを受け止められるかな・・・下手したら泣いちゃうかしら・・・ぐらいに思っていたのですが、ここでもまだ受け止められぬまま、本日にいたっております。

その間にも2016年、本当に多くの訃報を聞きました。
これほど、大事な人が次々に亡くなってしまう年って今までに無かったよね?

オレの心に少しでも何かを残した人の訃報に接する度に、心ざわめき揺さぶられるのですが、David Bowieの死を理解出来ずにいるオレは、本当になんだかよくわからないホワ~ンとモヤモヤとした霧の中を歩いているような気分のままで大晦日を迎えてしまいました。

来年の抱負は、David Bowieの死を受け止める事です(笑)


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