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1st ラウンド終了

抗がん剤治療に関する内容です。
関心のない人が読んでも楽しいものではないし、抗がん剤治療に関して否定的な考えを持つ人がいるのも承知しています。
そんな人たちは無理に読む必要ないので、ここでさようなら。

これまでの抗がん剤治療関連ブログ投稿はこちら
初日
初日……のつづき

さて、昨日の朝で、とりあえず第1回目の抗がん剤投与期間、2週間を終えました。

一度も忘れることなく、しっかり飲み終えました。
副作用チェックシートもしっかり毎日記入。

色々なチェック項目がある中、あまり当てはまるものもなく、ひどい状態にならずに乗り切れたように思います。
以前書いた(初日……のつづき)冷たいものに触れると痛い!というのは、ほぼ投薬期間最後まで続いたけど、後半、徐々に痛みは小さくなっていきました。

初日の点滴を終えてから、頭痛、吐き気、など、あまり感じなくて、割と楽にすむかも!と思っていたけど、4日目ぐらいからけっこうきつい倦怠感がきて、2日間ぐらいはほぼ寝てました。その後も数日、よれよれ状態。
その頃、抗がん剤ががん細胞だけじゃなく、正常な細胞や免疫にも、激しく攻撃していたのかな?知らんけど。

そして、やはり、この期間中は、ギターを弾いて歌う、という事はかなり難しいと実感。
指の感覚だけじゃなくて、のどの違和感やら息が続かないやら、1週目はほぼ無理。2週目後半に入ると多少どうにか、って感じ。
でも1時間以上のLIVEとなると難しそうだし、車で1時間以上運転して出かけるというのがけっこうきつそう。体力落ちているのでね。
チャンスは、1週間の薬休み期間なのだけど、寒い時期は無理かな~
免疫機能も落ちているから、風邪などもらうと大事(おおごと)になりそうだし、暖かくなるまで様子見って感じでしょうか。

いつなら予定入れられるか一目で分かるように投薬スケジュールをエクセルで作って(といってもカレンダーはテンプレでただ色を塗っただけ)壁に貼りました。
赤が点滴、オレンジが飲み薬

毎年、1年がすぐ終わるように感じるのですが、今年は特に速そうです。

20250118 埼玉県 飯能市 名栗 有間ダム

2023 渋谷考」というブログ投稿をした時に思ったのですが、このブログには、音楽活動の事や、映画、音楽の事が主に書かれていて、どこかに出かけた話がほとんど書かれていない。
そこで、たまには過去に遡って写真フォルダを漁り、どこかに出かけた話も書いてみようかな、と思い立ちました。という事で

お出かけの記録


2025年1月18日 埼玉県 飯能市 名栗 有間ダム

この日は、快晴。
修理のため車屋さんに預けてあった車を受け取りに飯能へ。

車の調子をみながら、バッテリーの充電もかねて、名栗方面へ向かう。
とりあえず有間ダムまで、行って帰る行程にしました。

有間ダム着。
水が少ない!
そして空の青さよ。

ここはロックフィルダム。
堤体上は、車通行可。
いつきても堤体上に車を止めて写真を撮ったり、たむろしたりしている人がいる。
駐停車禁止のはずなんだけど……

せっかく来たので管理事務所へ行きダムカードをいただく。

ダムカード、ゲットだぜ!と高まる。

その後、名栗湖を一周して帰路へ。

上流側、水が全然無い。

洪水吐を見に行くと、桝の土台が見えている。
これほど水が無いのは、初めて見たかも。
水が多い時には、この桝の一番上から中へと水が流れ込むのだけれど。

いつも、どこに出かけても車やバイクの写真を撮らない事が多いのを思い出し、この日は、1枚撮ってあげました。修理から戻ってきたばかりだし。

こんな日陰じゃなくて、もっと良いロケーションで撮ってやれよ、と。
古くて特に何の取り得も無い機材車ですが、最近人間味が出てきて(?)なんとなく仲良くやっています。相棒感。

やはり自然の中へ行くと人も車も元気度がグンとアップするようで、実に心地良く快適なドライブとなりました。


「お出かけの記録」年月日順INDEX

勝手にあれこれ考えた(映画『いきもののきろく』を観て2)

さて、昨日のブログ「寄り添う力(映画『いきもののきろく』を観て)」では、おおよそ映画の感想とはかけ離れた内容、菊池琢己のギターの事だけを書いてしまった私ですが、映画を観ながら、そして観終えて、あれこれ考えた事があるので、うまくまとめる自信はまったくありませんが、つらつらと書き綴ってみます。

原案:永瀬正敏、脚本・監督:井上淳一、主題歌:PANTA
『いきもののきろく』

映画を観る前には、あまり予備知識を仕入れないタイプの私。
監督、主演、音楽、など基本情報は知っていましたが、どういう映画なのかは全く知らず、短編映画である事や、モノクローム映像である事すら知らずに観始めました。

予告編も観なかったので、主題歌は映画の中ではじめて聴いた事になります。
それだけに衝撃も大きかった。


『生き物の記録』と『いきもののきろく』

いや、その前に、気にかかっていた事。
それは、黒澤明の映画『生き物の記録』と同じタイトルである事。
こちら『いきもののきろく』の綴りは平仮名だけど。

この意味は?
もちろん何かしらの関係はあるのだろうけれど。
『生き物の記録』は、はるか昔にレンタルビデオでVHS版を観た記憶。

『生き物の記録』をぼんやりと思い出しつつ『いきもののきろく』を観る。
観ているうちに、3.11東日本大震災で傷を負った者の再生の物語?という輪郭が見えてくる。
原発事故後の生き方を巡り、家族との間に考え方の溝が生まれる。

この辺りに『生き物の記録』との共通点を見つけようと思えば、見つけられるのだけれど、それは考え過ぎだろうか?
映画を観ながら走り書きした手元のメモには

「生き物の記録」と「いきもののきろく」
核による心の分断、生き方の分断

と書いてある。
ただ、そういう部分にあえて着目するよりも、もっと素直に、大震災後を生きた人間という「いきもののきろく」と捉えた方が良いのかも知れない。


映画を観終えて、答え合わせ的にチラシ画像を見ると「喪失と再生の物語」と大きく書いてあり、そこは見方として間違ってなかった、というか、それは、間違えようがないほど、はっきりと伝わる話。

しっかりと受け止めました。

膨らむ勝手なイメージ

あとは、勝手なイメージの話になるのだけど、この映画、セリフがない。
それだけに、イメージが膨らむ。
観る者の想像力によって、印象も変わってくるのではないだろうか?

私の中に生まれたいくつかのイメージの中で、ひとつドキっとした事があるので、それを書いてみます。

廃材、廃品を集めて作った筏を川に浮かべ、火をつけてから川に流すシーン。
(上のチラシの中にもそのシーンの画像があります)

火のついた筏がゆっくりと川を流れてゆくシーンを観ながら、私は、映画『田園に死す』の中で、雛人形の段飾りが川を流れてゆくシーンを思い浮かべていました。

片や色鮮やかな雛飾り、片やモノクロ映像の廃品で作った筏
周囲の風景も何もかも全く違う、ただ「ゆっくりと川を流れてゆく」ということ以外には、共通点は何もないのだけれど、私の脳裏にはこの映像が浮かび、と同時に「彼岸と此岸」という言葉が浮かびました。

その直後、スクリーン(TV画面だけど)に表示された言葉に軽く驚きドキっとしたのです。
私だけの勝手なイメージと、映画の中の言葉(文字)がシンクロした瞬間。
いや、勝手にシンクロしたと思っているだけかも知れないけど、言葉の意味としてね。

このイメージに関して、もうひとつ面白いと思ったのは、映画『田園に死す』は、寺山修司監督作品。

『いきもののきろく』主題歌の「時代はサーカスの象にのって」の歌詞もまた寺山修司(高取英 補作)という所にも軽く驚く。
これは偶然のシンクロなのか、それとも何かしらの必然?



そんな具合で、勝手なイメージや思索によって、この映画から、大きな楽しみを得たわけですが、観終えた後も偶然のシンクロを感じて思索を巡らす事になりました。

この映画を観たのは、昨日、2025年1月17日。
その日は、阪神淡路大震災からちょうど30年。

東日本大震災からの再生を描いた映画『いきもののきろく』を観た夜に、ニュース番組などで、阪神淡路大震災からの再生の(リアルな)物語を観る事になったのです。
そこでまた映画を思い、現実を思い、再生を思う私。


「再生」は、今年の私の一番大きなテーマでもあるのです。

寄り添う力(映画『いきもののきろく』を観て)

11年前に作られた短編映画『いきもののきろく』が、3月7日からのテアトル新宿をはじめ全国で順次公開されるらしい。

原案:永瀬正敏、脚本・監督:井上淳一、主題歌:PANTA
『いきもののきろく』

この映画の音楽をPANTAが担当している事、この映画のために「時代はサーカスの象にのって」を、菊池琢己と2人で再録した事は、11年前に知っていた。

知っていたけれど、これまで映画を観る機会も、音楽を聴く機会もなかった。
それが全国公開前のこのタイミングで映画を観る機会をいただいた。
と言っても映画館ではなく、井上淳一監督の計らいで、インターネット経由で。

しかし、これはPCではなく、ある程度しっかりとしたサイズと音で観たいと思い、PCをそれなりに大きな画面サイズのTVとそれなりのオーディオ装置に繋ぎ、しっかりと鑑賞。これが大正解でした。

映画にはイメージを喚起され、思う事多々あったのだけれど、それはちょっと置いておいて、今日、今、書きたい事を書きます。

音楽の事を知っていたおかげで、それが流れる瞬間が来る事をどうしても期待している自分がいる。
期待というのとは、違うかも知れないけれど、この映画が終わるまでに、どこかでPANTAが歌う「時代はサーカスの象にのって」が流れる事を私は知っている。

その時が来た。

イントロのアコースティックギターの一音を聴いた瞬間に涙がこぼれた。

その音色と響きに一瞬で心を持っていかれてしまったのだ。
その後、エンドロールまで菊池琢己の弾くアコースティックギターに感動しつつも、その時は、割りと冷静に観終える事が出来た。

観終えてから、井上監督とメッセージのやりとりなどした後、少し時間をおいて、もう一度、音楽の流れる少し前から観直してみた所、やはりギターの一音で涙がこぼれ、今度は、曲が進むにつれて涙腺が崩壊しました。

申し訳ないのだけど、映画の意味であるとか、寺山修司の歌詞(高取英 補作)の意味であるとか、PANTAの歌の力であるとか、PANTAが既にこの世にいない事であるとか、そういうの一切抜きに、ただただ菊池琢己のアコースティックギターに感動して、演奏が終わるまで、心を揺さぶられ続け、ちょっと嗚咽に近い感じで泣き続けてしまった。
気持ち悪いですね。ごめんなさい。

もちろんそこには映像の力があり、PANTAの歌があり、寺山の言葉があり、それらが一体となって心に迫った事は間違いないのだけど、そのすべてに寄り添うような菊池琢己のアコースティックギターが本当に素晴らしすぎて、涙が止まらなかったのです。

これ、映像を観ながら演奏し、歌と同時に録音したという事を聞いていたので、さらにそのすごさに震えます。(簡単に言えば一発録り)
歌に寄り添い、映像に寄り添い、言葉に寄り添い、その音色にメロディーに思いを込めて弾いている。
その思いの深さまでもが伝わってくるような深い音色と響き。紡ぎ出されるフレーズの美しさ。
しかも小さなミスひとつなく完璧。
それでいて我を出し表に立つような事はなく、何度も書くけど、歌に、映像に、言葉に寄り添うように、しっかりと傍らに立ち、紡ぎ出される。

PANTAの歌はもちろんすごいのだけど、この映画を観る人には、ぜひとも菊池琢己のギターを、思いを聴いて欲しい。そしてその寄り添う力を感じて欲しい。

「どるたんがブログに書いていたから菊池琢己のギターを聴くためにこの映画を観た」という人がひとりでも出てきたら嬉しいのだけど、そんな人いるかしら?

(文中敬称略)

2025年1月前半に観た映画

2025年、初の「観た映画」という事は、2025年の1月が半分終わったという事。今年もあっという間に終わってしまうのか、と思わずにいられない。いやはや。この期間に観た映画は5本だけでした。が、付け足し、準映画枠で連続ドラマ『贖罪』を取り上げました。

2025年1月前半に観た映画

☆印は、映画に対する評価ではなく、あくまでも個人的な好き度ランク。
☆5つ=大好き、☆4つ=好き、☆3つ=ふつう、☆2つ=ちょっと苦手、☆1つ=苦手
という感じ。


1日『デッドプール&ウルヴァリン』(Disney+)☆☆☆☆

『デッドプール&ウルヴァリン』
『デッドプール&ウルヴァリン』

元日早々に観る映画がこれでいいのか?と自問自答しつつ、しっかり楽しみました。これでいいのだ!劇場公開初日に観て以来2度目の鑑賞。マルチバース問題をうまく処理していたと思うし、マルチバースならではの夢の競演を観る事も出来たけど、やはりマルチバースにはちょっと懐疑的な気持ちがあるのも事実。


3日『すずめの戸締り』(Amazon)☆☆

『すずめの戸締り』
『すずめの戸締り』

ふつうに良い映画だな、というスタンスで観ていたところ、油断したのかラスト直前で号泣。この監督の作品、古い習わしや祭り行事と、自然現象、そして超自然現象を物語に組み込むのが本当にうまいと感心。そのどれもが大好きなものなので、毎回、惹きこまれます。


6日『白頭山大噴火』Amazon)☆☆

『白頭山大噴火』
『白頭山大噴火』

まあ、面白いんだけど、都合が良すぎるというか、なんというか、う~ん、エンタメだからこれで良いのか?深く考えなくて良いのか?考えずに楽しめば良いのか?と、色々考えがちな私はついつい考えてしまうのでした。


7日『ブラック・ウィドウ』(Disney+)☆☆

『ブラック・ウィドウ』
『ブラック・ウィドウ』

久しぶりに観返してみて、これまで以上に面白く観る事が出来たので、単独でブログに書いてみました。「久しぶりに『ブラック・ウィドウ』を観直した


8日『シャザム!〜神々の怒り〜』(Amazon)☆☆☆

『シャザム!〜神々の怒り〜』
『シャザム!〜神々の怒り〜』

DC映画には苦手なものが多いのだけど、これはまあまあ楽しめた。けど、特に記すべき感想は何も湧いてこない。というかあまり思い出せない。観たばかりなのに。あれ?


「観た映画」は、以上5本でした、が、プラス準映画的扱いで連続ドラマ『贖罪』を

1月11日~13日 『贖罪』(Amazon)☆☆☆

湊かなえ原作、黒沢清監督作品で、約1時間×5話で完結の連続ドラマ。3日間かけて観ました。
小学生の娘を殺された母親を小泉今日子。その事件を目撃した4人の同級生の15年後を、蒼井優、小池栄子、安藤サクラ、池脇千鶴が演じる。4人それぞれに罪の意識を抱えて生きてきた目撃者たち。それぞれの人生に消えない大きな影を落とす事件。小泉含め5人の女優達の表現力に惹きこまれたし、作者の物語を紡ぐ力にも感嘆した。心の闇を描く力。重く見応えのあるドラマでした。


20250102 埼玉県 秩父市 秩父街歩き

2023 渋谷考」というブログ投稿をした時に思ったのですが、このブログには、音楽活動の事や、映画、音楽の事が主に書かれていて、どこかに出かけた話がほとんど書かれていない。
そこで、たまには過去に遡って写真フォルダを漁り、どこかに出かけた話も書いてみようかな、と思い立ちました。という事で

お出かけの記録


2025年1月2日 埼玉県 秩父市 秩父街歩き

1月2日は、秩父神社へ詣でた後、軽く周辺をブラブラ歩きました。

その前に!
そば処 大むらでわらじ丼

一昨年のお正月以来の大むらさんのわらじ丼。満腹、満足。

その後は、あてもなく、適当に歩く。
秩父の街は、何気ない裏通りにも面白い出会いが多くて、大好き。

実は、秩父の裏通りが、若い頃から何度も夢に出てきます。
行った事ないエリアなのに、すごくリアルに出てくる場所もあり、秩父を歩くたびに不思議な感覚に襲われます。

魅力的な建物がたくさんあって、歩いていて楽しくて仕方ありません。
特に歴史を感じるとか、特別な建物ではない何気ない所にも心惹かれるポイントが多々あります。

市役所近くにある山の神の木(ちちぶまちづくりの木)

1月10日からは療養期間に入りあまり歩き回れなくなったので、この時、良い天気のもと、しっかりと時間をかけて歩く事が出来て本当に良かったと思っています。


「お出かけの記録」年月日順INDEX

20250102 埼玉県 秩父市 今宮神社

2023 渋谷考」というブログ投稿をした時に思ったのですが、このブログには、音楽活動の事や、映画、音楽の事が主に書かれていて、どこかに出かけた話がほとんど書かれていない。
そこで、たまには過去に遡って写真フォルダを漁り、どこかに出かけた話も書いてみようかな、と思い立ちました。という事で

お出かけの記録


2025年1月2日 埼玉県 秩父市 今宮神社

1月2日、秩父神社へ詣でた事は書きましたが、実は、その日、今宮神社へも行きました。

今宮神社の事は知っていたし、場所も大体分かっていたのですが、これまで行った事はありませんでした。
この日は、昼食後、ブラブラと散策していた所、たまたま今宮神社へ辿り着き「これは呼ばれたのかも知れない」と思い、初めての今宮神社、お参りしてきました。

龍神が宿るという御神木。
秩父というと、秩父三社があまりにも有名ですが、今宮神社も強力なパワースポットとして人気があるようです。




写真はあまり撮らなかったのだけど、境内には、ご利益ありそうなスポットがたくさんありました。

住宅街にありつつ、境内全体から不思議な存在感を放つ今宮神社、魅力的な場所でした。


「お出かけの記録」年月日順INDEX

フィフティー・フィフティー

昨年中よく聞いたフレーズ「フィフティー・フィフティー」
言うまでもなく大谷翔平選手の50本塁打/50盗塁という大記録を表す、おめでたい言葉として聞いたフレーズでした。

しかし、私が先日(1月10日)聞いた「フィフティー・フィフティー」は、あまりおめでたくないフレーズ。
フィフティー・フィフティー=50% / 50%=5分5分(ごぶごぶ)
という意味として聞いた「フィフティー・フィフティー」

それは癌の転移再発可能性。

「再発可能性は、フィフティー・フィフティーなので抗がん剤治療で少しでもリスクを減らしていきます」という趣旨の話でした。

まあ、以前から聞いていた事なので、特に大きなショックはないのだけど「若干%あがってないか?」という気がして、過去ブログを調べてみました。

と、昨年12月のブログ「検査結果及び今後の治療からのLIVE告知」に、再発リスク40%~50%と書かれていました。
まあ、その時とは医師も違うし、言い方が変わっただけで、ほぼ同じ。
見立ては変わらず、しっかりと医師間、医療機関内の見解は統一されているようで、逆に安心しました。

ちなみに転移する場所は、肺とか肝臓とか、色々考えられるみたい。

そうなるとまた手術だなんだと大変だし、行動の制限も大きくなりそうなので、しっかり注意して生活していきます。

とはいえ、あまり神経質になる事なく、いつもどおり楽しく、やりたいことをやっていく所存。

無理はしないつもりなので、どこかで私に合う事があれば、それは無理せずに外出しているという事。
音楽活動をしていたら、無理せずに活動しているという事なので、過剰な心配はせずに接していただければありがたいです。
(行動できない時は迷惑かけてしまいますが、その時はごめんなさい)

幸い私の周りにはそうやって自然に接してくれる方々が多くいるので、これからも安心して行動、活動していけそうです。

新年早々病気の話ばかりですみませんが、どうぞよろしくお願いいたします。


初日……のつづき

さて、1月10日から始まった抗がん剤治療に関して、帰宅後にざっと初日の様子をブログにあげました(初日)。

今日は、ちょっと詳しい内容とその続き。

抗がん剤治療の初日は、点滴で抗がん剤投与。
その後、2週間朝夕食後に錠剤を経口投与。
その後、1週間はお休み。

という3週間1クールの繰り返しを8回、まず半年続けるというスケジュール。

初日の点滴自体は2時間程度と聞いていたので、朝行って、遅くなったとしても午後2時頃には家に帰れると思っていたのだけど、終わって家に着いたのは夜8時過ぎという事は前回書きましたが。

まあ、色々舐めていました。
という反省談を、自分自身の戒めのためにも、万が一同じ状況になった人への軽いアドバイス(になるかどうかは分からないけど)としても、書き記しておきます。

なんだかんだで、点滴が始まったのは15時頃(だったかな)。

この時点でかなり疲れていたので、点滴をしながら眠る気満々。
しかし、点滴室はリクライニングチェアで座って点滴を打っている人たちの姿が。
「ベッドじゃないのか~」と一瞬落胆したけど、初めての抗がん剤投与という事で、ベッドに案内され心の中でガッツポーズ。

そもそも私は点滴が大好き

という事を過去にブログで書いています。(2023年元日
長い投稿なので、点滴の部分を抜粋すると

そして、こんな事を言うと、重病などで長期入院しているような方に申し訳ないのですが、あくまでも私の場合として聞いて下さい。

私、謎熱で入院するのが大好きでした。

というのは、入院中だけは、夜、眠る事が出来るのです。
しかも昼間もいくらでも寝ていられるのです。
特に点滴されながらスーっと眠りに落ちていく時間に、本当に幸せを感じていました。
これまで眠れなかった分を取り返すかのように眠りまくるのです。

ただ、これまでの栄養補給系の点滴と違ってスーッと気持ち良く眠れるようなものではないのかも?と軽く分かってはいたつもりでした。

とはいえ、疲れていた事もあり、やはり点滴開始後気持ちよく眠りに落ちていく私。

何度か、看護師さんが「気分悪くないですか?」「痛みやしびれは大丈夫ですか?」と声掛けしてくれるのだけど、ぼんやりした頭で「大丈夫です」「問題ないです」と答え、また眠りに落ちる。

もしかしたら、この時点でかなり体に違和感はあったのかも知れないけど、私のボンクラ脳は「点滴大好き」という妙なポジティブ感に支配されていたのか、まったく問題なく、快適に点滴を終える事が出来たのです。

これがいけなかった!

点滴を終える頃に看護士さんが色々と副作用の説明をしてくれました。
説明というよりも雑談に近い感じで分かりやすい例をあげて親身に話してくれる感じで。

「冷たいものを触ると指先がすごく痛くなって、冷蔵庫のドアや中の物に触れないみたいな、生活に支障をきたす人もいます」
「この時期だと外に出ると冷たい空気に触れて頬が痛いという人もいます」

なんて事を、もっと色々と例をあげて、注意した方が良いですよ、と話してくれていたのだが、私まったく他人事のように聞いていたようです。

それを実感するのに時間はかかりませんでした。
ベッドから立ち上がり特にどこにも異常を感じることなく病院の外に出た私。

病院の玄関前にある彫像がライトアップされていたので、ちょっと写真を撮って行こうと、呑気にスマホを取り出し1枚。


ほんの30秒ほどの事だったと思うのだけど、突然指先に強烈な痛みを感じる。
「いててて!」と声が出るレベルの痛み。

「冷たい物や、冷たい空気に触れると痛みが出る」と言われていた事をしっかりと実感した瞬間です。

慌てて手をポケットに突っ込み小走りに車へと急ぐ。
すると、今度は冷たい風にあたった頬がピリピリと痛み出す、看護師さんに言われたやつじゃん!

ほどなく車にたどり着き、まだまだ事の深刻さを理解していない私のボンクラ脳はポケットから手を出し、車のドアノブへと手を伸ばす。

「いて!!!」けっこう大きな声が出たと思う。
静電気やビリビリペンどころの痛さではなく、なんと表現してよいのか、とんでもなく冷たい物に触れたような感覚で、とにかく痛かった(語彙力)。

しかも、その強烈な痛みはけっこう後を引く痛さ、痛みが引いた後もジンジンするようなしびれ感は続く。

ここでようやく手袋を身に着け、注意深く行動しないと、とんでもない目に合うという事を理解した私のボンクラ脳。

自宅に帰った後も、注意深く行動していたにも関わらず、いくつか痛い目にあっています。

それはまず家に入った瞬間。
フローリング(風)の床にスリッパも履かずに歩を進めてしまった私。
靴下越しにも「なんじゃこりゃ~!?スケートリンクか?」というほどの冷たさ。
慌ててホットカーペットのある部屋に小走りで向いスイッチオン。

手洗いも、うがいも出来なかった。
が、これは結果的にラッキー。
いつものように、洗面所に向かっていたら水でうがいして、水で手を洗っていた事でしょう。

少し落ち着いてから、キティちゃんの靴下に履き替えて、お湯でうがいと手洗い。

その後は、まあ冷たい系の痛みは回避出来ていたかと思われましたが、次に声が出るほどの痛みを覚えたのは、トイレにて。

ドアをあけ、便座カバーをあげるところまでは手袋をしていたのでOK。
その後、手袋を外し小さな用を足し終え、水を流す。

タンクの上から出る水で軽く手を流し、ペーパータオルでさっと吹いた後、キッチンの水場で石鹼でよく洗うのがいつものルーチン。

いつものように水で軽く洗おうと、手を伸ばし水に触れた瞬間「いて~!!」と、かなり大きな声が出ました。油断してました。水では手も洗えないのか!?

その後、トイレでは手を洗わず、ペーパータオルを持った手で水を流しドアを開け、キッチンの湯沸かしで洗うというルーチンに変更。

しかし、本当に舐めていたのですね、私。

冷たい物に関する知覚が強烈に過敏になっています。
これほど痛いとは!!

冷たい系だと、翌日の昼間、おやつにバナナを食べようとした時にも痛みを感じました。
バナナはふつうにキッチンの果物かごにあった(ちょっと寒いけど)常温のもの。

一本手にした瞬間
「いてっ!!これ釘打てるバナナじゃないの!?」
という感覚。これにはびっくり。バナナまでもが牙をむくとは。

冷たくて痛い系で印象的だったのは、こんなところですが、他にもいくつか書き留めておきたい事象がありました。

「冷たい物を飲むと、喉が閉まったような感じになって、中には過呼吸のようになる人もいる」という話を看護師さんから聞いていたけど、常温の水でもアウトでした。喉がキューっとしまって何かが詰まっているような感覚。

なんでも温かいものしか口に入れられないかも。

あと薬を飲む時に、いつまでも喉に引っかかっているような違和感があります。
喉が閉まっていて、実際に飲み込めていないのか、違和感だけが残っているのか、よくわからないけど、とにかくいつまでも喉の途中に固いものがとどまっているようで、気持ち悪く、毎回、大量にぬるま湯を飲んでいます。しばらくすると違和感は消える。

もう一つ食事の時に、口を開けると顎の関節がかなり痛い。左右両側ともに。
何度か口を開け閉めすると痛みは消えるのだけど、初めの一口は毎回かなり痛くてつらい。

この事例は聞いていなかったので、ちょっと検索してみたら、まったく同じ事象が日経メディカルに掲載されていました。

あとは、今回点滴を打ったのが左腕だったのですが、2日目の朝になってもまだ左の腕全体がしびれているようなジンジンとした感覚が続いています。若干動かしづらい感じも。
指先もちょっと変な感覚が続いています。

点滴後ほどの激痛は感じなくなったけど、これから2週間薬の経口投与は続くので、完全に収まる事はないのでしょうね。

喉の違和感、声が出しづらい感覚もあるし、これはギターを弾きながら歌う人としては、(今現在の状態では)かなり致命的。

まあ、まだ2日目だからなんとも言えないけど、これを克服して音楽活動をしている人も周りにいるので、心強い。

私もまったく希望は失っていないので、大丈夫。
焦らず、しっかりと、整えていきます。


余談ですが、付き添ってくれたマネージャーは、お父さんを胃癌で亡くしていて、抗がん剤治療時のつらそうな様子も見ていたとの事で、点滴後の私がふつうに、というかむしろ元気そうに歩いている事にまず驚いていました。

そして、食事もふつうに摂れている事、食欲が全く衰えていない事にも驚きを感じていたようです。

まあ、当時より抗がん剤も改善されている事でしょうし、単純には比べられないけど、とりあえずは軽くて良かった。


もうひとつ余談を、抗がん剤というとどうしても考えてしまう問題について看護師さんが説明してくれました。それは抜け毛。
医師からも、この薬は抜け毛はあまり心配ない、との説明を聞いていました。
その時、私がはじめに思った事は「ブログネタがひとつ減って残念」という事。
真剣に悩んでいる方には申し訳ないのだけど、私がもし丸坊主になったら、62年ぶりの丸坊主なので、その時、写真館で撮った丸坊主(かつ丸裸)写真と並べて、63歳丸坊主写真をブログに掲載しようと思っていたのです。
看護師さんからは「多少抜け毛の可能性もあるので、その際には色々相談出来る窓口も・・・」と話がありましたが「大丈夫っす!抜けてもハゲてもOKっす!」と返事しておきました。



「Five Miles Out」Mike Oldfield

昨日、病院の待合にいる時に唐突に頭の中に響き渡った1曲。

マイク・オールドフィールド(Mike Oldfield)の「Five Miles Out」

これはマイク・オールドフィールドの歌物の中でも、けっこう好きな曲で、20代~30代の頃、なんとなく心の落ち着きがない時に大音量で聴く事が多かった。

頭の中に流れてくる事もたまにはあった気がする。

そんな曲が、突然病院の待合で頭の中にヘヴィロテ状態。

そして一夜明けた今日の午前中になっても気になっていた「Five Miles Out」をしっかりと聴いて、頭の中から、空中へ、天上へと解き放ちました。
またいずれ頭の中に流れる事もあるでしょう。

この曲は、アルバム『Five Miles Out』のタイトル曲。
アルバムは発売当時(1982年)UK盤で買いました。
今ここには、アナログ盤は、あまり置いていないので、それは聴く事が出来なくて、アルバム『Five Miles Out』CDも持っていないので、手持ちの2組のベスト盤からそれぞれ何度か聴きました。

(我が家の復活再生のシンボル、パセリさんと2組のCD、土にピントがあっているのはご愛敬)

両方とも日本盤なので訳詞が入っているのもありがたい。
しかも、それぞれ違う方が訳しているので、それも面白かった。

『The Complete MIKE OLDFIELD』の方は、渡辺淳さん
『elements』の方は、須美久さん
が訳しています。

この曲、これまではさほど歌詞を意識していなかったのだけど、冒頭に貼り付けたMVを何度も観ていたので、大体の雰囲気はつかめているつもりでした。

嵐に巻き込まれたパイロットと管制塔との交信
嵐を脱出するまであと5マイル!

みたいなやりとり。
モジュレーション系のエフェクトをかけたマイク・オールドフィールドのパイロットからの緊急連絡
優しく語りかけるようなマギー・ライリーの歌は、管制塔からの状況説明と励ましの声

訳詞を読んでみても、大筋はあっていました。

須美久さんの訳詞は、状況を的確に把握し、パイロットと管制官それぞれの言葉として正確に訳されていると感じました。緊迫感も、願いも伝わってくる。

対して、渡辺淳さんの訳は、こう言っては申し訳ないけど、中学生が英語の教科書を訳したような文章。

いきなり
「落ちていく時 どうしたらいいのだろう 失速し 30度で降下中」
って、自分に問いかけちゃってる。パイロットからの緊急連絡だという事を考えずに歌詞の文章をただ訳しただけ。

対する須美さんは同じ箇所を
「墜落する―――どうすればいい? 機首の角度は30度」
と訳しています。
状況も緊迫感も的確に伝わってくる。

渡辺さんの訳詞は、後半詩的な表現を多用してそれなりに読ませようとする工夫は分かるのだけど、そういう部分もまた、須美さんの的確な状況説明、緊迫のやり取りの方が結果として気持ちも伝わるように感じました。

って別にこんな粗探しをしたいわけではなかった。

2つの訳詞とにらめっこするように、しっかりと言葉を受け止めつつ、何度か聴いてみて、なんとなく腑に落ちたのが、病院で突然頭の中に流れてきた事の意味。

この歌詞、最後どうなったのか?そこはまったく描かれていないのです。
「あと5マイルで、脱出できる」
というエリアでの交信だけ。

何度目かの鑑賞中に、もうすっかり英語の歌詞のままで、状況が分るようになっていて

Our hope with you

以後の管制官の言葉で、ちょっと涙してしまいました。

私も同じ言葉をかけていただき、最善のコースに向かって(いると信じて)Climingしているので。