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MADDY PRIOR & THE CARNIVAL BAND LIVE

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。


2003

2003年7月28日 武蔵野市民文化会館 小ホール マディ・プライア&カーニバル・バンド

マディ・プライアといえば、スティーライ・スパンやシリー・シスターズで美しい声を聴かせてくれた女性ヴォーカリスト。
マイク・オールドフィールドの『INCANTATIONS』にも参加していると言えばピンとくる方も多いかと思います。

そのマディ・プライアが、80年代から活動を共にしているザ・カーニヴァル・バンドと共に2003年に来日。

このコンサートは『東京の夏音楽祭 2003』という催しの一環として行われたものです。

音楽祭のテーマが「儀式・自然・音楽」という事もあると思いますが、選曲は、教会音楽を中心とした様々な古楽曲。
かといって、堅苦しい曲というわけではなく、思わず踊りだしたくなるようなキャロルも演奏されました。

カーニヴァル・バンドの面々は、実に腕達者で様々な古楽器を自在に操り、包み込むような音空間を作り出してくれます。
その音にマディの澄んだ声が重なった時に生まれる空気を何と例えたらいいのでしょうか、何か自然の風の中にいるような澄んだ空気感、と同時に家族の団欒のような気の置けない温かさ、とにかくこの場にいられて良かった、という幸福感を胸いっぱいに味わう事が出来ました。

またカーニヴァル・バンドは、演奏だけではなく、声も素晴らしい。
アカペラの部分では、鳥肌が立つほど美しいハーモニーを聴かせてくれました。
(「鳥肌が立つ」の本来の使い方ではないのはわかっていますが本当にぞわっとしたので)

途中、子守唄を一曲披露してくれました。これが、えもいえぬ安らぎ感。
寝不足気味だったせいもあり、この子守唄を聴きながら実際に少しの間眠りに落ちてしまいました。
「もったいない。」という気持ちもありますが、なんとも幸せな時間でもありました。



グレン・グールド『モーツァルト:ピアノ・ソナタ集』

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。


1993

GLENN GOULD『MOZART』(SONY RECORDS 1965~70年録音)

グレン・グールドの弾くピアノを初めてしっかり意識して聴いたのが、このモーツァルトのピアノソナタ集。

この頃、モーツァルトのピアノ・ソナタ集は、すでに何種類か持っていて、特に、自分にとってのリファレンス的CDは、初めて買ったスヴャトスラフ・リヒテルのもの。それ以後に聴いたものはどうしても、リヒテルと比べて聴いてしまうような所があった。

グールドに関しては、テレビで見た特異な演奏スタイルと、バッハ弾きとして有名ということぐらいしかまだ知らなかった頃。

そんなグールドの弾くモーツァルトはいったいどんな音なのだろうと思い、買ったのがこのCD。

1曲目のK.310 第1楽章を聴いた時には、かなりの違和感を覚えた。
これまで聴いてきたK.310といえば、わりと誰もが、思い入れたっぷりに重々しく始める印象。
それをグールドは、かなりのスピードで軽やかにどんどんと弾き進んでいってしまう。

これだけではなく、他のどの曲も、今まで聴いてきたモーツァルトとはまったく違うもの。

「トルコ行進曲」ではK.310の印象とは逆。
この曲はかろやかに、はずむように弾く人が多いのだが、グールドはといえば、かなりのスローペースで本当に1音1音に何か思いを込めるように丁寧に弾いている、という風に感じる。

とにかく、このCDを初めて聴いた時、違和感に包まれたのは事実。
しかし、このグールドの表現にただならぬものを感じて引き付けられていた事も、また事実。

それからしばらくの間、CDプレーヤーには、このCDがセットされたままになり、何度も何度も繰り返してのプレイ。
すると、その違和感がいつのまにか大きな魅力に変わり、聴く度にグールドの弾くモーツァルトに魅了されていった。

そのうちに、モーツァルトがこれらの曲を実際に演奏していた時には、実は、このように弾いていたのではないのかな?等と考えるようになった。いや、考えるというよりも、感じると言った方が正しいかも知れない。
なんの根拠もないのだけれど、そんな感じがしてくるのだ。

グールドの弾くモーツァルトは、とにかく全ての音が心に直接響いて来るように感じる。
モーツァルトもこのように演奏して多くの人の心を虜にしたのでは・・・
なんて突拍子もない事を感じていたのだ。

心に染み入る「トルコ行進曲」なんて、ちょっと他の人のピアノでは味わえない感覚。
グールドという人は、何か、特別なものを持っている。
そして、その「特別なもの」に惹かれていく私でした。



HOT KUMA フライヤーデザイン

LIVE情報解禁になっているようなので、こちらからもお知らせ。

友人の、Bookieこと森下寿一がヴォーカル&キーボードをつとめるバンド、HOT KUMA。
5月10日(金)青山「月見ル君想フ」にてワンマンライヴがあります。

その公演のフライヤーデザインを担当いたしました。

これは、フライヤーで使った画像の(ちょっと遊びで作ってみた)アウトテイク。
スマホの画面だと分かりづらいけど、PCの大きな画面で見ると、アウトテイクの意味がよく分かると思います。

元ネタは、分かる人はスグに分かる、超有名ユニットのライヴアルバム。
Bookieのアイディアで、愛とリスペクトをいっぱい込めたオマージュ(パロディ?)です。

実際のフライヤー画像はこちら

とても楽しいデザイン作業でした。


LIVEの詳細はこちらへMOONROMANTIC | 青山月見ル君想フ

1983年 新日本プロレス 前田日明凱旋帰国

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。


1983

1983年 新日本プロレス 前田日明凱旋帰国

ジャンルをスポーツ観戦にしたけど、プロレス観戦の話です。
プロレスはスポーツなのか?と固い事は言わずに受け入れて下さい。
Sports Graphic Number誌上にも、プロレスは取り上げられていますので。

時は、1983年4月21日

私は、22歳、コンピュータ技術者としてそれなりの収入があった頃。

その頃、タイガーマスクの登場、藤波対長州の名勝負(後に名勝負数え歌と呼ばれる)で、人気に火がついた新日本プロレス。

初めて自分のお金でチケットを買って見に行ったプロレス興行がこの日です。

しかし、私の一番の目当ては、タイガーマスク対小林邦明でも、藤波対長州でも、猪木対マサ斉藤でもなく、この日、凱旋帰国試合となる前田日明。

前田の事は、なぜか新人時代から気になっていました。
試合は一度も見た事ないのに。

ある日、プロレス雑誌で、新日本プロレス寮が紹介された時に、痩せ型で(たしか)坊主頭の前田が、どういうわけか「誰がカバやねんロックンロールショー」のLPレコードを片手にファイティングポーズをとっている写真が掲載されました。(記憶に間違いがあったらごめんなさい)

その時から、気になる存在だったのです。

その後、前座でガチガチの凄い試合をするやつがいる(それが前田と平田淳二)という風の噂も聞き、さらに少しして、その若手、前田日明がヨーロッパ(イギリス)に武者修行に出た事を知ります。

イギリスでの活躍の様子なども、たまに雑誌に載る様になってきたある日、私は週刊ファイトに掲載された写真を目にします。

その写真を見た時に、私の前田への興味はマックス状態になり、帰国を心待ちにするようになりました。

それは、坂口征二がイギリスの前田の元に飛び、(当時ウェイン・ブリッジの家に下宿していた)前田と2人並んで撮った写真。

前田は上半身裸でファイティングポーズ。

痩せ型だった前田の上半身はナチュラルな筋肉で形良く膨れ上がり、(日本人の中では大型の)坂口征二と並んでも全く引けをとらない、むしろ上回っているとも感じられる姿になっていたのです。
この姿を見た時に、前田日明への期待値はMAXに。

そしてほどなく前田はヨーロッパヘビー級チャンピオンとして帰国、凱旋試合がこの日。
私は、前田の試合が発表されるとスグに(前田目当てで)チケットを購入。

肝心の試合ですが

前田のセコンドにはカール・ゴッチ!

試合は、3分程度のちょっと消化不良の試合で、前田の一方的勝利。

試合後、対戦相手のポール・オーンドーフがレフェリーに執拗に抗議していた事からも、この試合の不穏な空気は感じました。

後から色々な情報を知りましたが、まあ、それは良いとして(興味のある方は、ネット検索すれば色々出てくるはず)
消化不良とは書きましたが、逆に、個人的には、さらに前田への興味が高まった試合でした。

この日、きっと他の試合も良い試合ばかりだったと思うのですが、今、思い出すのは前田の事だけです。

ところで、このチケット画像を見ると前田の名前、前田日明の日の部分が消されているんですよね。

この後、新日プロでは前田明と表記するようになります。

日明と書いてあきらでは読みづらいから、テレビなどでの露出も多くなる事もあり、読みやすい明(あきら)一文字に変えられたのでしょうが、なんとなく、前田のアイデンティティを否定しているように感じて、少し嫌な気持ちになりました。


映画『シン・ゴジラ』

私を形成しているもの

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※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。


2016

『シン・ゴジラ』(2016年 日本)

この映画は、劇場で2回観て、ネット配信でも既に何度か観ています。

観るたびに発見がある、というか、観るたびに(自分なりの)理解が深まる、そんな映画。

あと、なんというか、業が深いとでも言ったら良いのか、色々とつらい気持ちが込み上げてくる映画。

もしかしたら、ラストシーンの事やネタバレ的な事を書くかも知れないので(今の所、無計画に書き始めています)、これから観てみようと思う人は、この先は読まずに映画を観てみましょう。話はそれからだ。

はじめは、怪獣映画を観に行ったつもりだったので、シン・ゴジラの形態に目を奪われたりもしたのですが、これは、なんというか非常に政治的な、国のあり方をも問うような映画。

今、シン・ゴジラならぬ、シン・コロナに対して次々と愚作を繰り出している政府、新型コロナウイルス感染症対策本部やら専門家会議やら、加藤厚労相、西村経済再生相、八割おじさん、尾身会長、色々と役者は出てくるけど、常に迷走している。

迷走の元凶は、総理大臣の意向。

何を提言したところで、そこでおかしな方向へ行ってしまうのだから、どうしようもない。

と余計な事書きましたが、そんな事にまで考えを巡らせてしまうような映画でもあります。

翻ってシン・ゴジラ。

政府が立ち上げた「巨大不明生物特設災害対策本部」(巨災対)にすべては任せられる。

総理は、弱腰ながら国民の事を考えているし、現場を信用している「総理大臣でございますから、森羅万象すべて担当しております」なんて頭のおかしな事は決して言わない。

巨災対の報告を聞いて、判断し、(迷いながらも)決断し、責任をとる。
それが総理のお仕事。

後の総理代理も国の事を考えて(弱腰ながら狡猾にしっかりと)外国との交渉をやりとげ、現場は巨災対に任せる。

そうじゃなければ、専門家を集める意味がない!

この国の政府は、原発再稼動時においても、さんざん専門家に「断層の上だ」って指摘されているのに、最終的に政治家の判断で「断層の上とは認められない」って言い出す。

なんのための専門家だって事ですよ!

ああ、ごめんなさい、いちいち話がそれてしまいます。

この国が、全てにおいておかしな国になってしまったものですから。

この「巨災対」が、また色々な分野で、はみ出し者的な研究者だったりするわけですが、そういう人間だからこそ緊急時に誰にも忖度せずに冷静な思考と判断が出来るのだと思います。

以前「大脱走」を取り上げた時に「昔から烏合の衆的な群れは(反吐が出るほど)嫌いなのですが、(ひとりひとりは一匹狼的な)個性豊かなスペシャリスト達が力を合わせて何かを成し遂げる話は大好き」と書いたのですが、この巨災対もまた、そういう集団でした。

さて、そんな政治的な面での面白さ、はみ出し者の群像劇的な面白さに加えて、業の深い部分、ここを考え始めると軽く戦慄すら覚えます。

元々初代ゴジラは、水爆実験が元で生み出されたわけですが、シン・ゴジラの出自はともかく、この映画がフクシマ後に作られた事に(政治面を描く上においても)大きな意味があるような気がします。

そして、映画冒頭で、船の上に靴をそろえて(自殺を思わせるように)消えた博士の存在。

どこへ消えたのか?なぜ消えたのか?

(博士の持っていたものに込められたメッセージなど色々考えさせられる)

シン・ゴジラの細胞は人のDNA情報も持っているという話。

ラストにズームアップして映し出されるシン・ゴジラの尻尾(そこには人間のような造型が)。

そんなところを考え合わせて、導き出されていくもの・・・いやはや怖い・・・デビルマン的怖さ(ジンメンのトラウマよ)。

もちろん政治的な話や、怖い話というだけではなく、わくわくポイントも多々あります。

自衛隊や米軍の最新兵器、無人新幹線爆弾、無人在来線爆弾などの作戦、民間の特殊車両を動員しての作戦などなど。

そして各場面で流れる音楽!
特に、ヤシオリ作戦決行!無人新幹線爆弾発車と同時に流れる「あの音楽」は、何度観ても涙が出るほど心が高まります。

この映画は怪獣映画という枠には全くおさまらない、パニック災害映画、ポリティカルフィクション、ミステリー、人間ドラマ、様々な角度から何度でも観たくなる映画。

きっと子供の頃に観たとしても、(難しかったり、怖かったりするけど)子供なりに楽しめて、大人になって見直した時にまた色々な気づきを与えてくれる、そんな映画かと思います。

映画『あの胸にもういちど』

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。


1973

『あの胸にもういちど』(1968年 イギリス・フランス合作)

これを観たのは、まだマリアンヌ・フェイスフルが何者なのかも知らない頃。

だから、小6か中1か、大体その頃。(という事で、とりあえず体験した年は1973にしておきました)

渋谷東急名画座で一人で観たはず。
確か300円。

観た理由は、その日、やっていた映画がこれだったから。

あとは、アラン・ドロン!
テレビで「太陽がいっぱい」を観て以来、ずーっと好き。

この映画は、簡単に言っちゃうと、かっこいいお姉ちゃんが皮ツナギを着てバイクに跨り、恋人に会いに行く話(簡単すぎ?)

というかね、正直に言ってしまうと、バイクかっこいい!皮ツナギのお姉ちゃん、かっこいい!そしてエロい!
以外の記憶が全然無いんです。

今でも、恋愛感受性に欠ける部分のある私が、12歳ぐらいの時に観たわけですから、この映画に描かれた(であろう)恋愛の機微なんて、全く理解出来ていません。(キッパリ)

でも、なんだかすごく魅かれる映画だったのは、確か。
多少の恋愛なども経験してから読んだ原作小説『オートバイ』は、それなりに楽しめたし。

後にマリアンヌ・フェイスフルの事を色々と知り、特に歌手としてのマリアンヌ・フェイスフルは大好きになって、かなりの音源を聴いてきたので、改めて「この映画をもういちど」観たい!と思いつつも、観ないまま今日に至る。

いつかちゃんと観なければ。
(今、Amazon Prime Videoで観られるみたいだけど・・・)


この映画が描いている男と女の世界は、まだまだ理解出来ないお年頃に観てしまった映画だけど、それなりに心に残り、今の自分を形成する一部になった事は確かです。

20200728 檜原村 払沢の滝

2023 渋谷考」というブログ投稿をした時に思ったのですが、このブログには、音楽活動の事や、映画、音楽の事が主に書かれていて、どこかに出かけた話がほとんど書かれていない。
そこで、たまには過去に遡って写真フォルダを漁り、どこかに出かけた話も書いてみようかな、と思い立ちました。という事で

お出かけの記録


2020年7月28日 東京都檜原村 払沢の滝

檜原村は、バイクに乗るようになった10代の頃から何度も訪ねている大好きな場所。

時には、奥多摩方面からぐるりと周遊したり、時には山梨方面へのツーリング途中に立ち寄ったり。
もちろん檜原村自体を楽しむために訪れた事も何度となくある。

有名な払沢の滝以外にも、大小さまざまな滝が点在するので、地図を片手に滝巡りをしたり、道の途中出会った神社でただただぼんやり過ごしたり、そういう場所。

そんな馴染みのある場所だけど、この10年以上1度も訪ねていなかった事に気付く。

そして久しぶりに訪れたのは、コロナ禍最中の2020年7月。
緊急事態宣言は出ていない時期だったけど、まだまだ街には人が少ない頃。

元々家の中で過ごすのは大好きだし、生まれてこの方退屈という事を知らない性格なので、ステイホームはまったく苦痛じゃないのだけど、家の中にいるのと同じぐらい自然の中で過ごすのが大好きなので、久しぶりに檜原村を訪ねる事にした。

と言っても、自宅でお昼ご飯を食べてからのんびりと出かけたので、現地で過ごしたのは1時間~2時間といったところ。
とりあえず払沢の滝周辺だけを歩いて、久しぶりの檜原村を楽しむ。

滝への入口付近にある駐車場に車をとめ、遊歩道を歩く。

滝の近く、良い空気の中にいると、体の中が洗浄されるような、心まで浄化されるような感覚を味わう事が出来る。
実際に、体は如実に元気になっていて、足取りが軽くなっている事を実感する。

滝の近くには意外と人がいたけどそれぞれに距離を保って楽しんでいる様子。

短い時間でも大きな満足感を味わえたけど、今度は、午前中に家を出て、もっとゆっくり、のんびりと檜原村を周りたい。


「お出かけの記録」

Kevin Ayers『Sweet Deceiver』

私を形成しているもの

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※ただの思い出話です。


1979

Kevin Ayers『Sweet Deceiver』(1975年発売)

今日、2月18日は、Kevin Ayersの命日という事で、Kevinさんの1番好きなアルバムを取り上げます。

Kevinさんの事はこれまでにも、以下のように何度もブログで取り上げていて
Kevin Ayersの思い出 その1
Kevin Ayersの思い出 その2
Kevin Ayersの思い出 その3
Kevin Ayers – Unfairground
間違えいなく「私を形成しているもの」の中でも大きな存在。

このアルバムに出会ったのは、というか買ったのは、高校を卒業して、バイトもし、これまで欲しくても買えなかったレコードを割と気軽に買えるようになった頃。

その辺の事情は「Kevin Ayersの思い出 その1」に詳しく書かれているので、ここでは省きますが、とにかくやっと手に入れたKevinさんのレコード。
もちろん聴きまくりました。

このレコードに初めて針を落とした時に、1曲目「Observations」の激しいイントロを聴いた瞬間、ちょっとたじろいだのだけど、ほどなくKevinさんのヴォーカルが入ったとたんに曲調が変わり、大げさに言えば世界も一変したような、不思議な感動を味わった。Kevinさんの声、その包容力。Kevinさんの世界に包まれたような感覚。
そこでもうメロメロです。

2曲目「Guru Banana」は、イントロのクラリネット(かな?)でそのすっとぼけた世界に引き込まれていきます。Kevinさんのこういう所がたまらなく好き。歌っている内容はけっこう皮肉が効いていて辛辣なのに、音はすっとぼけた感じ。素敵。

つづく3曲目は、このアルバムで(いやもしかしたらKevinさんの曲の中で)1番好きな曲「City Waltz」
まあWaltz系の曲には、元々ちょっと弱いんだけど、各楽器の音色や醸し出すムード、そしてもちろんKevinさんの歌。声。さらには子供たちの後追いコーラス。こういうのにも弱い。本当に大好き。

2013年2月にKevinさんの訃報を知り、その少し後に、ルイス稲毛企画のLIVEに、ソロの弾き語りで出演したのだけど、その時に、ルイスと2人で、この曲を演奏しました。1番好きな曲をやりたくて。
前日に、電話でコードの確認や打ち合わせをして、あとは本番一発。

4曲目「Toujours La Voyage」は、Elton Johnのピアノが美しく印象的な、スローなバラード曲。
ちょっとダルっとした感じが支配する世界。こういうのもKevinさんならではの魅力のひとつ。
ピアノに絡むOllie Halsallのギターも素晴らしくて、みんなでKevinさんの世界観を作り上げている感じが素敵。

B面に移り、1曲目の「Sweet Deceiver」は、(Kevinさんにしては)ストレートな感じのロック・ナンバー。これがまたかっこいい!この曲も大好きで、あるイベントでこの曲をカヴァーして・・・というお話は「Kevin Ayersの思い出 その2」に詳しく書いてあります。これでルイス稲毛との縁が生まれたという話。

このアルバム好き過ぎて、1曲1曲、全部こんな感じで感想を書きたくなるけど、あまり長くなるのもなんなので、ここから後の曲もすべて素晴らしい!という事で。

ちなみにElton Johnは全部で3曲に参加していて、どれも素敵な演奏を聴かせてくれます。

なんにしろ、このアルバムは、自分にとって色々な意味でかなり重要な一枚。


※ジャケット画像はAmazonから拝借

The Batles『The Beatles/1962-1966』

私を形成しているもの

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※ただの思い出話です。


1973

The Batles『The Beatles/1962-1966』(1973年発売)

ビートルズの音楽に衝撃を受け、はじめてしっかりと意識したのは、中学1年生の時。
(たぶん)放課後、放送室に何人かで集まり、SK君が持ってきた『The Beatles/1962-1966』を聴いた時。

その時聴いたのは、たしかA面だけだったのだけど、とにかくかっこいい!と思った。
「She Loves You」が流れた時には、小躍りしたくなるような、体が勝手に動き出すような感覚を覚えた。
さらに「抱きしめたい(I Want to Hold Your Hand)」を聴いた時の感覚が忘れられない。
胸の高鳴りと、キュっとするような切なさが同時に押し寄せてくるような不思議な感覚。

A面の中で特に深く印象に残ったのは、この「抱きしめたい」だった。

高校生になってから読んだ小林秀雄『モオツァルト』の中に「モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない。」という有名なフレーズが出てくるのだけど、もしかしたら、その感覚ってビートルズにも当てはまるのでは?それが「抱きしめたい」をはじめて聴いた時の感覚なのでは?と感じた事を思い出す。

このベスト盤(赤と青の2セット)が発売されたのが、1973年5月。
SK君は、まだ出たばかりの(お兄さんが買った)レコードを学校に持ってきて聴かせてくれたのだ。
「これ、すごいぞ!かっこいいぞ!」とみんなに聴かせたくてたまらなかったのだろう、と今は、その気持ちがよく分かる。

この時感じた、胸の高まりや切なさ、不思議な感覚は、心の中に熾火のようにくすぶり続け、中学2年になった時、同級生でビートルズの大ファンAH君との出会いによって、一気に燃え広がるのだった。


※ジャケット画像はAmazonから拝借

2024年2月前半に観た映画

油断していました!今月は2月。14日で前半終了でした。
最近、あまり映画脳じゃなかったせいもあり、観た映画も少な目です。


☆印は、映画に対する評価ではなく、あくまでも個人的な好き度ランク。
☆5つ=大好き、☆4つ=好き、☆3つ=ふつう、☆2つ=ちょっと苦手、☆1つ=苦手
という感じ。


2024年2月前半に観た映画

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