Category Archive : SPORTS

1983年 新日本プロレス 前田日明凱旋帰国

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。


1983

1983年 新日本プロレス 前田日明凱旋帰国

ジャンルをスポーツ観戦にしたけど、プロレス観戦の話です。
プロレスはスポーツなのか?と固い事は言わずに受け入れて下さい。
Sports Graphic Number誌上にも、プロレスは取り上げられていますので。

時は、1983年4月21日

私は、22歳、コンピュータ技術者としてそれなりの収入があった頃。

その頃、タイガーマスクの登場、藤波対長州の名勝負(後に名勝負数え歌と呼ばれる)で、人気に火がついた新日本プロレス。

初めて自分のお金でチケットを買って見に行ったプロレス興行がこの日です。

しかし、私の一番の目当ては、タイガーマスク対小林邦明でも、藤波対長州でも、猪木対マサ斉藤でもなく、この日、凱旋帰国試合となる前田日明。

前田の事は、なぜか新人時代から気になっていました。
試合は一度も見た事ないのに。

ある日、プロレス雑誌で、新日本プロレス寮が紹介された時に、痩せ型で(たしか)坊主頭の前田が、どういうわけか「誰がカバやねんロックンロールショー」のLPレコードを片手にファイティングポーズをとっている写真が掲載されました。(記憶に間違いがあったらごめんなさい)

その時から、気になる存在だったのです。

その後、前座でガチガチの凄い試合をするやつがいる(それが前田と平田淳二)という風の噂も聞き、さらに少しして、その若手、前田日明がヨーロッパ(イギリス)に武者修行に出た事を知ります。

イギリスでの活躍の様子なども、たまに雑誌に載る様になってきたある日、私は週刊ファイトに掲載された写真を目にします。

その写真を見た時に、私の前田への興味はマックス状態になり、帰国を心待ちにするようになりました。

それは、坂口征二がイギリスの前田の元に飛び、(当時ウェイン・ブリッジの家に下宿していた)前田と2人並んで撮った写真。

前田は上半身裸でファイティングポーズ。

痩せ型だった前田の上半身はナチュラルな筋肉で形良く膨れ上がり、(日本人の中では大型の)坂口征二と並んでも全く引けをとらない、むしろ上回っているとも感じられる姿になっていたのです。
この姿を見た時に、前田日明への期待値はMAXに。

そしてほどなく前田はヨーロッパヘビー級チャンピオンとして帰国、凱旋試合がこの日。
私は、前田の試合が発表されるとスグに(前田目当てで)チケットを購入。

肝心の試合ですが

前田のセコンドにはカール・ゴッチ!

試合は、3分程度のちょっと消化不良の試合で、前田の一方的勝利。

試合後、対戦相手のポール・オーンドーフがレフェリーに執拗に抗議していた事からも、この試合の不穏な空気は感じました。

後から色々な情報を知りましたが、まあ、それは良いとして(興味のある方は、ネット検索すれば色々出てくるはず)
消化不良とは書きましたが、逆に、個人的には、さらに前田への興味が高まった試合でした。

この日、きっと他の試合も良い試合ばかりだったと思うのですが、今、思い出すのは前田の事だけです。

ところで、このチケット画像を見ると前田の名前、前田日明の日の部分が消されているんですよね。

この後、新日プロでは前田明と表記するようになります。

日明と書いてあきらでは読みづらいから、テレビなどでの露出も多くなる事もあり、読みやすい明(あきら)一文字に変えられたのでしょうが、なんとなく、前田のアイデンティティを否定しているように感じて、少し嫌な気持ちになりました。


1984年 鈴鹿8時間耐久オートバイレース

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。


1984

1984年 鈴鹿8時間耐久オートバイレース

後にも先にも鈴鹿まで出かけて8耐を観たのは、この年だけ。
なんせお金がかかりますから・・・
友人の車で出かけました。

それ以外の何年かは、青山にあるホンダのショールームや多摩テックで(パブリックビューイング的な物を)観ていました。

では、なぜ、この年だけは、鈴鹿まで行こうと思ったのか!?

それは、コーク・バリントンが出場したから。

では、コーク・バリントンとは?

ちょっと長いけどWikiから抜粋引用します。

南アフリカ(生れはローデシア)の元オートバイレーサー。ロードレース世界選手権で通算4度の世界チャンピオンに輝いたライダーである。

数年間のスポット参戦ながらヤマハの2気筒マシンで勝利を挙げるなどの活躍を見せていたバリントンに目を付けたカワサキは、彼をファクトリーチームに迎え入れた。ファクトリーライダーとしてフル参戦を開始したバリントンは、カワサキの期待に応えて1978年と1979年、激戦区である250ccと350ccの両クラスで2年連続ダブルタイトルを獲得した。

1980年、ケン・鈴木率いるカワサキとバリントンはモノコックフレームという当時としては革新的な構成を持つニューマシン、KR500で最高峰クラスへの挑戦を開始する。しかしバリントンの力をもってしても、ニューマシンを開発しながらレースを戦うには500ccクラスの壁は厚く、250ccクラスや350ccクラスでの成功を再現することはできなかった。

結局、3年間に渡る500ccクラス挑戦で勝利を挙げることはできず、カワサキは1982年を最後にKR500の開発を取り止めると同時に世界選手権からの撤退を決定。カワサキがバリントンに撤退ぎりぎりまで伝えなかったためそのときには他チームの翌年陣容が決定済みでバリントンは他チームのシートを得られずグランプリから引退した。

2年連続、250と350の2クラスで、世界チャンピオンですよ!カワサキで。

そしてKR500!
当時としては革新的な構成を持つニューマシンKR500!
結果は残せなかったけどKR500
プラモデル作りました!

何か特別なチャレンジをする物が好きなんです。(例:楕円ピストンしかも4ストのNR500とか)
バイクに限らず他の分野でも。

しかし、コーク・バリントンの事は、雑誌の中でしか知りませんでした。

でも、その経歴と、インタビューなどで知る人柄に勝手に惚れ込んでいました。
当時の私は(バリントンと同じ)Nolanのヘルメットにカワサキのバイク。

そんな、私にとって特別な男が、8耐出場!しかもカワサキのバイクで!!

プロレスで言えば「まだ見ぬ強豪」
この目で見ないわけにはいきません。

ただ、カワサキのバイクと言っても、カワサキは8耐にはワークス(メーカーが直接運営するチーム)参戦していません。
月木(ツキギ)レーシングという(カワサキ車用のマフラーなどを作っている)コンストラクターチームからの参戦。

この時のコーク・バリントンの雑誌インタビューを読むと、カワサキに対する恨み言(GP撤退~引退の顛末)など一切なく、むしろカワサキのバイクでレースが出来る事を本当に楽しみにしている様子で、それだけでも涙が出ました。

さてレース。

前日までに行われた予選の結果は、コーク・バリントンをもってしても、ワークス参戦しているHONDAやSUZUKIには力及ばず、それでも12位と大健闘。

決勝レース、主にコーク・バリントンを(目で)追い続ける私。

お!・・・・・・・・・・・・・・・・お!・・・・・・・・・・・・・・・

と何度か私の前を一瞬で通り過ぎるコーク・バリントンの姿を確認し、小さく心の中で歓声をあげる。

しかし、ほどなくその姿は見えなくなった。

場内アナウンスでリタイアした事を知る。
今、リザルトを確認したら15周でのリタイア。

そこからの長い7時間ほどの事はほとんどおぼえていません(笑)

そんな1984年の夏でした。


「絶対に負けられない戦い」

今夜、AFCアジアカップ決勝トーナメント1回戦、日本代表vsバーレーン代表の試合があります。
ところが、この試合、TVでの中継がありません。

予選3試合の中でも、地上波TV中継があったのは、2試合目のイラク戦だけ。

絶対に負けられない戦いがそこにはある
というお馴染みのキャッチフレーズで、負けても次がある試合を放送したのは、テレビ朝日。

そして、その試合、日本は負けました。
予選3試合のうち、唯一の負け試合です。
(テレ朝いう所の)「絶対に負けられない戦い」に負けちゃったんですけど。

まあでも、実際には絶対に負けられない戦いだったわけではなく、1試合負けても、予選リーグは突破出来て、今日の予選トーナメント1回戦を迎えるわけです。

そして、この試合、TV中継はなし。
ちなみに、今日勝てば、その後の日本代表の試合は、テレ朝が放映権を持っているそうです。
勝ち抜いている限り、準々決勝、準決勝、決勝(3位決定戦の場合もあるのかな?)まで3試合、テレ朝が中継できるそうです。

しかし!

今日のバーレーン戦で負けたら、すべてがパー!
「すべてがパー」なんて言い方、昭和な感じで申し訳ないんだけど、すべてがお終いなのです。

(小さく※日本進出時と)

きっと「負けたから放映権料払わなくていい」って話でもないと思うのです。
その日放送する番組も変わり、それにともないスポンサーから入る金額も変わってくるでしょう。
色々と大損です。たぶん。

本当の意味で今日こそが絶対に負けられない戦い
特に、テレ朝にとっては、今日こそが、何が何でも絶対に負けられない戦い

そしてそんな絶対に負けられない戦いをテレ朝は放送しない。放送出来ない。

私、試合の前に、悪い結果など想像しないタイプだし、なんなら考えないようにする、そういう人間なのですが、今日はちょっとだけ考えています。

もし負けたら、テレ朝にとって、これほどマヌケな話はないよね、と。
(予選リーグもマヌケだったけど)


(追記)

色々な事情があるのでしょう。
そんな中、何試合かでも放送していただける事はありがたいと思っています。
ただ絶対に負けられない戦いの安売りはやめた方がよいのでは?という気持ち。
あと、私にはDAZNで観る選択肢はないので、最近では、海外の違法性のない無料中継サイトを探して(若干の技を使って)観ています。こうなってくるとTV局の役割がどんどん無くなっていきますよ、という話。


久しぶりの発熱(とクラブワールドカップのこと)

2023年も最終局面に入っている今日この頃ですが、軽く熱を出して少しだけ休養モードの私。

熱と言っても37度少々というレベルで、特に風邪的症状もないので、コロナでもインフルでもないと思います。で、首というか耳の下あたりのリンパ節が腫れていて、その周囲がかなり痛い。ご飯も食べづらいほどに。
なので、その辺から来ている熱でしょう。という自己診断。
熱は大したことないけど、全身の倦怠感はあるし、食欲はないし、という状況でもあり、これ以上悪化させないために大掃除を断念してのんびり過ごしています。

では、なぜそういう事になったのかと言うと、思い当たる事がひとつあります。
それは、サッカー!

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今季初NPB観戦&西武球場周辺散歩

去る6月9日、最近では「ロックの日」と言われているそうですが、そんな日に、私は、全くロックと関係ない小さな旅をしてきました。

この日は、ベルーナドーム(西武球場)にて、NPBセパ交流戦、西武-ヤクルト戦が開催される日。チケットは入手済み。
という事で、観戦に出かけました。

私のチケットには髙橋光成が

開場時間は、16時ですが、早めに現地入りして、少し周辺を歩いてみる事にしました。

この辺は、子供の頃から何度も訪れた場所。
特にアトラクション的な物は何もなかったけど、妙に好きだったユネスコ村は、遥か昔になくなり、その後に出来た恐竜なんちゃらには、一度も来る事が無いままに既になくなっている。

その辺りを横目に見つつ、狭山湖まで歩き、この日は、狭山山不動寺で、ゆっくりとした時間を過ごすことに。
隣の山口観音と、この狭山山不動にも、何度も来ているのだけど、山口観音は、なんとなく宗教テーマパーク的なキッチュな観光施設的側面もあって、それはそれで面白くて好きなのだけど、狭山山不動は、もう少し落ち着いた雰囲気で、自然と古い寺院建造物がよくマッチした素敵なスペース。

特にこの時期は、新緑が美しく、紫陽花他季節の花々も見事に咲き誇り、目と心を楽しませてくれる。

この寺は、子供の頃にはなかったのだけど、西武球場が出来た頃には、既にあったような気がする。
(気になって調べたら、西武球場1979年オープン、狭山山不動寺昭和50年(1975年)開山)

1975年に出来たと言うのが、信じられないほどに、古刹めいて山の景観に溶け込んでいる。
とういのも徳川家光ゆかりの門など、重文クラスの建造物が数多く移築されているから。
正直なところ、開山の経緯、移築の理由などよく分からないし、宗教的に思うところは全くないのだけれど、「場」としては良い空気を感じるし建造物にも心惹かれるのだ。

そんな空気を感じながら、たっぷりとゆっくりとした時間を過ごした後に、球場周辺を少し散歩してから観戦。

結果は、2-1でライオンズの勝利。
緊迫した良い試合でした。

今期のNPB観戦も、たぶん西武球場だけになりそうだけど、あと何度か観戦出来るといいな。

6月9日、よき一日でした。

2023年元日

2023年、本年もよろしくお願いいたします。

2023年初日から反省ブログです。
大晦日は、お節の準備をしながら、紅白をチラ見。
紅白終了後は、地元の神社に初詣その1。
(その2は、ここ数年秩父神社へご挨拶に行っているのですが「初」詣ではないですな)
と、まあ、ここまでは例年通り、ふだんなら帰宅後、寝床へというコースです。

しかし、今年は違った・・・

ブライトン vs アーセナルのキックオフが2:30
ABEMAで無料配信アリ。

誘惑に負けました。
しかし、毎朝、6時~7時に起きているので、眠気はマックス。
でも、がんばってしまいました。

前半は何度か意識飛びましたが、後半、すごかった。
ブライトンすごかった!三笘すごかった!
完璧に目が覚めて、ギンギン状態で観戦。ギンギン状態?
いや、本当にすごい。

ABEMA ブライトン vs アーセナル ハイライトから三笘の得点シーン

結局試合終了までしっかり観戦し、4時過ぎに寝床へ。

(体調的に)つらいワールドカップ観戦期間を終えたというのに、また、こんな事をしている。

で、何を反省したかというと、もう深夜のサッカー(に限らず色々)観戦はしません!
よっぽどの事がない限り。


というのは、私事になりますが、私、10年間かけて体調を整えてきて、やっと目標をクリアしたばかり。

その目標は

  1. 救急搬送されない
  2. 真冬でも寝込まない

救急搬送は、この10年で2回されていますが、2017年12月が最後、そこからは1度もないので、どうにか今後も維持したい。

真冬でも寝込まないは、昨年、初めて1度も寝込まずに過ごせたので、今後も維持したい。

10年前から、すごく体の事を意識して、メカニズム的に色々納得し、体調を整えるようになりました。

正確に言うと、2008年(15年前)に心筋梗塞を発症。
その後も、冠攣縮性狭心症と診断され、ずっと投薬治療を受けているので、その頃から、若干色々意識するようにはなっていましたが、10年前から本格的に生活を変えたという経緯。

と言っても、一般的な意味での特別な事はしていなくて、心がけていたのは早寝早起き(私にとっては超特別な事)と、暴飲暴食をしない、偏った食事をしない、といった程度。

ただ、やはり睡眠のリズムを崩すのは一番良くないと、分かってはいたのです。
それなのに、それなのに、サッカーめ!(自分が悪い)

睡眠のリズムを崩す→自律神経が乱れる→免疫力が落ちる
というメカニズムよ。

私、実は、若い頃、風邪からの謎の発熱が続き入院、という事を繰り返していました。
また、風邪をひいていなくてもしょちゅう熱を出していました。

中学1年生の時に、大きな病院を何件も受診し自律神経失調症と診断されました。
(親は医者の説明を聞いて「なまけ病」と判断し体調家庭状況ともに悪化)

あと、ぶっ倒れて、血液検査したら白血球がとんでもなく増えていた事もあった。

これ、今なら、このメカニズムがよく分かるんですよ。
睡眠のリズムを崩す→自律神経が乱れる→免疫力が落ちる
免疫力がふだんから超弱かったわけです。
ろくに寝てないから。
子供の頃から睡眠障害気味で、とにかく寝られない。
「寝ろ」と言われると余計に寝られない。
小学生なのに、寝ずに朝を迎えた事が何度もある。
必然的に学校に行けない。
そんな人なので、風邪なんかひいたら、全然治らない。
免疫力激弱だから。
熱が2週間も続き、入院。そんな事が20代後半ぐらいまで何度もありました。
当時、やたら口内炎が出来たりしていたのも、理解出来る。

そして、こんな事を言うと、重病などで長期入院しているような方に申し訳ないのですが、あくまでも私の場合として聞いて下さい。

私、謎熱で入院するのが大好きでした。

というのは、入院中だけは、夜、眠る事が出来るのです。
しかも昼間もいくらでも寝ていられるのです。
特に点滴されながらスーっと眠りに落ちていく時間に、本当に幸せを感じていました。
これまで眠れなかった分を取り返すかのように眠りまくるのです。

眠れない→何かを発症→ぶっ倒れる・・・・入院?

というサイクルは、長い事続き、入院まではいかなくても、よく寝込んでいました。
その集大成(?)が2008年の心筋梗塞。

その時、(担当医ではない)お医者さんが言っていた事が今でも忘れられません。
「心臓は生まれてから死ぬまでずっとリズムを刻み続けている、その心臓に一番悪いのは生活のリズムを崩すこと。」

私の場合、生活のリズムがそもそも無かった!寝ないんだから。眠れないんだから。リズム以前の話。
さぞや心臓も困っていた事でしょう。

まあ、それをきっかけに体の事を多少意識するようになり、さらに10年前に生活様式を一変させた事で、なんという事でしょう、夜眠れるようになったのです。

夜寝て、朝起きる、そんな当たり前の事が、自我が目覚めてから初めて意識的に実現出来たのです。

夜寝るって幸せ。

20年以上前に私とSNSで知り合った方は「この人いつ寝てるの?」と思ったことでしょう。
24時間いつでも書き込みがあるし、何か聞くと24時間いつでもすぐに返信がある。

最近SNSで知り合った方は、そういう印象ゼロでしょ?

どるたんは「夜寝る」を獲得した

それによって、少しずつだけど自律神経も整い、免疫力も向上、最近では風邪もひかなくなりました。

という良いサイクルが、やっと、やっと、生まれてきたのです。
そのサイクルをメカニズムとして納得、実感出来ていたのです。

それを、サッカーめ!(振り出しに戻る)

という事で、大反省しました。
今後もしっかりと体を整え、演奏活動ほか創作活動を少しでも長く続けていくために

今後、(よっぽどの事がない限り)深夜のサッカー観戦はしません!


という事で、今日はこの後これ!

MCCスポーツpresents 2022年度 第71回 全日本大学サッカー選手権大会
【決勝】新潟医療福祉大学 vs 桐蔭横浜大学

テレビ東京スポーツYouTubeチャンネルにて無料ライブ配信
youtu.be/g5przw1MADk

高校サッカーもあるし、ワールドカップが終わっても毎日忙しい!
サッカーめ!

(全然懲りてないけど深夜は見ません)

2022まとめ(どるたんのInput編その1)

まずはじめに、私、ぼーっと空を見たり、山を見たり、雲を見たり、そういう時間が大好きで、と同時に色々な事を考えていて、たぶんそれが、私にとって一番大きなインプット。

それはそれとして、インプット編。

というと、読書、音楽鑑賞、映画鑑賞、コンサート、スポーツ観戦、美術展、TVやラジオ、観光などなど、というところでしょうか。

このうち映画については、後日何かしらまとめる予定なので、置いておいて。

とりあえず

スポーツ観戦

正直、最近の私、近過去記憶が全く定着しなくなっていて、スポーツは1年間通して色々見てきたはずなのに、今、記憶にあるのはサッカーのワールドカップぐらい。北京オリンピックの事など、断片的にしか憶えていません。つらつらと書き始めれば何かしら思い出すかしら。

スポーツ系生観戦は、たぶん2回だけ。

それは2回とも野球

  1. 9月10日 2022 パ・リーグ公式戦 ライオンズ vs ファイターズ 西武ドーム
  2. 9月19日 2022 パ・リーグ公式戦 ライオンズ vs イーグルス 西武ドーム

2試合とも招待券で見る事が出来ました。ありがとうございます。


これを含めて今年は、野球をかなり真剣に観ました。NPBもメジャーリーグも。
日本シリーズは本当に疲れた、毎日疲れた、観ているだけなのに。というのを今思い出した。

サッカーは、生観戦ゼロ。TVでは、地上波の放送が少ないのでなかなか見る機会がないのだけど、放送がある時は、なるべく観るようにしています。海外のサッカーはすっかり観られなくなってしまって残念。その憂さを晴らすかのようにワールドカップは(見逃し配信も含めて)全試合観戦。

ついでに言っておくと、私は、日本代表の森保監督、初采配時から、今日に至るまで一貫して嫌い。
たぶん全試合観ているけど、本当に嫌い。なぜ急に語った。続投が決まってしまったからか。

格闘技系は、ボクシングの井上尚弥が本当に凄過ぎて、こんなに凄いボクサーは今まで見た事ありません。これまで私、一番好きなボクサーは具志堅用高だったのだけど、ちょっと「好き度」でも上回ってしまったかも。

バレーボールは、世界選手権の地上波放送は全部録画して見ました。全日本は、男子も女子も、誰もが知っているようなスター選手が出てきて欲しいと思った。全体的に印象が薄い。

卓球は、テレ玉でTリーグの放送をしてくれるし、テレ東で大きな大会は放送してくれるので、1年間通してけっこう見てきた印象。若い才能が次々出てくるので、とても面白い。

他にも色々見ているけど、こんなところで。


ライヴ、コンサートなど

自分の出演以外でライヴハウスなどに行ったのは、ゼロ。
特にライヴハウスは喫煙OKのところが多いので、そういう場所へは、今後も行く機会はないでしょう。

クラシックの音楽会なども一度も行けませんでした。

今年、音楽関係で会場へと出かけたのは、(たぶん)2度だけ。

  1. 5月22日 櫻坂46「渡邉理佐卒業コンサート」国立代々木競技場 第一体育館
  2. 8月30日 「Kyoko Koizumi 40th Anniversary 小泉今日子ツアー2022 KKPP」中野サンプラザ

どちらも特別な意味のあるコンサートなので、参加できて本当に良かった。
これは一生忘れない記憶(であってほしい)。
感謝。


読書

読書は色々ありすぎるのですが、今年は、3月に松村雄策さんが亡くなった事もあり、古い本を読み返したり、少し前に出た新刊「僕の樹には誰もいない」を読んだり、それが2022年の一番印象深い本との時間。

とりあえず、Inputまとめ第1弾はこんな感じで、第2弾があるかどうかは謎。(こういう事を書くと大体ない)
映画まとめは来年になってからやる予定。

野球のチケットの話 Part1【追記あり】

先日のブログ「久しぶりのプロ野球観戦(西武球場)」の中で、紙のチケットが嬉しかったという事を書きました。(↓これ)

というのは、私、野球に限らず、チケットの半券を集めているのです。
集めているといっても、コレクションをしているわけではなく、なんとなく捨てられずにとっておいてある。という感じ。

小学生時代のものは、ノートに貼り付けてあって、その後、アルバムに貼り付け、さらにその後は、適当に箱の中にぶち込んであります。

しかし、中学~高校時代からのチケット半券アルバム2冊が行方不明で、残念な事にその時期の物がごっそり抜け落ちています。(Bob Dylan初来日、78年のDavid Bowie、Roxy MusicやDEVO、Police、Go-Go’sなどなど来日公演系が多かった)
その時期の物でも、若干発掘できた物もあるのですが多くはアルバムと共に行方不明。

とりあえず手元に残っている物から、小学生時代に行った野球のチケットをお見せしつつ、それに纏わる思い出話などを披露したいと思います。

これは何年の物か書いていないのだけど、1970年か1973年の物と思われます。
後楽園球場のネット裏BOX SEAT席。
父親がよからぬ手段で(おそらく)法外な価格で手に入れた物。
うちの父の感覚(主に金銭面)はちょっと浮世離れしたところがあって、平気でこういうものを手に入れてしまうのです。時効だと思うし容疑者(父)は既に死亡しているので、具体的な状況を書くと「ちょっとここで待ってろ。」と、子供の私を球場近くに残し、見知らぬ男とタクシーに乗り込む父、その辺を1周して戻ってくると、父の手にはブツ(チケット)が。タクシー内で謎の取り引きが行われていた模様。
この後、掲載するチケットもほぼそうやって手に入れた物。
違法行為で手に入れたチケットで野球を観て本当にごめんなさい。

このBOX SEAT席で観て一番印象的だったのは、キャッチャーのミットにボールが納まる音や、打撃音のみならず、ピッチャーが投げたボールの風切り音までもすごい迫力で聞こえてきた事。半世紀前の事なのに未だに忘れられません。

中日戦のチケットが多いのは、当時、私が中日のファンだったから。
理由は、ユニフォームの青とDragonsの字体が筆記体でかっこよかった事。
高木守道とか中利夫とかアームストロング・オズマ(?)とか、好きな選手も多かった。

1971年オールスター戦のチケット。さすがにオールスター戦、お値段も高ければ、チケットのデザインや印刷も豪華。オールスターを観たのは、この1度だけ。オールスター戦は、この頃は、けっこう本気度が高くて熱い試合をしていたような印象なのですが、ある時期から、遊び感が強くなり興味が薄れました。そんな事を考えているとなんとなく掛布選手の顔が浮かんできます。掛布選手がお遊び感覚でオールスターゲームに出ていたというわけではなく、あくまでもイメージ(笑顔が強い)。

川崎球場にも2~3回行っているはずなのだけど、半券が残っているのはこれだけ。
これもきっと違法に入手した物に違いない。

転じて、これだけは正当に入手したチケット。
というのは、1人で行って、1人でチケットを買って(100円!)、観戦した記憶があるから。
当時、10歳だけど、埼玉から東京まで、ひとりで映画を観に行ったり、野球を観に行ったりしていました。
学校のルールでは、隣町にすら1人で行ってはいけなかったはず。
チケット購入に関して違法行為をしていないけど、学校の規則には違反しているという・・・・・・
ちなみに、チケットには対戦相手が書いてありませんが、巨人-阪神戦でした。

この時期、野球はもっといっぱい観に行っているはずなのだけど、半券が残っているのはこれだけ。
駒沢球場や川越初雁球場での2軍戦なんかも観にいっていたけど、チケットはなかったのかな?子供はタダとか?その辺の記憶は曖昧。


【追記】
箱の中に適当に入れてあるチケットを漁っていたら、1978年物のチケットが1枚出てきたので、追加掲載いたします。

上に掲載したものから、数年後ですが、この数年の間に、私、小学生から高校生になっています。
そして小学生の時よりも記憶が薄くなっています。
なんせこの試合、誰と行ったのか、全く憶えていないのです。
巨人戦だから、まあ父親(巨人ファン)と行ったのでしょうが、高校生の時に父と2人で出かけるとは、ちょっと考えづらい。

チケットを見ると、長嶋監督で王さんはまだ現役の時代か。
私は当時、広島ファン。なんといっても江夏がいたし、衣笠大好きだったし、ギャレット、ライトルも大好きでした。
(私、球団が好きになるというよりも、その時々で好きな選手が多い球団を主に応援する傾向があります。ここのところセ・リーグではヤクルト)
そう考えると「たまには行きますか。」って感じで、父と行ったような気も若干ながらしてきました。

う~ん、いや、行った。父と行ったな。たぶん。

だとしたら、これが父親との最後の野球観戦。
この後は、主に西武ライオンズ観戦の時代が始まるのです。

久しぶりのプロ野球観戦(西武球場)

9月11日(日)にどるしゃあワンマン公演があった関係で、ブログやTwitterでは、そちらの告知や報告を優先してきました。
が、実は私、その前日の9月10日(土)、久しぶりに西武球場(ベルーナドーム)へと赴き、西武ライオンズvs日本ハムファイターズの試合を観戦してきました。

西武球場では、年に何度か、周辺の住民を抽選で無料招待してくれる試合があり、その抽選に当たったので、なんと無料での観戦。

西武ライオンズは、球団が出来た時からの大ファンなのですが、地元(私、埼玉県西武鉄道沿線住民です)に出来た球団だからというだけではなく、深い理由がありました。
それはとにかく、選手の顔ぶれ!これがすごかった。

まずはなんといっても、田淵幸一!
以前、このブログ投稿(水島新司作品の思い出)でも書きましたが、大好きなのです。
そして、かつてはオールスター戦、日本シリーズなどでしか見ることが出来なかったパリーグの猛者たち。
(いぶし銀!)山崎裕之がロッテから、(野武士!)土井正博が近鉄から、馳せ参じ。
さらにはあのノムさん(野村克也)まで!
もちろん西鉄(~太平洋クラブ~クラウンライター)ライオンズ時代からの東尾修をはじめとする選手たち。
さらには、松沼兄弟、森繁和といった即戦力新人選手たち。
昭和の野球ファンなら名前を見るだけでもワクワクするまさにオールスターチームだったのです。

ちょっと長くなり過ぎましたが、私、それ以来ずっと西武ライオンズを応援し続けています。という事で。

さて、この日は、デーゲーム。
それまで1週間ほど毎日のように雨が降っていたのですが、この日は晴天。
まさに気持ちの良い野球日和。
ドームなので雨天でも試合は出来るのだけど、やはり晴れていると気持ちもあがります。
そして球場が見えてくると、心が高まります。

と、その前にもうひとつ心高まる嬉しいポイントが。
それは紙のチケット。
抽選に当たると、Eメールで当選の案内が届き、電子チケットの形式で入場することが出来るのですが、希望者には紙のチケットを発行してくれるという事なので、ライオンズショップにて事前に紙のチケットを発行してもらいました。
それがこれ!

チケットもかっこいいけど、なんと素敵なライオンズ封筒に入れてもらえた。
印刷されている選手が金子選手(席によって印刷されている選手は違う)という所も個人的ポイント高し。

席は1塁側内野指定席。
日本ハムのブルペンからほど近く、かなり良い席でびっくり。
試合前に入念にストレッチするこの日の先発、伊藤大海投手の様子を間近に見ているうちに、ついうっかり日ハムを応援したいような気持ちがわいてしまう。(いかんいかん)

ちなみにこの日、西武の先発は松本航投手。
両チームとも、先発投手の背番号は17番。
(特に関係ないけど)私の誕生日が17日。
(特に関係ないけど)サッカーの方でずっと応援している長谷部誠選手の背番号も17番。

(写真は私の私物、長谷部レプリカユニ)

深い意味はないけど、なんとなく17に縁がある日という事で、ちょっと嬉しい。
ここでは全く関係ないけど、大谷翔平の背番号17も実は嬉しい。

で、試合の方は、松本投手、伊藤投手、2人の背番号17がともに好投。
両者1点も取られぬままにマウンドを降りてから、8回以後に試合が動き、延長10回、2-1でファイターズの勝利。
負けることはまったく想定していなかったので、しばし呆然。
まあ、こんな日もある。

ただやはり生観戦は良いですね。

実は、地元招待、もう1試合当選していて、次は楽天イーグルスとの試合を観にいく予定です。
また1塁側ブルペンに近い席なので、岸選手、涌井選手、則本選手、まーくん等間近に見られるかも知れません。なんとなく西武側より嬉しいかも。(いかんいかん)

気が向いたら楽天戦後にもブログ更新するかも知れません。
(更新しない可能性も高いので、期待はしないで下さい)

ではまた。


浦和レッズ2022 (そっくりさん2選)

昨日は、オリンピック中継の合間を縫うようにして、Jリーグ FUJI FILM SUPER CUP 2022
浦和レッズ vs 川崎フロンターレ をTV観戦。

一応、私の立場としては、浦和レッズのゆるサポ。
でも一部熱狂的レッズサポは大嫌い。(何度かスタジアムで嫌な思いをしています)

さて、昨日の試合は、浦和レッズの見事な勝利で終わりました。
この浦和レッズ、一昨年、リカルド・ロドリゲス監督就任以来、メンバーがかなり変わっております。
昨年、何度かTV観戦をした時には、あまりにも知らない選手だらけで驚いたものです。
しかし、そのサッカー・スタイルは、とても好感を持てるもので、魅了されました。
知らなかった選手もすぐに憶えるほどに。
ここ数年のレッズでは、格段に好きです。

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