映画『光州5・18』

映画『光州5・18』

一昨年頃か『タクシー運転手 約束は海を越えて』を観て以来、色々な意味で気になっていた光州事件。
この映画『光州5・18』がGYAOにあがっていたので鑑賞。
しかしGYAO、無料で観られるのはありがたいけど、かなりの頻度で、流れを突如ぶった切りCMが入るのはストレス。
いや、そのおかげで無料で観られるのだから言いがかりですね、ごめんなさい。むしろありがとうございます。

それはさておき

『光州5・18』

光州で何かが起きている事は、漠然と知っていたけど、これほどの事が起きていたとは、1980年の私は全く知りませんでした。翌年発売された白竜の「光州City」の歌詞からそこで何かが起きたという事は分かっていたけど、この映画に描かれた物は、歌詞で知るイメージをはるかに越えていました。

1980年5月に韓国で起こった”光州事件”は全斗煥の軍事政権と民主化ムードが高鳴る光州の民衆の対立から起こり、10日間に及ぶ衝突で民主化を要求する学生・市民に多数の死傷者を出した。光州民主化運動当時、軍の鎭圧で死んだ罪のない光州市民たちを返り見ようという意図で製作され、事実に即し描かれている。韓国での題名「華麗なる休暇」は軍の非公式な作戦名。(Wikipediaより)

学生を鎮圧するために送り込まれた軍は、市民を無差別に殴り殺す。家族や仲間を殺された市民たちは軍を相手に立ち上がり、市民VS軍という構図に。

映画の感想としては、
ヒロインのシネ役の女優が、とても良かった。
特に軍人を殺してしまった場面の表現力。

主人公の兄弟や、市民側の隊長の演技や存在感も好き。

デモ隊に向かって、一斉に水平射撃を開始する軍。
市民たちから多くの死者が出る中、それまでデモ隊の先頭で、調子にのって軍を煽りまくっていた2人がなぜか無傷で逃げ延び、その後も何かと調子にのり続ける(最後は悲惨)のが、なんだか釈然としなかった。
あそこにいたら真っ先に撃たれてるでしょ!?

戦闘場面が、とにかく痛ましい。
立場的にも、不戦派であったはずの教師や牧師が銃を取らざるを得なくなっていく状況の悲しさよ。
と同時に、胸熱を感じてしまう我が心の不条理。

市民達の闘いの目的が、結局のところ、復讐でしかなくなっているのが悲しい。
いや、復讐よりもむしろ、自分達の暮らす場所や愛する人たちを守るという気持ち、そちらの方が大きいか。
どちらにしても悲しい。

そして「国」というものについて、色々考えてしまった。
この映画の存在意義のひとつは、観た者がそれぞれに「考える事」だと思う。

軍隊が市民に向けて容赦なく発砲する、殺す、こんな状況が日本にも起きる事があるのだろうか?
国に命令されれば、自衛隊は国民を無差別に殺すのだろうか?
俄かには、そんな事が起きるとは考えづらいのだけれど、似たような事は既に起きているのだ。
日本がどうこうではなく、香港で、ミャンマーで、自国の軍や警察に武力を行使される市民の姿を、ニュース映像などで目の当たりにしているのだ。
そうならないために何が必要なのだろうか?


政治に向ける目、大切。



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