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空港に救急車が迎えに来ていた話

手術を終え一夜明けました。
というタイミングで公開される予定のこのブログですが、書いているのは手術前日の昼間です。

以前、「夢か現か」カテゴリーのブログに「ヘリコプターで家に帰る話」という夢の話を書きました。
帰国便の飛行機から降りると、空港までヘリコプターが迎えに来ていて、それに乗って家まで帰るという夢の話。

その中では「楽に家に帰れる方法を強く望んでいて、こういう形で夢になったのかも知れません。」という考察をしたのだけど、一昨日のブログ「16年周期説」の中で、イタリアのスキー場で骨折した話を書いた時に、思い出しました。このヘリコプターで家に帰る話とそっくりな出来事が実際にあった事を。

(ヘリコプターじゃなくて)救急車が成田空港滑走路近くまで迎えに来ていて、それに乗って、(家じゃなくて)埼玉県の某大学病院へ直行した事があるのです。

シチュエーション的に夢とかなり近い。

30年ほど前、イタリアのスキー場で右足下腿骨を2本とも開放骨折した私は、イタリアとスイスの国境の町ティラノの総合病院に入院。そこで2週間ほど基本的処置と経過観察をして、手術は日本に帰国してから行う事に。

※この事故からのティラノの病院でのあれこれもなかなか壮絶かつ面白いエピソードがあるので、そのうちブログに書くと思います。

さて2週間の入院を終えての帰国便。
足はがっちり固定されているので通常の席には座れません。
どうするのかというと、エコノミーの座席9席を使って、その上に板&マットでベッドを作り、そこに寝ていくという超特別誂え、特別待遇。

そうやって成田に着くと、車椅子でみなさんとは違うところからエレベーター的な物で空港のエプロンに降りる。するとそこには(民間の)救急車が待っていました。
入国手続きは、救急車のところでしたような……気がするけど……あまり憶えてない。
その救急車に乗せられ、高速道路をひた走り、私は埼玉県の某大学病院へと運ばれていったのです。

写真はイメージです(「民間救急らかん」さんのWEBサイトより)

この時のイメージが夢ではヘリコプターになったという気がしなくもないですね。
ヘリコプターで家に帰る話」参照


麻酔が効かない話

実は今日これから手術です。
2024年11月7日(木)8:30AM執刀開始
って感じ。

なので、このブログは前日11月6日の朝に書いたもので、7日早朝に自動公開される設定。

さて「近況報告」に書いたように、私は現在絶食中。
首の付け根あたりに入れたカテーテルから24時間点滴で栄養を摂取している状態。

ここに挿管する前に麻酔を打つのだけど、一発目、さて処置開始
「いててて!」
「効いてない?ちょっと足しますね」
さてもう一度
「いててて!」
「効いてるはずなんだけどな~、もう少し足しますね」
じゃあもう一度
「いててて!・・・実は麻酔あまり効かなくて」
「いや、そんな事ないでしょ?」
「実は足の手術した時に・・・」
というちょっとしたやりとりがあって、もう少しだけ麻酔プラスしても痛みは消えなかったけど、我慢できそうな痛さだったので「我慢できます」って事で処置開始からの挿管完了。

その「足の手術の時」の話をひとつ

もう30年以上前の事、バイク走行中、横から飛び出してきた車に衝突という事故。昨日のブログ「16年周期説」にも書いたけど、左足下腿骨複雑骨折(のちに頚椎症も発症)でした。

その足の手術は、ある程度腫れがひくまで執刀できないという事で、事故当日の夜はベッドに固定され点滴で抗生剤やら痛み止めやら体に入れてた感じ。たぶん。

この時の痛みがとんでもなくて、どんなに我慢しようとしても「うぐぐぐ、ぐわ~~~!」みたいなすごく大きな声が何度も出てしまう。

そのたびに院長先生が痛み止めを足してくれる。
すると我慢できるレベルの痛みまで落ち着くので、同室の方々に消え入りそうな声で
「すみません・・・声出さないように我慢しているんだけど・・・」
なんて謝る私。
しかし、また1時間もしないうちに 「ぐわ~~~!」と叫び出す。院長登場。ちょっと治まる。
一晩中その繰り返し。

翌朝、痛みになれたのか、痛みがひいてきたのか、疲れ果てたのか、とにかく叫ぶほどではなくなった私。
そこに回診の先生方。チーフ的な先生が点滴のところにあるメモか何かを見ると
「院長!こんなにモルヒネ打ったんですか!!!」
「仕方ないだろ!!一晩中叫んでるんだから!!!」
「中毒になっちゃいますよ!完全にほにゃらら量超えてるじゃないですか!!」
「仕方ないだろ!!」
私のせいで一晩中眠れなかった院長と怒鳴りあいになっちゃった。

こんな事があってから数日後の手術。
背中?腰椎のあたりに打つ硬膜外麻酔。
麻酔を打ってから少しして足の裏を筆状の何かで触る。
「感じますか?」
「感じます」
点滴に麻酔薬(かな?)を足す。数分後。
「感じますか?」
「感じます」
これを数回繰り返した後に
「そんなはずないだろ!」とメスを入れる先生。
「うぎゃ~~!!」と叫ぶ私。
心の中で「これモルヒネ打ち過ぎたせいじゃね?」とか考えている私。
その後、なんだかんだで、執刀開始。
しばらくは何も感じなかった私の下半身。

しかし、地獄はこれからでした。

まだ全然手術が終わらないというのに、私の下半身は感覚を取り戻していったのです。
何やら膝の上、腿辺りを針金でギリギリと締め上げられているような感覚、このまま締め上げられたら足がちぎれてしまうのではないかというような激痛に襲われ、叫び始める。どんなに我慢しようとしても上半身が暴れ出す。それを抑える助手的先生。
それがすごく長い時間続いたような気がするのだけど、手術が終わったあたりの記憶は曖昧。
意識飛んだのかな?

この「針金で締め上げられるような感覚」は何なのかな?
と、しばらく考えていたんだけど、よく考えれば実際に腿の辺りを何かで締め上げられていたのでは?と思い当たりました。止血のために。
って事は、私、かなりしっかり足の状態を知覚していたのでは?
ああ、恐ろしい。怖ろしい。

そんな事がありました。

そして、この時足の骨を固定したプレートを抜く手術の時は全身麻酔にしてもらいました。
全身麻酔にもリスクはあるけど、痛みを感じる状態で、しかも何をしているか分かる状況で体を切られるのはさすがにつらかった。

今回は全身麻酔。

安心して、何も感じずに手術を終える事が出来そうです。

それでは行ってきます。





16年周期説

昨日のブログ「近況報告」に書いたように、現在、S状結腸付近に発見された癌治療のため入院中です。

その前に入院したのはいつだろうか?
と考えると2013年10月に自宅で大量に吐血して救急搬送、そのまま入院。
この時は、病院着、即、内視鏡で胃の上部、食道近くに傷口発見。クリップして止血。
数日の入院で退院。という事であまり大事には至りませんでした。
という事でこれは除外。
大量に吐血している最中には「今度こそ本当に死ぬかも」と思ったけど。

その前に何度かあった心臓の検査入院も除外。

2008年6月

心筋梗塞
この時は即、カテーテル手術だったのだけど、カテーテル手術ってけっこう楽ちん(死語?)でした。
それよりも何よりも尿道カテーテルがつらかった思い出。
たぶん説明されていたのだと思うけど、心臓に関する事に集中していたせいか、すっかり頭の中から抜け落ちていて、いきなり尿道に管を通された時には「聞いてないよ!!」って気持ちになりました。
手術は楽ちんだったけど、かなり死に近づいた実感があります。

これが16年前の出来事。
私47歳。

その16年前はというと

1992年

ちょっと正確な年月は記憶も記録もないのだけど。
この頃、数年間に渡って足の手術を繰り返しています。

まず交通事故で左足下腿骨を複雑骨折。
脛のあたりで左足の骨2本とも、ぐしゃぐしゃの細かい破片になりました。

その翌年、まだ左足の骨が完全についていないというのに、スキーに連れ出され、左足が踏ん張れず見事に崖から転落。場所はイタリア。スイスにほど近いアルプス山中のスキー場。
右足下腿骨を開放骨折。
脛のあたりで右足の骨2本とも竹を斜めに切ったような感じでシュパっと折れて体の外に飛び出しました。

そしてその後、両足の脛に、別々の病院でプレートが埋め込まれた状態だったので、その両足のプレートを取り出す手術をしたのがたぶん1992年頃。
いやスキー事故が1992年かな?
まあ、とにかくその辺。

この2つの事故はどちらも死んでいても全然おかしくないレベルの事故で、どちらもとんでもなく過酷な手術&治療でした。

この2つの事故に関しては面白い話がたくさんあるから、近いうちに何かブログネタにしますね。

その16年前は

1976年

これ以前にも毎年のように何度も入院しているのだけど、それは全部、風邪からの扁桃腺炎、上気道炎、咽頭炎などで2週間以上熱が下がらずに入院というパターン。
これらは全部除外。

さて1976年というと、私が15歳の頃。
特に大きな事故も病気もしてないと思うけど、まあ、小さな事故や病気はとても多かった。
でも、特に死にそうな状況にはなってないかな。
考え方によっては「あれは危なかった!」という経験は、たくさんしてはいるけど、この年以前は16年周期説から除外してもいいか。

さて

何が16年周期かというと、私が死に近づく周期。
死神がやってくる周期と言い換えても良いかも。
短周期のハレー彗星的な不吉な何か。

その時には死神と光の天使が両側から招いている。
結果、今回も光の天使が勝つと信じています。

まだやることあるのでね。

なんて。

そんな事があるのかしら?
というお話でした。


画像はイメージです

近況報告

2024年11月5日

特に隠すつもりもなく、声高に発表するつもりもなく、これまでなんとなくこの話題をスルーしてきたのだけど、今後ずっと黙っているのも難しそうだし、とりあえずふつうに報告しますので、ふつうに受け流してください。

直近の予定などに関してやりとりが必要な人達には既に報告ずみですが、それ以外の方々、古くからの友人たちにもまだ報告していませんでした。なんとなくごめんなさい。

実は10月31日から入院しています。

8月中旬から「なんかヤバそう」という体の異変があり(「癌レポート 1 発覚まで」)かかりつけ医に相談していました。で、何度か薬を処方してもらったのだけど、改善されず、専門医で調べてもらう事に。
そこでS状結腸に癌が見つかり、一日も早く大きな病院で処置してもらうように、という事で、今度は大学病院にまわされ、大学病院でさらに詳しく調べてもらったところ、すぐ入院!からの~手術!って事に。

とはいえ、手術前の検査や、手術準備のための処置があり、すぐに手術というわけではなく、手術日も決まらぬままだったので、報告するにしてももう少し色々はっきりしてからにしよう。とも思っていました。

で、昨日、手術に関するオリエンテーションがあり、手術日も決定いたしました。

癌はステージ3
ただ癌の深さ(大きさ)は4段階で4ということ。

まあ、細かいことはいいか。
とにかく近日中に手術します。

入院してから同意書に何枚も何枚もサインしましたが、昨日はいよいよ手術の同意書にサインしました。

考えられるリスクを一通り説明されましたが、その中でも、もっとも重要な事。
S状結腸切除術での死亡率は0.37%との事。

心筋梗塞の時とは(文字通り)桁違いの安心感のある数字です。
心筋梗塞の時は、すぐにでもカテーテル手術!という状況で「処置しないとほぼ死ぬけど、処置すれば助かる可能性高くなるよ」という同意書に、ストレッチャーの上でサインしました。
死亡率ははっきり憶えてないけど20~30%だった気がします。
その時は「ああ、オレは今”死ぬかもしれないけどいいすっか?”という書類にサインしたんだな」と、怖くはなかったけど、ちょっとした感慨深さがありました(笑)

手術を前に今している事は、お腹の中を空っぽにする事。
なんと10月31日から何も食べていません。
飲み物は許されているので、たまに自販機でアセロラとかポカリとか買って飲んでますが、お腹に入るのは水分だけ。あっ、あと薬も。
その代わりに、首の近くにつけた管から栄養価高めの点滴を24時間。

自撮り下手でメンゴ(死語)

しかし、不思議なことになぜか空腹感がない。
同室の方々が食事をしていても何とも思わない。
この点滴、胃に入っているわけではないのに、本当に不思議。
どういうメカニズムなのか今度質問してみようかな。

この管を挿す時も麻酔が効かなくてなかなか大変で、ってそれは長くなりそうだから、また改めてブログネタにします。(笑)

現在の作業環境(このPC以外にタブレットとiPhoneを持ち込んでいます)

最近のブログも入院中に書いているものなので、ふつうに(体はともかく)心は平穏に過ごしている事は伝わっているかと思います。
過度に心配なさらずにふつうに受け止めていただければ幸いです。

10月後半~11月の予定は発表していないものも含めていくつかキャンセルしてしまいましたが、12月からの活動復帰を目指して体力回復に努める所存。

どうぞよろしくお願いいたします。

画像はイメージです

朝粥とキノコの話

長い事、朝食はパンとコーヒーだった私。しかし、最近、朝はお粥を食べる事が多くなっています。

30年ぐらい前に、上海郊外の中国人向けのホテルに2週間ほど数回逗留した事があるのですが、その時、朝食は必ずお粥で、これがけっこう気に入って、帰国後にもたまには朝粥を作って食べていました。

最近は、どうも胃腸の調子があまりよくないと感じる事があり、ほぼ毎日お粥を食べています。
定期的に色々検査しているので、大きな病気ではないと思うけど、まあ、胃腸も老朽化で若干機能が落ちているという所でしょうか?

今朝は、昨夜炊いた芋ご飯を、芋粥にアレンジ。
そこにいただきものの、キノコを少し入れてみました。

いただいたキノコは、その辺のスーパーに売っているようなものではなく、専門の知識がある方が山で採って来たものを3種類。

その中で、一番大きいやつの切れ端を少々。
あと、一番小さいやつを2つばかり、小さくちぎって。

これが素晴らしく美味しかった。
思わず(ふだん食べ物の事はあまり書かないこの)ブログに書きたくなるほどに。

まず香りが素晴らしい、湯気が鼻をつく瞬間にふわっと幸せな感覚に包まれます。
口に運ぶと食感がまた心地良く楽しませてくれます。もちろん味わいも格別。

質素な食事なのに、朝から大満足の幸福感。

そういえばサツマイモもお米もいただきものでした。
なんか、生かされているというか、生かしてもらっているというか、本当に有り難い事です。
特に信心とは縁のない私ですが、毎食前後に手を合わせてしまうのは、そういったすべてに(人にも食物にも)感謝しているから、自然に出てくる行為。

朝食後には、いただいたキノコの中の一番大きいやつをさいて天日干しに。
エアコンの室外機の上に新聞紙を広げ、その上にキノコを並べて干す。
鳥よけにザルをがぶせて、数時間。
今日は、陽射しが強く、湿度は低く、とても良い具合に乾燥キノコの出来上がり。

この乾燥キノコの匂いをかいだ瞬間、驚きと共にまた大きな感動が湧き上がってきました。
ブログに書きたくなるほどに。

写真を見ても何も伝わらないと思いますが。
それどころか、むしろゴミ?と思われてしまいそうな写真ですが。

これが本当にすごくて、ドライポルチーニによく似た、なんとも言えない幸せの香りがするのです。
生の時も、その香りに気付いてはいたけど、乾燥させたら何倍にも香りが強くなって、近寄ると周りに香りが漂っているのが分かるほど。

乾燥させたものを保存用に紙袋に入れたところ、思わず、シン〇ー遊びでもするように、袋に鼻をあて何度もその香りを楽しんでしまいました。

これリゾットにしても、パスタにしても絶対においしいよね。
生クリームとか、パルミジャーノレッジャーノとか、このポルチーニ似のキノコの潜在能力をさらに高める贅沢食材が欲しくなってしまいました。

まあ贅沢食材は買わない(買えない)とは思いますが、それなりに工夫しておいしくいただきます。

明日からの食生活が楽しみでたまりません。

感謝。


久しぶりのダウン(機能停止中)

3日ほど前から体調崩してゴロゴロしています。
22日に、ベルーナドームへ西武ライオンズの試合を観に行くのを諦めたあたりからですね。

熱はなくて、喉周辺のリンパ腺?扁桃腺?が腫れている感じ。
体がだるくて起きているのがつらい状態。あと頭痛も。

って、まあこう書くと大したことなさそうですね。
ただ、悪化させたくないので、体を休めて、なるべく体に良さそうなものを摂取して、なるべく楽に過ごして回復をはかっています。

最近は、若い頃のように本格的に寝込んで入院なんて事はなくなって、日々割と元気に過ごしているのだけど、どうしても、たまにこの程度の小ダウンはあります。

前回、ダウンしたのは昨年の暮れだったので、ちょっと不摂生続けちゃったかな。と反省中。

その時のブログがこれ
久しぶりの発熱(とクラブワールドカップのこと)

そうなんです、前回は深夜遅くまで「クラブワールドカップ」を観戦していたのが原因。

そして今回は、言うまでもなく「パリオリンピック」です。
あとは、さすがにこの暑さもこたえていたかも。暑さそのものもだけど、クーラーがきいた部屋にこもりがちになって体力面もダウンしていたような気がします。
それと、気候、気圧の急激な変化もけっこうきつい。また台風来てるし。
心臓に持病抱えてからは、その辺けっこうシビアに影響出るようになった気がする。

まあ、そんな複合的なあれこれで若干体が悲鳴をあげてしまいました。

そういう体だという事を自覚しているのに、深夜までオリンピック観てたんだから、自業自得。
関係各位には、本当に申し訳ございません。


今、もろもろ機能停止中です。
なるべく早い回復を図っておりますので、少しの間、お待ちください。

久しぶりの発熱(とクラブワールドカップのこと)

2023年も最終局面に入っている今日この頃ですが、軽く熱を出して少しだけ休養モードの私。

熱と言っても37度少々というレベルで、特に風邪的症状もないので、コロナでもインフルでもないと思います。で、首というか耳の下あたりのリンパ節が腫れていて、その周囲がかなり痛い。ご飯も食べづらいほどに。
なので、その辺から来ている熱でしょう。という自己診断。
熱は大したことないけど、全身の倦怠感はあるし、食欲はないし、という状況でもあり、これ以上悪化させないために大掃除を断念してのんびり過ごしています。

では、なぜそういう事になったのかと言うと、思い当たる事がひとつあります。
それは、サッカー!

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2023年元日

2023年、本年もよろしくお願いいたします。

2023年初日から反省ブログです。
大晦日は、お節の準備をしながら、紅白をチラ見。
紅白終了後は、地元の神社に初詣その1。
(その2は、ここ数年秩父神社へご挨拶に行っているのですが「初」詣ではないですな)
と、まあ、ここまでは例年通り、ふだんなら帰宅後、寝床へというコースです。

しかし、今年は違った・・・

ブライトン vs アーセナルのキックオフが2:30
ABEMAで無料配信アリ。

誘惑に負けました。
しかし、毎朝、6時~7時に起きているので、眠気はマックス。
でも、がんばってしまいました。

前半は何度か意識飛びましたが、後半、すごかった。
ブライトンすごかった!三笘すごかった!
完璧に目が覚めて、ギンギン状態で観戦。ギンギン状態?
いや、本当にすごい。

ABEMA ブライトン vs アーセナル ハイライトから三笘の得点シーン

結局試合終了までしっかり観戦し、4時過ぎに寝床へ。

(体調的に)つらいワールドカップ観戦期間を終えたというのに、また、こんな事をしている。

で、何を反省したかというと、もう深夜のサッカー(に限らず色々)観戦はしません!
よっぽどの事がない限り。


というのは、私事になりますが、私、10年間かけて体調を整えてきて、やっと目標をクリアしたばかり。

その目標は

  1. 救急搬送されない
  2. 真冬でも寝込まない

救急搬送は、この10年で2回されていますが、2017年12月が最後、そこからは1度もないので、どうにか今後も維持したい。

真冬でも寝込まないは、昨年、初めて1度も寝込まずに過ごせたので、今後も維持したい。

10年前から、すごく体の事を意識して、メカニズム的に色々納得し、体調を整えるようになりました。

正確に言うと、2008年(15年前)に心筋梗塞を発症。
その後も、冠攣縮性狭心症と診断され、ずっと投薬治療を受けているので、その頃から、若干色々意識するようにはなっていましたが、10年前から本格的に生活を変えたという経緯。

と言っても、一般的な意味での特別な事はしていなくて、心がけていたのは早寝早起き(私にとっては超特別な事)と、暴飲暴食をしない、偏った食事をしない、といった程度。

ただ、やはり睡眠のリズムを崩すのは一番良くないと、分かってはいたのです。
それなのに、それなのに、サッカーめ!(自分が悪い)

睡眠のリズムを崩す→自律神経が乱れる→免疫力が落ちる
というメカニズムよ。

私、実は、若い頃、風邪からの謎の発熱が続き入院、という事を繰り返していました。
また、風邪をひいていなくてもしょちゅう熱を出していました。

中学1年生の時に、大きな病院を何件も受診し自律神経失調症と診断されました。
(親は医者の説明を聞いて「なまけ病」と判断し体調家庭状況ともに悪化)

あと、ぶっ倒れて、血液検査したら白血球がとんでもなく増えていた事もあった。

これ、今なら、このメカニズムがよく分かるんですよ。
睡眠のリズムを崩す→自律神経が乱れる→免疫力が落ちる
免疫力がふだんから超弱かったわけです。
ろくに寝てないから。
子供の頃から睡眠障害気味で、とにかく寝られない。
「寝ろ」と言われると余計に寝られない。
小学生なのに、寝ずに朝を迎えた事が何度もある。
必然的に学校に行けない。
そんな人なので、風邪なんかひいたら、全然治らない。
免疫力激弱だから。
熱が2週間も続き、入院。そんな事が20代後半ぐらいまで何度もありました。
当時、やたら口内炎が出来たりしていたのも、理解出来る。

そして、こんな事を言うと、重病などで長期入院しているような方に申し訳ないのですが、あくまでも私の場合として聞いて下さい。

私、謎熱で入院するのが大好きでした。

というのは、入院中だけは、夜、眠る事が出来るのです。
しかも昼間もいくらでも寝ていられるのです。
特に点滴されながらスーっと眠りに落ちていく時間に、本当に幸せを感じていました。
これまで眠れなかった分を取り返すかのように眠りまくるのです。

眠れない→何かを発症→ぶっ倒れる・・・・入院?

というサイクルは、長い事続き、入院まではいかなくても、よく寝込んでいました。
その集大成(?)が2008年の心筋梗塞。

その時、(担当医ではない)お医者さんが言っていた事が今でも忘れられません。
「心臓は生まれてから死ぬまでずっとリズムを刻み続けている、その心臓に一番悪いのは生活のリズムを崩すこと。」

私の場合、生活のリズムがそもそも無かった!寝ないんだから。眠れないんだから。リズム以前の話。
さぞや心臓も困っていた事でしょう。

まあ、それをきっかけに体の事を多少意識するようになり、さらに10年前に生活様式を一変させた事で、なんという事でしょう、夜眠れるようになったのです。

夜寝て、朝起きる、そんな当たり前の事が、自我が目覚めてから初めて意識的に実現出来たのです。

夜寝るって幸せ。

20年以上前に私とSNSで知り合った方は「この人いつ寝てるの?」と思ったことでしょう。
24時間いつでも書き込みがあるし、何か聞くと24時間いつでもすぐに返信がある。

最近SNSで知り合った方は、そういう印象ゼロでしょ?

どるたんは「夜寝る」を獲得した

それによって、少しずつだけど自律神経も整い、免疫力も向上、最近では風邪もひかなくなりました。

という良いサイクルが、やっと、やっと、生まれてきたのです。
そのサイクルをメカニズムとして納得、実感出来ていたのです。

それを、サッカーめ!(振り出しに戻る)

という事で、大反省しました。
今後もしっかりと体を整え、演奏活動ほか創作活動を少しでも長く続けていくために

今後、(よっぽどの事がない限り)深夜のサッカー観戦はしません!


という事で、今日はこの後これ!

MCCスポーツpresents 2022年度 第71回 全日本大学サッカー選手権大会
【決勝】新潟医療福祉大学 vs 桐蔭横浜大学

テレビ東京スポーツYouTubeチャンネルにて無料ライブ配信
youtu.be/g5przw1MADk

高校サッカーもあるし、ワールドカップが終わっても毎日忙しい!
サッカーめ!

(全然懲りてないけど深夜は見ません)

「発酵食品でつくるシンプル養生レシピ」

時代小説家で江戸文化、江戸料理研究家でもある車浮代さんの新刊「江戸の料理本に学ぶ 発酵食品でつくるシンプル養生レシピ

車浮代「江戸の料理本に学ぶ 発酵食品でつくるシンプル養生レシピ
車浮代「江戸の料理本に学ぶ 発酵食品でつくるシンプル養生レシピ」(裏表紙)

素敵なサイン入りの本を贈っていただきました。

レシピ本なので、まだ「読了!」というわけではなく、パラパラとめくって眺めては気にいった所をいくつか読んでみた、という感じ。
一見してとにかく美しい。写真が美しい、レイアウトが美しい。
見ているだけでも幸せな気持ちになります。
見ているだけでおいしさが伝わってくるだけでなく、身体に良いような気すらしてくる。
こういう素敵な本を眺めていると、料理を作り、写真を撮り、一冊の本が出来るまで、関わってきた人たちひとりひとりの丁寧な仕事や思い、そんな部分にまでつい心を馳せてしまう。
そして文筆家でもある車浮代さんの本だけに、コラム的な文章だけでなく料理の紹介にも知識があり気づきがあり面白いエピソードがあり、とにかく読み応えがあるので、これから先、実用的にも読み物としても長く楽しめる本になる事でしょう。


若い頃は、健康的な食事などまったく意識せず、食べたい物を食べたい時に食べたいだけ食べてきました。
健康的な食事どころか、健康的な生活もまったく出来ていませんでした。
そんな風に50年ほど生きてきた結果として、当然身体はあちこちガタがきてしまいましたが、その後10年ほどで少しずつ改善されてきたような気がしています。(今61歳)

それは、ほとんど外食をしなくなり、ほぼ自分で料理をするようになった事も大きく、そんな暮らしの中で、この本に紹介されているような食事を自然に好むようになり、発酵食品も自然に多めに取り入れるようになっていたのです。

だからこの本を読んで、自分の方向性が間違いでなかった事も分かり、とても納得感を得られました。
さらにこの本で得られた知識で、健康寿命を延ばせるような気がします。
「健康寿命」とか年寄り臭くてごめんなさい。そういうお年頃なので。


実は、車さんが以前からSNSやラジオなどで発信している「米のとぎ汁漬け」を私も真似して、作っていて、今も毎日食べています。
車さんの(お料理関連の)前著「免疫力を高める最強の浅漬け」の中で、なんと我が家の「米のとぎ汁漬け」もチラリと載せていただきました。

車さんといえば「米のとぎ汁漬け」というイメージもあるほど、しかし、今回の本「江戸の料理本に学ぶ 発酵食品でつくるシンプル養生レシピ」ではあまり目立った取り上げ方はしていません。あくまでも発酵食品全般を取り上げているのですが、車さんからこっそり教えていただいたのがこれ!
表紙の3分の2ほどを覆う大きな帯を剥がしてみると。

車浮代「江戸の料理本に学ぶ 発酵食品でつくるシンプル養生レシピ」(表紙カバー)

なんと美しい!まるで静物画のような米のとぎ汁漬けの写真が表紙カバーに大きくレイアウトされていました。本当に素敵な本だと改めて感動。

ちなみに我が家の冷蔵庫にも、こういう瓶で漬けた米のとぎ汁漬けが入っています。
これほどきれいじゃなく雑多に漬けてある感じだけど。

この「江戸の料理本に学ぶ 発酵食品でつくるシンプル養生レシピ」気になった方は、ぜひ書店で手にとってみてください。
Amazonでも購入可能。一応リンクを載せておきます。
ステマでもアフィリエイトでもないので私や私以外の誰かが儲かるわけではありません、安心してクリックして下さい。

Amazon 車浮代「江戸の料理本に学ぶ 発酵食品でつくるシンプル養生レシピ」