Category Archive : 音楽

小室等『いま生きているということ』

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。

その他の私を形成しているものたち
私を形成しているもの 年譜(INDEX)


1976

小室等『いま生きているということ』(1976年発売)

歌「いま生きているということ」との出会い

1976年のある日、私、高校1年生の時。
夜遅い時間帯のTV番組に小室等さんが登場。(番組名などは失念)

その前年のフォーライフ・レコード(吉田拓郎、井上陽水、泉谷しげる、小室等の4人で設立したレコード会社)設立のニュースなどで、いや、その前から、存在は知っていたのだけど、小室さんの音楽をまだあまりしっかりと聴いた事はありませんでした。

そのTV番組で小室さんが歌ったのは「いま生きているということ」
とても長いその歌をフルコーラス歌われたと記憶しています。

淡々と歌いはじめた、その歌。言葉のひとつひとつが、心に残り、いつの間にか目も耳も心も完全にTVにくぎ付け状態。
歌は、徐々に激しく熱を帯び、そして最後は、優しく静かに幕を閉じました。

アルバム『いま生きているということ』購入

その静かな熱唱に激しく胸を打たれた私は、ほどなく、この歌がタイトルソングとなっているアルバム『いま生きているということ』を購入。
まだLPレコードを1枚買うのが、大変だった時代に、(買いたいと思っている数々のロック名盤を差し置いて)購入に踏み切ったのは、間違いなくこの時の「いま生きているということ」のインパクトがあまりにも大きかったから。

それだけでも、充分な理由なのだけど、もうひとつ購入の意志を決定づけた理由があって、それは、この頃放送されていたTVドラマ「高原へいらっしゃい」の主題歌「お早うの朝」が収録されていたこと。
このドラマそしてこの歌が大好きだったのです。

ただこの「お早うの朝」に関しては、(購入当時)ちょっとがっかりする事もあって、それは後述。
何はともあれ、『いま生きているということ』、初めて購入した小室等のレコードです。

まずは、「いま生きているということ」と「お早うの朝」2曲をお目当てに購入したわけですが、購入時~購入後に知るあれこれもありました。
このアルバムの歌詞は全曲、詩人の谷川俊太郎の作品であること、演奏にはムーンライダーズのメンバーが全面的に参加、矢野顕子も数曲でピアノを弾いていること、など。

ただ、当時、15歳、高校1年生の私は、(なんかスゲー!とは思っていたけど)その有難みを今ほどは実感できていなかったと思います。

さて、聴いてみての感想です。

2つの「お早うの朝」

まず、お目当ての1曲「お早うの朝」
これが思っていたのと違った!
私の頭の中にある「お早うの朝」それは、下に貼り付けたYouTube動画のヴァージョン
テンポも演奏も、そして歌も、どこか軽快な高原の気持ち良さを思わせるような曲。

それがこのアルバムの「お早うの朝」は、テンポも遅く、歌も朗々とした歌い方、あまりの違いに愕然としました。どういう事!?と。

あの軽快な「お早うの朝」が心に残っていて、それが目当てで買ったという面もあるので、はじめのうちはちょっとがっかりしたわけです。

このアルバムヴァージョンも徐々に好きになりましたが、TV主題歌版シングルヴァージョンの「お早うの朝」がどうしても聴きたくて、後にシングル盤も購入しました。

そのがっかり感とも共通するのですが、このアルバム全体の音が、当時の私にはちょっと大人過ぎたような面があって、はじめのうちは、あまり馴染めなかった気がします。
退屈というほどではないのだけど、馴染むのに時間がかかった。

「いま生きているということ」を聴いて気づいたこと

そんな中、このアルバム購入の一番のお目当て「いま生きているということ」だけは、はじめからダイレクトに心に飛び込んできました。

そして何度か、この曲「いま生きているということ」を聴いているうちに気づいた事があります。

長い曲の中盤で「いまブランコが揺れていること」以後、何小節か。
「ブランコはぼくが作ったブランコ ブランコには娘がのっている」と歌われる、そこの部分が、何か、全体の文脈と違う気がしてきたのです。

歌詞カードを見ても、その部分の歌詞は記載されていない。
後に手にした谷川俊太郎の「生きる」という詩集に収載されたこの詩にも、その部分はない。
ただ歌詞カードには、全曲、作詞 谷川俊太郎としか記載されていない。

若干、疑問はあるものの、ジャケット写真のブランコこそが、その「ぼくが作ったブランコ」なのだろう、と思い至る。さらに裏ジャケットをよく見ると、ブランコ写真についての記載があり、思った通り、小室さんが娘のために作ったブランコだという事が記されていました。

という事は、あの部分は小室さんが付け加えたというか、アドリブ的に歌ってしまった歌詞なのだろう、と考えてほぼ間違いないでしょう。

この件については、その後数十年経った2017年5月に直接小室さんに確かめたところ、思った通りの答えが返ってきました。

その際、「『いま生きているということ』のアルバムに入っている「お早うの朝」が思ってたヴァージョンと違ったので、シングル盤も買いました。」という話をしたら、笑いながら「それはごめんなさい」と謝られてしまいました。いやいや、そんな~LPとシングル両方買って良かったと思っています。

2017年5月 和久井光司さん主催ボブ・ディラン・サミット2017にて(どるたん/小室さん/PANTAさん)

「いま生きているということ」と私の生き方

で、この「いま生きているということ」が、なぜこれほどまでに心に響いたのか、という事について触れたいのですが、それは「いま」「生きている」ということ自体が、子供の頃(具体的に言うと小学2年生時のある日)から、自分自身のテーマになっていたから。
「いま」「生きている」ということは、「いつか死ぬ」ということ、それはいつだか分からない、だから「いま」が大事なのだと、思い続けて生きてきたのです。
例えば「納得できない事はやらない」他、自分自身に課したいくつかの決まりごとがあって、それは死ぬ時に後悔したくないから。子供の頃から一貫してそうやって生きてきました。
そんな生き方をしてきたからこそ、この「いま生きているということ」が実感として心に響いたという事でしょう。

歌詞の中の

生きているということ
いま生きているということ

それはミニスカート
それはプラネタリウム

それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ

ここで、いつも泣きそうになります。
そうやって色々なものに出会ってきたから。
芸術や観光名所じゃなくても、風にそよぐ新緑、こもれび、夕焼けなどなど、日々美しいものに出会い、その出会いに感謝しています。

そして、この後つづく

そして
かくされた悪を注意深くこばむこと

に深く納得し、これからも、そうやって生きていこうと思うのです。

後半の詩にも感動する部分はあるのだけど、いちばん私自身の心の琴線に触れるのはこの部分。

変わっていったアルバム全体の印象

はじめの方で書いたように、このアルバム全体の音に馴染むのに少し時間がかかったのですが、聴き込んでいくうちにかなり印象が変わっていきました。
全ての曲が、詞が、心に届くようになったのです。

はじめのうちは、なんという事のない情景を描いただけの詞だと思っていたものが、心の中で膨らんでいきました。

例えば「高原」という歌

野苺の花の上の露のひとしずく
まん中に草の生えてる道は
霧の中へ消えてゆく

この3行だけでも、美しいイメージ、情景が心に浮かぶのだけど、さらに

朝は峠をこえてやってきた
微風(そよかぜ)にほほをなぶらせ
いま ぼくは生きている

と続き、なんだかたまらない気持ちになります。

そして、ムーンライダーズのカントリー調の演奏がどこか大人びて聴こえて、15歳の私にはすぐには馴染めなかったのですが、とても心地の良い、心に沁みる音に変わっていきました。

また、年を経ると、15歳の頃、あまり有難みが分からなかった、谷川俊太郎、ムーンライダーズ、矢野顕子の存在も自分の中でどんどん大きくなっていき、それに伴い、さらにこのアルバムの存在も大きくなっていくのでした。

このアルバムを買ってから、約50年。ほぼ半世紀!?

その間、毎年必ず針を落とす特別なレコードであり続けています。

きっとこれからも。

松任谷由実『時のないホテル』

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
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1980

松任谷由実『時のないホテル』(1980年発売)

このアルバムが発売されたのは、1980年6月、ジャケットの雰囲気やタイトルに強く惹かれて発売後すぐに購入。当時、私は19歳。

中学3年の時、出たばかりの『コバルト・アワー』を買ったのが、初めてのユーミン。

正直言って『コバルト・アワー』には、それほど嵌らなくて、むしろ、後追いで聴いた『ひこうき雲』『ミスリム』に、より惹かれる物を感じていました。

その後も、ユーミンの音楽には、折々に心を寄せてきたのだけれど、中でも特別な思い入れがあるのが『時のないホテル』

1980年発売の、このアルバム、私にとって、あの時代の空気、あの頃の自分を象徴するような音楽。

今でも、聴くたびに、色々な物が琴線に触れて泣きそうになります(というか泣く)。

恋愛感受性低めの私が、なぜここまでユーミンにはまるのかと言うと、恋愛云々よりも「時の流れの無常」的な切なさに弱いからかも知れません。

特にこのアルバムには、そんな切なさが、(他のアルバムよりも若干多めに)つまっていると思うのです。

ユーミンの歌には、「時の流れの無常」が色々な形で描かれています。

「卒業写真」も「Good luck and Good bye」も「ハルジョオン・ヒメジョオン」も「Destiny」も「春よ、来い」も「Hello, my friend」も、あれもこれも・・・

例えば、このアルバムの、「Miss Lonely」は、戦争から帰って来ない恋人を待ち続ける老女の歌

♪ミス・ロンリー

50年前の日付のままカードを書く

ときには写真に向って白い髪を編んで見せる♪

と歌う。

このように、様々なモチーフを使い、情景を描き、多くの曲の中で、色々な立場からみた「時の流れの無常」を描いてきたユーミンが、このアルバムの最後に収められた「水の影」では

♪時は川 きのうは岸辺 

人はみなゴンドラに乗り

いつか離れて想い出に手をふるの♪

と、まさしく時の流れの本質、「時の流れの無常」そのものを言葉にしています。

こんな具合にこのアルバムには「時の流れの無常」その切なさが溢れています。

そこにたまらなく魅せられているのかも知れません。

とても個人的な話をひとつすると、このアルバムを聴きまくっていた頃に年上の女性と付き合っていました。
その頃、彼女は重い病気で入院中。

お見舞いに行った時に、このアルバムを録音したカセットテープを渡しました。

次にお見舞いに行った時に彼女が言いました。

>担当の先生に「 Myelogenous Leukemia(ミエロジェーナス・ロイケーミア)って何ですか?」って聞いたら「そんな事調べなくてもいい!」って怒られちゃった。

と。

このアルバムの中に「雨に消えたジョガー」という歌が入っています。その歌詞が

♪病気の名前はMyelogenous Leukemia(ミエロジェーナス・ロイケーミア)♪

彼女も同じ病気で、後に「雨に消えたジョガー」と同じ運命をたどるのでした。

ハンナ・バーベラ日本語版主題歌

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
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1966

昨日のブログ投稿「怪獣ロロの歌」で、ハンナ・バーベラ・アニメの主題歌集のCDについて少し触れ、その中で、これを買った一番の目当ては「宇宙怪人ゴースト」のテーマ曲。と書きました。

「宇宙怪人ゴースト」のテーマ曲が好きでたまらなかったわけですが、それだけじゃなくて、他のハンナ・バーベラのアニメの主題歌も大好きでした。

でも実は、このCDを買うまでは、どの作品がハンナ・バーベラの作品などと考えた事はなくて、これを買って改めて(というか初めて)、私が好きな歌は、ほとんどハンナ・バーベラの作品だと気づいたのです。

このCDに入っているもので言えば『大魔王シャザーン』『怪獣王ターガン』『チキチキマシン猛レース』など、子供の頃聴いていただけなのに、今でも空で歌える、大好きな歌ばかり。

そして、これを買った後に、「ではこれに入っていないアニメで、私の好きなものはハンナ・バーベラではないのだろうか?」と思って色々調べました。

ロードランナーやバッグス・バニーがハンナ・バーベラではなく、ワーナーの作品だという事だけは、あらかじめ知っていました。
小学生の頃、家の近くにあったカー用品店でワーナーのアニメキャラのステッカーを売っていて、それを集めるのがマイブームだった時期があるので。

それ以外の色々。
例えば、いつも動物園を抜け出すワニの話とか、ライオンとハイエナのコンビとか、突貫カメくんとか。
調べてみると、この辺の動物系も、全部ハンナ・バーベラ!!
でも、思い出してみると、この辺の作品は、英語版の主題歌(主題曲)をそのまま流していたので、このCDには入らなかったのでしょう。


それでは、これまた大好きな『スーパー・スリー』は?
これもハンナ・バーベラ!
大好きな日本版主題歌もあるのでこれは入れて欲しかった。


少し古い物で言うと『シンドバッドの冒険』
この歌も大好きなのですが、同じ歌詞のフレーズで2種類のメロディーが浮かんでくるのです。
ひとつは、

♪ぼうけんのうみだ~ふなでだかぜがよぶ~♪

で、もうひとつは

♪ぼ~けんのう~みだ~ふな~でだ~か~ぜがよぶ♪

ってこう書いてもなんのことやらですよね、ごめんなさい。
調べてみると、これもハンナ・バーベラ作品!
そして2つのメロディーも謎が解けて、実際に2種類の主題歌が流れていたんですね。

こういう事を調べるとすぐに分かって、曲も聴けてしまうのは、インターネット時代ならではの良いところ。
そうそう、パターン1はエレキバンド的な音で、パターン2は吹奏楽的な音でした。
両方好きだけど、パターン2の方がより好き、大好き。

この曲もCDに入れて欲しかった。


では『マイティー・ハーキュリー』は?
と調べると、これはカナダのアニメ制作会社のものでした。
この歌も好きだったなぁ



それでは♪ウッホ ウホ ウホ ウッホホ~♪の『キングコング』は?
なんと、これは、アメリカのビデオクラフト社と日本の東映動画による日米合作とのこと。
当時そんなこと全然考えずに観ていました。


こんな具合に、子供の頃好きだったアメリカのアニメ作品の多くがハンナ・バーベラのものだと、大人になってから知ったわけですが、もうひとつ大人になってから知って驚いたことが、大好きだった歌の数々が日本独自に作られたものだと知った事。

CDに「日本語版主題歌」と書いてあるように、このCDに収められている曲、すべて日本独自のもの。

そしてYouTubeでアメリカ版のオリジナル主題歌(主題曲)を聴くと、日本版の素晴らしさ、出来の良さに圧倒されます。
歌詞もメロディーも演奏も歌も、大人たち(歌は子供たちも)が本気で取り組んで本気で作り上げたものだと、その熱意がひしひしと伝わってきて、これまで以上に日本版主題歌が大好きになり、感謝の気持ちが溢れてきます。

例1として『大魔王シャザーン』
まずは日本版

そしてこちらアメリカご本家


例2は『宇宙怪人ゴースト』
日本版、これは昨日のブログにも貼り付けたやつ

そしてこちらアメリカご本家版


まあ国民性による好みの違いや、子供の頃に聴いた思い入れの深さなどもあるのでしょうが、私は断然日本版が素晴らしいと感じてしまいます。

という事で、素晴らしいアニメを作ってくれたハンナ・バーベラ(他海外のアニメ制作会社)への感謝と共に、熱意を込めて日本版を作り上げた方々に最大限の感謝を込めて、この項を終わりとします。

ありがとうございました!

小泉今日子「夏のタイムマシーン」

私を形成しているもの

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1988

小泉今日子「夏のタイムマシーン」(1988年発売)

1988年に発売された小泉今日子(以下KYON2と表記)のマキシシングル。

なんと9分43秒もある曲です。
G.F.R.「孤独の叫び」より6秒も長い!(笑)

さすがにこれは通常のシングル盤サイズではなくアナログ盤は12インチで発売されました。
CDは、今は亡き(?)短冊形のパッケージに入った8cmCD(私が持っているのはCD)

この曲が好きでたまりません。

1988年、当時、私は27歳。

今や、59歳(2020年時)、しかも男の私ですが、当時も今も変わらずに、この曲が描き出す世界に胸がキュンとしてしまいます。

ここにシェアしたのは「夜のヒットスタジオ」で披露した際の動画。
この9分43秒の曲を2週に分けて演奏、放送しました。5分を2回という異例の扱いです。
きっと歌詞を全部伝えたかったのでしょう。
(前半部分をシェア)

この時も、言葉のひとつひとつをとても大事に、丁寧に歌っているKYON2
ですが、私が最も感動したのは、この時ではなくて、1990年の24時間テレビでKYON2のコンサートを放送した時の事。

そこでのKYON2は、この曲の歌詞に対する思いを、かなりしっかりと時間をとって語ってから、歌い始めました。

心を込めて。

10分程度の長い曲を全編通して。

歌詞の内容は、大人になった自分が、16歳の自分に語りかけるという物。
若干長めに1番の歌詞を引用すると

夏のタイムマシーン 少女の私に伝えてよ
あの日探してた答えは今も出せないけど WOW… 
夏のタイムマシーン だいじょうぶだよと伝えてよ
あの日輝いてたその瞳に負けないくらい
一生懸命泣いて
一生懸命悩んで
一生懸命がんばっているから

これは、ほんの一節で、実際に歌われたのは10分近い曲にのせたとても長い歌詞。
KYON2が丁寧に言葉を紡ぎだし、その言葉のひとつひとつが心に沁みていきます。
まったく長さを感じずに、最後までしっかりとその言葉を噛み締めつつ、音楽に浸る事が出来ました。

そして、自然と情景が浮かんできました。
一度も少女だった経験のない私ですが、時の流れの中で、とまどい、迷い、懸命に生きる若い自分自身に語りかける、励ます、そういうシチュエーションを思い描く事は出来るので、途中から涙が止まりませんでした。


RCサクセション 「ステップ!」

私を形成しているもの

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1979

RCサクセション 「ステップ!」(1979年発売)

夜中、テレビを見ていたら(たぶん11PM)突然、RCサクセションが出てきた。

しかし、それは、私が知っているRCサクセションとは全く違うロックバンドだった。

小学生の頃、友達のお兄さん(頭脳警察3を持っていた人)に聴かせてもらったRCは、ちょっと素っ頓狂な声で、どこかすっとぼけたフォークソングを歌っていたのだが・・・

その夜見たRCは、ド派手な服を着て、濃い化粧をして、激しいアクションで歌いまくるヴォーカル、その隣にはキース・リチャーズのようなアクションでギターを弾く男。

曲は「ステップ!」

一発でやられた。

それ以来、頭の中から「ステップ!」のフレーズが消えなかった。

ほどなくレコード店で「ステップ!」のシングルを購入。

テレビで観た印象とは、随分違う音だと感じたけど(後にスタジオミュージシャンの演奏だと知る)、とにかくレコードで聴くことが出来る喜びは大きく、何度も聴いた。

B面の「上を向いて歩こう」も、泣きたくなるほど好きだった。

当時、RCのレコードは、全て廃盤状態だったので、RCの音に対する飢餓状態がしばらく続く。

そんな時、1980年のお正月。

NHK FMで放送されたスタジオライヴ、これが素晴らしかった!

エアチャックしたテープは、その後何年もの間、擦り切れる程、テープが伸びてしまう程聴いた。

さらに

シングル「雨上がりの夜空に」

ライヴアルバム『Rhapsody』

と順調に音源をリリース、あれよあれよと人気大爆発状態。
もちろん出るレコードはすべて買い、都内近郊でのLIVEへも何度か足を運んだ。

しかし、忘れらないのは、あの夜、偶然観た「ステップ!」
TVの画面越しにも伝わってくるものすごい熱気!

あれを観る事が出来たのは、本当にラッキーでした。


Mick Ronson 『Slaughter on 10th Avenue』

私を形成しているもの

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2004

Mick Ronson 『Slaughter on 10th Avenue』(1974年発売)

ミック・ロンソンの初ソロ・アルバム『十番街の殺人』
このアルバムをはじめて聴いたのは、たぶん1978~79年頃。

なのに「私を形成しているもの」の年号を2004年にしたのは、このアルバムを本気で聴き込んで、本当の意味で好きになったのが、2004年だったから。

どういう事かというと、私、元々デヴィッド・ボウイが大好き、大好き過ぎるほど大好きだったので、ミック・ロンソンの事も、「ボウイの片腕」的に認識はしていました。
ソロ・アルバムもその流れで聴いていました。
内容的にもかなり好きでした。ただ、どこかボウイっぽい。
ボウイっぽいものを聴くよりも、ボウイそのものを聴きたい、そんな気持ちが強かったように思います。その頃の私は。
なにせ、デヴィッド・ボウイが大好き過ぎるほど大好きだったので。

ものすごく正直に言えば、若干軽んじていたのかも知れません、ミック・ロンソンの事を。

では、なぜ、2004年に突然「私を形成しているもの」入りを果たしたのかというと、その年に、仲間に誘われて「Mick Ronson Memorial」という(DJ & LIVE)イベントをはじめたのです。
(それ以前に、1993年にミックが亡くなり、その翌年に出た遺作的なアルバム『Heaven and Hull』を聴いていて、その頃から少しずつ自分の中でミック・ロンソンの存在は大きくなってはいました)

Mick Ronson Memorial 2004より (2004年4月29日 大塚 Back Beat)

イベントをやる以上は、もっと真剣に聴いておきたいと思って、当時CD化されていた、このアルバムをはじめ、ミック・ロンソン関連のアルバムをCDであれこれ買って、聴き込みまくりました。

本当の意味で、このアルバムの良さを実感し、心底好きになったのは、その時。
それ以後は、ミック・ロンソンの声、演奏、のみならず色々な人のインタビューで語られる人柄など、すべてが好きになっていきました。

Mick Ronson Memorial Band 2012(2012年4月29日 渋谷 La.mama)

その後、(番組WEBの制作に関わっていた)J-WAVEの音楽番組「Beat On The Road」で、1週間ぶち抜きのMick Ronson特集企画をぶち込み原稿を書かせてもらったり、なんだり。
それほどにミック・ロンソンという人の存在は自分の中で大きなものになっていきました。

「私を形成しているもの」としてアルバム『十番街の殺人』をあげましたが、作品単位の話ではなく、私を形成しているものは、ミック・ロンソンという人そのものかも知れません。

このアルバムの話をすると、全体を支配する、ちょっと暗くしっとりとしたトーンが好き。
1曲、1曲も全部好き。胸がしめつけつけられるような切ない気持ちになる箇所がいくつもあります。
あえて大好きな曲をあげると「Growing Up and I’m Fine」と「Music Is Lethal」
両方ともボウイが関わっている曲(前者は作詞作曲、後者は作詞)なので、若干ボウイ大好きバイアスかかっているかも知れません。ごめんなさい。


Jackson Browne『The Pretender』

私を形成しているもの

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1976

Jackson Browne『The Pretender』(1976年発売)

高校1年の時の同級生UT君が、発売されたばかりのこのアルバムを買って、スグに貸してくれました。
その頃の私は、主に、ハードロックやプログレの有名どころを買っていた時期。
ウエストコースト系のアーティストにはまだ興味が向いていなくて、ジャクソン・ブラウンという名前を聞いた時に、はじめ黒人と勘違いするほどに何も知らなかった。
(その勘違いはたぶんジャクソン5、ジェームス・ブラウンからの連想)

とはいえ、なんでも聴いてみたいお年頃。
ありがたく借りて録音した所、これが私の心に大ヒット、大フィット。
それからは録音したテープを、毎日のように繰り返し聴き込みました。

優しく包み込むような声、歌い方。
時に力強く何かを肯定してくれるような声、歌い方。
アコースティック基調の耳馴染みの良い音、印象に残るメロディー。
そして歌詞。
すっかりジャクソン・ブラウンの描き出す世界の虜になりました。

歌詞を読みながら聴きたくて、ほどなく自分でも日本盤のレコードを購入。
それから、今日に至るまで、50年近くの間、年に数回は、必ずターンテーブルに乗るレコード。

音色面では、特に「Linda Paloma」のハープ(?)やギター類の、美しいアコースティック楽器の音色が堪らなく好きで、新しいオーディオ装置導入時には、必ず、この曲でアコースティック系の音色をチェックするようになりました。

とはいえ、それはあくまでも音色チェックのためだけで、このアルバムは、1曲目の「The Fuse」からラストの「The Pretender」までの流れがとにかく完璧!
全曲通して聴きたくなります。

今日、この文章を書くために久しぶりにレコードを聴いたのですが、やはり全曲通して、3回も聴いてしまいました。
このレコードの帯には
「深い悲しみと絶望の淵に立たされたジャクソンが、心から歌いあげる亡き妻への鎮魂歌!」
と書いてあります。
アルバム制作中に妻が自殺するという事件があり、その悲劇を乗り越えて完成させたアルバム。
どうしても、その事を頭に置いて聴いてしまうのだけど、それを抜きにしても色々な感情(やメロディーや音色や演奏、そして言葉)が心に触れ涙が出てくるような曲が詰まっています。

このアルバムについては、曲ごとに、もう少ししっかりと触れてみたくなりました。
とりあえず「私を形成しているもの」としては、私にとって特別なアルバムです、という紹介にとどめますが、また改めて、このアルバム『The Pretender』の事、そしてJackson Browneの事を、書いてみたいと思っています。



関連ブログ投稿
「The Pretender と洋楽日本語詞シリーズ」

頭脳警察『頭脳警察3』

私を形成しているもの

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1973

頭脳警察『頭脳警察3』(1972年10月発売)

これは現在の自分を形成する上において、本当に大きな大きな出来事なので、取り上げないわけにはいきません。

以前、ブログにも書いた事がある話なので、一部抜粋した上で若干の加筆修正をしたものを掲載します。

まずは、小学5年生頃からの話。

近所の友達の家には、当時うちには無かったステレオがあり、レコードがたくさんありました。
それは友達のお兄さんの物で、ほとんどが日本のフォークソング。

高田渡、古井戸、加川良などなど

当時は誰が歌っているかなんてことは気にせずに、面白そうだと思うレコードを片っ端から聴かせてもらいました。
ガキですから。

で、ガキでもおぼえやすい歌詞や曲調、ちょっとふざけた感じの歌をおぼえ、田舎道を自転車こぎながら歌っていました。

「自転車に乗って、ベルを鳴らし~♪」(高田渡/自転車にのって)

「大学ノートの裏表紙にさなえちゃんを描いたの♪」(古井戸/さなえちゃん)

「かみしばい、かみしばい、かみしばい屋のあのおやじは♪」(岩井宏/かみしばい)

なんて調子で。

そんなガキが中学生になったある日、友達がレコード棚から取り出した1枚が『頭脳警察3』

「これすげえぞ!」と。

針を落とすと激しいリズム!ギター!そして何より叩きつけられる言葉。

とにかくぶっ飛びました。

なにしろTVから流れる歌謡曲や、TVマンガの主題歌、CMソング、そして上記のフォークソング程度しか聴いた事の無いガキだったので、免疫ゼロ状態。

ステレオから流れてきた「ふざけるんじゃねえよ!」にどれだけの衝撃を受けたことか。

こんな歌詞聴いた事ない!!

「バカに愛想をつかすより ぶん殴るほうが好きさ」って!

とにかくすげえ!!

音にしても、あんな爆発的な音は聴いた事がありません。

ストーンズの「サティスファクション」も、ビートルズの「アイ・フィール・ファイン」も未だ聴いた事の無いガキですから。

いや、聴いた事があったとしても、充分衝撃的。

これが私にとっての、はじめてのロックの衝撃!

さらに「この曲もすげぇよ!」と友達が聴かせてくれたのは『前衛劇団モータープール』

何が何やらよくわからなかったけど、とにかくすげぇ!すげぇ!すげぇ!

それから自転車を漕ぎながら歌う歌はこんな具合になってしまいました。

「ブッシャーブッシャーブッシャー」

「極楽はトワイニング、地獄はモータープール」

「ぜ・ん・え・え・げー・きー・だん・モーーーターーープーーール」



Radiohead – SUMMER SONIC 2003

私を形成しているもの

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2003

画像はSUMMER SONIC WEB Siteより

Radioheadに関しては、1stインパクトを受けた、1stアルバム『Pablo Honey』(1993)を取り上げようかとも思ったのだけど、その10年後、さらにそれを上回るインパクトを与えてくれた、SUMMER SONIC 2003 でのステージを取り上げる事にしました。



この年のサマソニは、忘れがたい出来事が数多くありましたが、ここではRadioheadのステージにしぼって。

ステージ上手側、かなり前の位置に陣取り、この年のラストを飾るRadioheadの登場を待つ。

オープニングは当時の最新アルバム『Hail to the Thief』からのシングルカット曲「There, There」
何か呪詛的な物でもはじまるかのような太鼓のリズム。
と同時に大歓声。
トム・ヨークの歌が入るとさらに歓声が大きくなる。
トムも、初めから飛ばしている感じで、充実した表情が見て取れる。

実験的な2枚のアルバム『KID A』『Amnesiac』からの曲と、それ以前の比較的ポップな曲、そしてその両方を併せ持ったような最新アルバム『Hail to the Thief』からの曲が何の違和感もなくつぎつぎと演奏される。

トムの何か吹っ切れた表情を見ているだけでも、感動が押し寄せてくる。
前回見た、2001年、武道館公演での思いつめたような顔とは別人のようだ。

中盤に演奏された「No Surprises」で泣きそうになり、「Just」でこの上なく高まり、「Paranoid Android」のイントロに歓声を上げ。

ものすごい盛り上がりの中、『KID A』からの「Everything in Its Right Place」
大きな余韻を残したまま本編終了。

そして、ほどなくアンコール。

「Pyramid Song」「A Wolf at the Door」とつづく
夜風の中、音に身を任せ、体が自然に揺れる。疲れを忘れ、心地良さに酔う。
すると3曲目、きました!大好きな曲。
「KARMA POLICE」
イントロを聴いただけで、涙目に。
この日、ここで、聴く事が出来て本当に良かった。
「This is what you get♪」ジーンとしながら一緒に歌う。
そしてエンディングを迎え曲が終わる。余韻を噛み締め、これでコンサートも終わりか。

と、誰もが思っていたはず。
もちろん私も。

すると、なんと、ななななななんと「Creep」が!!!!

「うぎょわーーーーー!!」とわけのわからない歓声を上げながら隣にいた人と顔を見合わせ、抱き合う。

この曲は、ある時期からライヴでは封印されていて、一生、生で聴くことは出来ないのだろうと思っていたのだ。
トムは、何もかも受け入れそして吹っ切ったのだろう。
『Hail to the Thief』は、そのきっかけになるアルバム。
「There, There」の太鼓の音は、呪詛の音ではなく、呪詛から解き放つ音。

「Creep」を歌うトムの声を聴きながら涙が溢れ出した。
「She’s Running Out・・・♪」一緒に歌いながら涙がとめどなく流れる。
元々涙腺がゆるい私ですが、この時の涙の量は異常。
でも、周り中みんなそんな表情なので、問題なし。

例えようのないぐらい大きな感動の中、コンサートは終了。

と同時にサマソニの終わりを告げる打ち上げ花火。大歓声。
心地良い余韻の中、夜風に吹かれ家路に着きました。

この上なく 幸せな1日。

3つのヴィヴァルディ『四季』

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。

その他の私を形成しているものたち
私を形成しているもの 年譜(INDEX)


1973 印象派の『四季』 Felix Ayo, I Musici
1994 鮮烈な『四季』 Gil Shama, Orpheus Chamber Orchestra
2012 ヴェネツィアでの『四季』 I Virtuosi Italiani 

1973

Vivaldi – Four Seasons : Felix Ayo(Vn), I Musici (1959録音)

初めてヴィヴァルディの『四季』を(それと意識して)聴いたのは、中学1年の音楽の授業。
音楽の教師が、それなりに立派な再生装置で、レコードを聴かせてくれた。
「演奏はイ・ムジチ合奏団、ヴィヴァルディの『四季』では、彼らが一番有名な演奏者」みたいな前振り説明。
説明の内容はうろおぼえだけど、イ・ムジチ合奏団という名前はしっかりと記憶に残り、その後少しして、同じレコードを手に入れた。

それから何年もの間、私にとっての『四季』は、イ・ムジチの奏でる『四季』
なんとなく日曜日の午前中に聴くのが習慣というほどではないが、日曜日の午前中に聴きたくなるレコード。
何かと尖り気味、擦れ気味だった10代の私の心を少しだけ優しく包んでくれた、そんな音。
特別「好き」と意識するわけでもなく、私の中に自然に流れ続けてきた音楽。


1994

Vivaldi – Four Seasons : Gil Shaham, Orpheus Chamber Orchestra(1994発売)

ある日、BresciaのCD店RICORDIのクラシックコーナーに大量にディスプレイされていた新譜CDが、これ。
ドイツ・グラモファンのCDらしからぬ、ジャケットデザインに目を惹かれ手に取ってみると、どうやらこのモノクロ超どアップ写真はギル・シャハム。一緒に演奏しているのは、オルフェウス室内合奏団。そして演目は『四季』。
ものすごく興味をそそられ、即購入。

オルフェウスは、イ・ムジチと同様に、指揮者を置かないスタイルの合奏団で、当時、私は、オルフェウスの演奏するモーツァルト物を何枚も買っていたのだ。

アパートに戻り、聴いた時の衝撃が忘れらない。

これまで聴いてきたイ・ムジチの『四季』とは、何もかもが違って聴こえた。
鮮やかさ、華やかさ、煌めきとでも表現すればいいのか。
テンポ感もまるで違う。
わくわく、ドキドキするような気持で聴く『四季』、初めての体験だ。

例えていうならば、イ・ムジチの『四季』は、印象派の風景画。
ギル・シャハムとオルフェウスの『四季』は、高精細で美しいデジタル風景写真。

それほどに、まったく違う『四季』だった。

その後、日本に帰ってからも『四季』を聴きたい時は、このCDをかけていたのだけれど、ある日、なんとなくレコードでイ・ムジチの『四季』を聴いた時に、泣きたくなるほどの感動を覚えた。

もしかしたらその感動の正体は、演奏云々ではなく、10代の自分の心に対する郷愁だったのかも知れない。
その時から、イ・ムジチの『四季』は、印象派の絵画のようだ、と感じるようになった気もする。

印象派とデジタル写真、同じ風景を切り取ったとしても、まったく違う表現手法。
そして、そのどちらにも、違った美しさがある。
当たり前の事だけど、それを強く実感し、それからは、その時の気分でイ・ムジチの『四季』も、ターンテーブルに乗る回数が増えていった。


2012

I Virtuosi Italiani CONCERTO NELLA CHIESA DI VIVALDI (31/12/2012)

2012年の大晦日。ヴェネツィアの(ヴィヴァルディゆかりの)ピエタ教会で、I Virtuosi Italianiの演奏による『四季』を体験した。
それは、イ・ムジチの『四季』とも、ギル・シャハムとオルフェウスの『四季』とも違う、つややかな美しさをたたえた『四季』
特別な空間に響く弦楽器の音色。

この体験は、自分の中で何かひとつ実を結んだというか、心の中の空間に不確かな形で漂っていたものがゆっくりと形を成してゆくような不思議な感覚。
時の流れも空間も超えて、ヴィヴァルディが生まれたヴェネツィアという地で巡り合えた『四季』をどこか神秘的と言ってもいいような気持ちで味わっていたのだ。

イタリアの音楽、ヴェネツィアで作られた音楽、という事など意識する事もなく、10代の頃から自分の中に自然に流れていたヴィヴァルディの『四季』
1994年、そのイタリアの地で鮮烈な『四季』に巡り合い、2012年の大晦日には、ヴィヴァルディ生誕の地ヴェネツィアで『四季』を体験した。


さらに、この体験から10年ほど経て、自分自身の中で形になり「Vivaldi」という曲が生まれたのだ。