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勝手にあれこれ考えた(映画『いきもののきろく』を観て2)

さて、昨日のブログ「寄り添う力(映画『いきもののきろく』を観て)」では、おおよそ映画の感想とはかけ離れた内容、菊池琢己のギターの事だけを書いてしまった私ですが、映画を観ながら、そして観終えて、あれこれ考えた事があるので、うまくまとめる自信はまったくありませんが、つらつらと書き綴ってみます。

原案:永瀬正敏、脚本・監督:井上淳一、主題歌:PANTA
『いきもののきろく』

映画を観る前には、あまり予備知識を仕入れないタイプの私。
監督、主演、音楽、など基本情報は知っていましたが、どういう映画なのかは全く知らず、短編映画である事や、モノクローム映像である事すら知らずに観始めました。

予告編も観なかったので、主題歌は映画の中ではじめて聴いた事になります。
それだけに衝撃も大きかった。


『生き物の記録』と『いきもののきろく』

いや、その前に、気にかかっていた事。
それは、黒澤明の映画『生き物の記録』と同じタイトルである事。
こちら『いきもののきろく』の綴りは平仮名だけど。

この意味は?
もちろん何かしらの関係はあるのだろうけれど。
『生き物の記録』は、はるか昔にレンタルビデオでVHS版を観た記憶。

『生き物の記録』をぼんやりと思い出しつつ『いきもののきろく』を観る。
観ているうちに、3.11東日本大震災で傷を負った者の再生の物語?という輪郭が見えてくる。
原発事故後の生き方を巡り、家族との間に考え方の溝が生まれる。

この辺りに『生き物の記録』との共通点を見つけようと思えば、見つけられるのだけれど、それは考え過ぎだろうか?
映画を観ながら走り書きした手元のメモには

「生き物の記録」と「いきもののきろく」
核による心の分断、生き方の分断

と書いてある。
ただ、そういう部分にあえて着目するよりも、もっと素直に、大震災後を生きた人間という「いきもののきろく」と捉えた方が良いのかも知れない。


映画を観終えて、答え合わせ的にチラシ画像を見ると「喪失と再生の物語」と大きく書いてあり、そこは見方として間違ってなかった、というか、それは、間違えようがないほど、はっきりと伝わる話。

しっかりと受け止めました。

膨らむ勝手なイメージ

あとは、勝手なイメージの話になるのだけど、この映画、セリフがない。
それだけに、イメージが膨らむ。
観る者の想像力によって、印象も変わってくるのではないだろうか?

私の中に生まれたいくつかのイメージの中で、ひとつドキっとした事があるので、それを書いてみます。

廃材、廃品を集めて作った筏を川に浮かべ、火をつけてから川に流すシーン。
(上のチラシの中にもそのシーンの画像があります)

火のついた筏がゆっくりと川を流れてゆくシーンを観ながら、私は、映画『田園に死す』の中で、雛人形の段飾りが川を流れてゆくシーンを思い浮かべていました。

片や色鮮やかな雛飾り、片やモノクロ映像の廃品で作った筏
周囲の風景も何もかも全く違う、ただ「ゆっくりと川を流れてゆく」ということ以外には、共通点は何もないのだけれど、私の脳裏にはこの映像が浮かび、と同時に「彼岸と此岸」という言葉が浮かびました。

その直後、スクリーン(TV画面だけど)に表示された言葉に軽く驚きドキっとしたのです。
私だけの勝手なイメージと、映画の中の言葉(文字)がシンクロした瞬間。
いや、勝手にシンクロしたと思っているだけかも知れないけど、言葉の意味としてね。

このイメージに関して、もうひとつ面白いと思ったのは、映画『田園に死す』は、寺山修司監督作品。

『いきもののきろく』主題歌の「時代はサーカスの象にのって」の歌詞もまた寺山修司(高取英 補作)という所にも軽く驚く。
これは偶然のシンクロなのか、それとも何かしらの必然?



そんな具合で、勝手なイメージや思索によって、この映画から、大きな楽しみを得たわけですが、観終えた後も偶然のシンクロを感じて思索を巡らす事になりました。

この映画を観たのは、昨日、2025年1月17日。
その日は、阪神淡路大震災からちょうど30年。

東日本大震災からの再生を描いた映画『いきもののきろく』を観た夜に、ニュース番組などで、阪神淡路大震災からの再生の(リアルな)物語を観る事になったのです。
そこでまた映画を思い、現実を思い、再生を思う私。


「再生」は、今年の私の一番大きなテーマでもあるのです。


映画『いきもののきろく』関連ブログ

寄り添う力(映画『いきもののきろく』を観て)

11年前に作られた短編映画『いきもののきろく』が、3月7日からのテアトル新宿をはじめ全国で順次公開されるらしい。

原案:永瀬正敏、脚本・監督:井上淳一、主題歌:PANTA
『いきもののきろく』

この映画の音楽をPANTAが担当している事、この映画のために「時代はサーカスの象にのって」を、菊池琢己と2人で再録した事は、11年前に知っていた。

知っていたけれど、これまで映画を観る機会も、音楽を聴く機会もなかった。
それが全国公開前のこのタイミングで映画を観る機会をいただいた。
と言っても映画館ではなく、井上淳一監督の計らいで、インターネット経由(オンライン試写)で。

しかし、これはPCではなく、ある程度しっかりとしたサイズと音で観たいと思い、PCをそれなりに大きな画面サイズのTVとそれなりのオーディオ装置に繋ぎ、しっかりと鑑賞。これが大正解でした。

映画にはイメージを喚起され、思う事多々あったのだけれど、それはちょっと置いておいて、今日、今、書きたい事を書きます。

音楽の事を知っていたおかげで、それが流れる瞬間が来る事をどうしても期待している自分がいる。
期待というのとは、違うかも知れないけれど、この映画が終わるまでに、どこかでPANTAが歌う「時代はサーカスの象にのって」が流れる事を私は知っている。

その時が来た。

イントロのアコースティックギターの一音を聴いた瞬間に涙がこぼれた。

その音色と響きに一瞬で心を持っていかれてしまったのだ。
その後、エンドロールまで菊池琢己の弾くアコースティックギターに感動しつつも、その時は、割りと冷静に観終える事が出来た。

観終えてから、井上監督とメッセージのやりとりなどした後、少し時間をおいて、もう一度、音楽の流れる少し前から観直してみた所、やはりギターの一音で涙がこぼれ、今度は、曲が進むにつれて涙腺が崩壊しました。

申し訳ないのだけど、映画の意味であるとか、寺山修司の歌詞(高取英 補作)の意味であるとか、PANTAの歌の力であるとか、PANTAが既にこの世にいない事であるとか、そういうの一切抜きに、ただただ菊池琢己のアコースティックギターに感動して、演奏が終わるまで、心を揺さぶられ続け、ちょっと嗚咽に近い感じで泣き続けてしまった。
気持ち悪いですね。ごめんなさい。

もちろんそこには映像の力があり、PANTAの歌があり、寺山の言葉があり、それらが一体となって心に迫った事は間違いないのだけど、そのすべてに寄り添うような菊池琢己のアコースティックギターが本当に素晴らしすぎて、涙が止まらなかったのです。

これ、映像を観ながら演奏し、歌と同時に録音したという事を聞いていたので、さらにそのすごさに震えます。(簡単に言えば一発録り)
歌に寄り添い、映像に寄り添い、言葉に寄り添い、その音色にメロディーに思いを込めて弾いている。
その思いの深さまでもが伝わってくるような深い音色と響き。紡ぎ出されるフレーズの美しさ。
しかも小さなミスひとつなく完璧。
それでいて我を出し表に立つような事はなく、何度も書くけど、歌に、映像に、言葉に寄り添うように、しっかりと傍らに立ち、紡ぎ出される。

PANTAの歌はもちろんすごいのだけど、この映画を観る人には、ぜひとも菊池琢己のギターを、思いを聴いて欲しい。そしてその寄り添う力を感じて欲しい。

「どるたんがブログに書いていたから菊池琢己のギターを聴くためにこの映画を観た」という人がひとりでも出てきたら嬉しいのだけど、そんな人いるかしら?

(文中敬称略)


映画『いきもののきろく』関連ブログ

「Five Miles Out」Mike Oldfield

昨日、病院の待合にいる時に唐突に頭の中に響き渡った1曲。

マイク・オールドフィールド(Mike Oldfield)の「Five Miles Out」

これはマイク・オールドフィールドの歌物の中でも、けっこう好きな曲で、20代~30代の頃、なんとなく心の落ち着きがない時に大音量で聴く事が多かった。

頭の中に流れてくる事もたまにはあった気がする。

そんな曲が、突然病院の待合で頭の中にヘヴィロテ状態。

そして一夜明けた今日の午前中になっても気になっていた「Five Miles Out」をしっかりと聴いて、頭の中から、空中へ、天上へと解き放ちました。
またいずれ頭の中に流れる事もあるでしょう。

この曲は、アルバム『Five Miles Out』のタイトル曲。
アルバムは発売当時(1982年)UK盤で買いました。
今ここには、アナログ盤は、あまり置いていないので、それは聴く事が出来なくて、アルバム『Five Miles Out』CDも持っていないので、手持ちの2組のベスト盤からそれぞれ何度か聴きました。

(我が家の復活再生のシンボル、パセリさんと2組のCD、土にピントがあっているのはご愛敬)

両方とも日本盤なので訳詞が入っているのもありがたい。
しかも、それぞれ違う方が訳しているので、それも面白かった。

『The Complete MIKE OLDFIELD』の方は、渡辺淳さん
『elements』の方は、須美久さん
が訳しています。

この曲、これまではさほど歌詞を意識していなかったのだけど、冒頭に貼り付けたMVを何度も観ていたので、大体の雰囲気はつかめているつもりでした。

嵐に巻き込まれたパイロットと管制塔との交信
嵐を脱出するまであと5マイル!

みたいなやりとり。
モジュレーション系のエフェクトをかけたマイク・オールドフィールドのパイロットからの緊急連絡
優しく語りかけるようなマギー・ライリーの歌は、管制塔からの状況説明と励ましの声

訳詞を読んでみても、大筋はあっていました。

須美久さんの訳詞は、状況を的確に把握し、パイロットと管制官それぞれの言葉として正確に訳されていると感じました。緊迫感も、願いも伝わってくる。

対して、渡辺淳さんの訳は、こう言っては申し訳ないけど、中学生が英語の教科書を訳したような文章。

いきなり
「落ちていく時 どうしたらいいのだろう 失速し 30度で降下中」
って、自分に問いかけちゃってる。パイロットからの緊急連絡だという事を考えずに歌詞の文章をただ訳しただけ。

対する須美さんは同じ箇所を
「墜落する―――どうすればいい? 機首の角度は30度」
と訳しています。
状況も緊迫感も的確に伝わってくる。

渡辺さんの訳詞は、後半詩的な表現を多用してそれなりに読ませようとする工夫は分かるのだけど、そういう部分もまた、須美さんの的確な状況説明、緊迫のやり取りの方が結果として気持ちも伝わるように感じました。

って別にこんな粗探しをしたいわけではなかった。

2つの訳詞とにらめっこするように、しっかりと言葉を受け止めつつ、何度か聴いてみて、なんとなく腑に落ちたのが、病院で突然頭の中に流れてきた事の意味。

この歌詞、最後どうなったのか?そこはまったく描かれていないのです。
「あと5マイルで、脱出できる」
というエリアでの交信だけ。

何度目かの鑑賞中に、もうすっかり英語の歌詞のままで、状況が分るようになっていて

Our hope with you

以後の管制官の言葉で、ちょっと涙してしまいました。

私も同じ言葉をかけていただき、最善のコースに向かって(いると信じて)Climingしているので。



David Bowie cover集

今日は、1月9日

昨日、1月8日は、David Bowieのお誕生日
1947年生まれなので、生きていれば78歳

そして明日、1月10日は、David Bowieの命日
2016年69歳で没なので、亡くなってから9年

という事で、今日は特に何でもない日なんだけど、誕生日と命日にはさまれた日
David Bowieの音源を色々と聴いてBowieを偲んでいました。
と言っても、私、未だにDavid Bowieが死んだ事をしっかりと受け止めていなくて、しっかりと悲しむ事も出来ないまま9年経ってしまいます。

今日も、偲ぶというよりも、ふつうに音源を聴いて過ごしていただけ。

さて

David Bowieの音源や映像は各自それぞれいくらでも聴いたり観たり出来る事なので、今日は、私、どるたんによるDavid Bowieのcover動画集をアップいたします。

つい一月ほど前にも、アトリエよぎで何曲か弾き語りをしてきたばかり。
まずは、その動画から、どるたん with エイジで「 Space Oddity/Five Years/Moonage Daydream/Rock’n’ Roll With Me」4曲ダイジェスト版

この2人で、もうひとつ
やはり、昨年の12月に演奏したものを。
David Bowie coverと言っても、ちょっと変則的に、私が日本語で歌詞をつけた「Rock’n’ Roll With Me」

以上、2本はもっとも最近のもの

逆に、YouTubeに上がっている中で最も古いDavid Bowie coverは、2012年のMick Ronson Memorial Bandによるもの。

「Starman」と「夜をぶっとばせ」を

そしてこれは、David Bowieの訃報を知った後のLa.mamaでのライヴ
ひとりでオリジナル曲を弾き語りする予定だったのだけど、急遽、Mick Ronson Memorial Bandのりょうちゃんと2人で、David Bowieの曲だけを演奏してきました。
その中から「世界を売った男」を

そして次は、一人で多重録音、宅録したもの。
コピーという行為が苦手でほとんどやってこなかったのだけど、これは、しっかりとがんばってギターを耳コピしてみました。超貴重。
曲は「Eight Line Poem」

最後にもう1つ
ラフに自宅で弾き語りしたものです。
曲は「Janine」

こう見ると、YouTubeに上がっているのは70年代の曲ばかりですね。
80年代以降の曲も折々に取り上げているのだけど

これまでに、色々なcover曲をYouTubeにあげてきましたが、David Bowieのcoverが一番多いはず
次点は、Kevin Ayersか、PANTAか
全員故人ですね……なんと

アトリエよぎ『究極の一曲day5』簡単に報告

本日、1月5日、アトリエよぎの『究極の一曲day』2025年の1発目が開催されました。

私は、3回目に体調不良でお休みしてしまいましたが、それ以外は、欠かさず参加しています。
準皆勤賞的な感じで。
しかし、今回はこれまで皆勤賞だったKimiちゃんが体調不良でお休み。
私と並んで、準皆勤賞的な感じにランクダウン。
毎回、何を聴かせてくれるのか楽しみにしていたので、残念。

とはいえ、今回も、初参加の方がいたり、常連組がさすがのステージを見せてくれたり、見応え、聴き応えは、抜群。しっかりと楽しませていただきました。

それにしても、何度か参加している皆さんが、毎回腕を上げているのがすごい!
やっぱり人前で演奏すると、如実にランクアップしますよね。
1曲とはいえ、家で練習するのとは全く違うから。
皆さん、しっかりと楽しませてくれるのがすごいな、と。
これ、別に上から目線で言っているのではなくて、自分の事としても感じています。
場数は大事!

そんな歌と演奏を観られる事が嬉しいというか、ワクワクするというか。
とにかく自分で演奏する時以外も、まったく飽きる事なく、しっかり全員の演奏を楽しむ事が出来るのが、本当に素敵。
毎回同じような事を書いてるかも知れないけど、毎回感じるのだから仕方ない。

で、私は今回何を歌ったのかと言うとRCサクセションの『Sweet Soul Music』
前回『京都慕情』をただただ大好きな歌という基準で選んでしまい、若干不完全燃焼感があったので、今回は全力で歌える歌をチョイスしました。

完全燃焼したかというと、70%ぐらいかも知れないけど、まあまあ、ガッツリと歌えたのかな。
次回も無理せずこの路線で行くべきか。

順番は、大トリの前、白組ラスト的な。
大トリも白組だけど。

という事で、新年一発目の歌と演奏、そしてみんなの歌と演奏を楽しんできました!

次回も参加する気満々です。
これからもよろしく!!

写真撮らなかったので、アトリエよぎから拝借。
(セッティング中のマスター)






モーツァルト『2台のピアノのためのソナタ』K.448

2025年1月1日

今年、一番初めに(能動的に)聴いた音楽は、モーツァルト『2台のピアノのためのソナタ』K.448

力強く、軽やかに、明るい新年を迎えられるような気がして選んでみました。
この曲、ニ長調(D major)という所が、また良くて、ギターのコードでもローコードのDって独特の明るい響きがあって好き。

演奏しているのは、ウラディーミル・アシュケナージとマルコム・フレージャー

午前中には、1曲目の『2台のピアノのためのソナタ』だけを聴きましたが、午後、改めて全曲通して聴きました。

他に収録されているのは、ダニエル・バレンボイムの指揮、イギリス室内管弦楽団で『2台のピアノのための協奏曲 変ホ長調』K.365(アシュケナージ、バレンボイム)、『3台のピアノのための協奏曲 ヘ長調』K.242(アシュケナージ、バレンボイム、フー・ツォン)

曲も演奏も大好きで、このCDは、私が持っているクラシック関係のCDの中では、トップクラスの再生回数かも。
気持ちがほどよく高揚する感覚。

まずは、気持ちの良い新年を迎えられました。

本年もよろしくお願いいたします。

「マンチェスターとリヴァプール」Pinky & Fellas

今日の一曲
「マンチェスターとリヴァプール」Pinky & Fellas

今日、頭の中に流れていた曲は「マンチェスターとリヴァプール」


これは、子供の頃からずーっと頭の片隅にこびりついている歌。
小学校の帰り道によく口ずさんでいた憶えがある。

最近のサッカー好きな子供たちや、ロック好きな若者たちなら、誰もが知っているであろうイギリスの2つの街。

しかし、この歌が流行った1968年当時、小学2年生だった私には、それがどこにある街なのか、まったく知らずに、この歌を口ずさんでいたのだ。日本語版で。

一度聴いたら忘れられない、メロディーと歌詞。

♪マンチェスター&リバプール
煙だらけの街よ
よごれた道を行きかう人々

と言っても、憶えていたのは、ここまで。
マンチェスターも、リヴァプールも、知らなかったけど、さらに言えば、「煙だらけの街」というのも、うまくイメージ出来ていなかった。
「なんで煙だらけなの?」みたいな感じで。

もっと言えば、これを誰が歌っているのか、分かってなかった。
調べた所、この日本語歌詞で歌っていたのは、ザ・スパイダースらしい。
作詞(というか訳詞?日本語詞?)は、岩谷時子。


ただ、これを聴いてみたところ、頭の中に流れ続けていたイメージとはずいぶんと違う。

頭の中に流れているのは、もう少しダルというかムーディーというか、テンポも、もう少し遅い。
ザ・ピーナッツのイメージが強いのだけど、YouTubeにあるのは、英語で歌っているものだった。

だぶん、なんとなく、ザ・スパイダース版で日本語の歌詞が記憶に残っていて、ザ・ピーナッツ版を聴いた時に「元は英語の歌なのか」と思ったような、そんなおぼろげな記憶がある。ような気がする。

今は、こうやってなんでもすぐに調べれば分かるのだけど、当時、マンチェスターもリヴァプールも知らずに、♪マンチェスター&リバプール煙だらけの街よ~ と口ずさんでいたのだ。

ちなみに一番上に貼り付けたピンキーとフェラスが、日本でヒットした(らしい)のだけど、元々のオリジナルはフランスのシャンソン歌手(映画『太陽がいっぱい』に出ていた女優さんでもある)Marie Laforetが歌ったものだとか。

ただただ、冒頭の歌詞とメロディーが頭から離れぬままに50年以上生きてきて、今日もたまたま頭の中に流れてきたのだけど、調べてみたら色々分かって勉強になりました。というか楽しかった!

ピンキーとフェラス版については、数十年前に何かのきっかけ(たぶん中古レコード屋さんでシングル盤を見かけた)で知っていたのだけど、Marie Laforetのオリジナルは、今日、初めて聴きました。

そしてMarie Laforetもっと色々聴きたくなった。

4年前のLIVE(ギター合奏曲 第1番)

4年前の12月27日、Goodstock Tokyoでどるしゃあのワンマン公演があった。

この年は、コロナによっていくつものLIVEが中止になったり延期になったり。
そんな中、Goodstock Tokyoは早くから配信LIVEに取り組み、演奏活動の場を守ってくれていた。

この日、初めて演奏した曲がある。
そして、その後、一度も演奏していない曲。

「ギター合奏曲 第1番」
2人ともガットギターでの演奏。
コロナのステイホーム期間は、どるたんにとっては実り多い日々で、曲想が湧きまくっていた時期。
これも、そんな中、どこからともなく浮かんできた曲想のひとつをなんとなく形にしたもの。

当日合わせなので、細かいミスはあるけど、よく出来たものだと思う。

また、こういう曲作りや、演奏にも取り組んでみようかな、と久しぶりに聴いて思った。

ちなみにどるたんのギターは、知人の形見分けとしていただいたJOSE ANTONIOのガットギター。
LIVEで使ったのは、この時一回だけだけど、家で曲を作る時などは、ほぼこのギターを使っている。
ありがとうございます、しっかり役に立っています!

『The Drift』Scott Walker

Scott Walkerが2006年に出した13枚目のソロアルバム『The Drift』
今日の午後、少し暗くなってきた頃、ものすごく聴きたくなってCDを探したのだけど、見つからず。

このアルバムだけではなくて、他のScott Walkerのアルバムも見つからなかったので、どこかにまとめておいたような気もするのだけど、それがどこかは分からない。

最近(というかこの10年ぐらい)よくあるパターンなのだけど「大事な物だからちゃんとしまっておこう」と思ってどこかにしまうと二度と見つからない。

その辺に置いておけば良かったのに。

って経験ありませんか?

そんな事はどうでも良くて、CDが見つからなくても全部Flacでリッピングしてあるから、それを聴けば良いだけの話なのですが、なんとなくCDで聴きたかった。

とりあえずCDは諦めて、Flac音源をPCのアプリFoobar2000で聴きました。
1回通して聴いたら、ぐったり。

以前もこんな事があったな、どこかに書いた憶えがあるな、と思って検索したら、やはりありました。
しかも、丁度10年前の12月に聴いていた!そして書いていた!
たぶん、ちゃんと聴くのはそれ以来。
CDは、その後見ていないのかも。

その10年前の文章を再掲すると

聴き流す事を許さない音楽が存在する。
それを聴く時には、覚悟がいる、集中力がいる、そして気力がいる。
いつでも向かい合えるものではない。
今、聴いているScott WalkerのThe Driftは、まさにそういう種類の音楽。
大好きだけど、気力がある時にしか聴く事が出来ない。
聴き終えるとどっと疲れが出る。
胸のざわつきを憶える。
と同時にえもいわれぬ充実感もある。
まことにやっかいな音楽である。
(2014年12月20日)

10年後の今日、まったく同じ気持ちになりました。
不思議。


この『The Drift』が出たばかりの頃、お会いした新●月の北山真さんが、「最近、Scott Walkerの新譜ばかり聴いている」と言っていて、新譜が出た事を知らなかった私は、翌日スグにHMVへ赴き入手。
北山さん同様、一時期、このアルバムばかり聴いていました。

調べると1995年の『Tilt』以来のアルバム。
ジャケットの雰囲気も、内容的にも『The Drift』は、『Tilt』の(約10年越しの)延長線上にあるようなアルバム。
1995年当時『Tilt』にも嵌ったのだけど、2006年『The Drift』には、さらに深く嵌った。

嵌り過ぎて、逆にその後なかなか聴けなくなったような気がする。

「花がたみ」藤真利子

今日の一曲
「花がたみ」藤真利子

昨夜観ていたTVアニメ『鴨乃橋ロンの禁断推理』の中で、死体の周りに散らされていた花びらのシーンがあり、散らされていた花の名前がいくつか出てきたのだが、一番初めに出てきた花の名がりんどう。

それがトリガーとなったのか、今朝、目覚めてから頭の中に流れ続けている歌がある。

それが、藤真利子の「花がたみ」

作詞は寺山修司、作曲は鈴木慶一

冒頭の歌詞が「りんどうなでしこ花がたみ」
もう少し歌詞を書くと

りんどうなでしこ
花がたみ
かたびらはなし 帯はなし
かたびらもある 帯もあるが
かわいがってくれる親がない

どこか日本的な陰のある言葉に、特徴的なメロディーとアレンジ。
これが頭の中に流れ出すと、もう止めようがないので、朝食後にレコードを出してしばらく聴いていた。

このアルバム(LPレコード)『狂躁曲』は、以前「私を形成しているもの」でも取り上げているのだけど(藤 真利子『狂躁曲』)、自分にとって、忘れられない一枚。

今朝、頭の流れてきたのは「花がたみ」だったけど、他の曲も、頻繁に頭の中に流れてくる。

「花がたみ」と並んで、頭の中によく流れてくるのは「野ざらし百鬼行」
こちらも作曲は鈴木慶一
作詞は赤江瀑

よく流れてくるのは、サビ的なこの部分

冬のさなかに吹く風は
鬼を従え
蛇を泳がせ
あても果てしもない夜を
ただ 肉を噛み
肉を 食み


これは、なぜか歩いている時に頭の中に流れてきて、歩きながら小さな声で、または心の中で歌っている事が多い。

「今日の一曲」からはズレちゃったけど、こちらもまた日本的な陰のある言葉。
そして、どちらも、どこか怖ろしいほどに、心の深部に訴えかけてくる言葉、そして音楽なのです。

とりあえず、しっかりとレコードを聴いて、なんとも日本的な陰のある世界に浸って(クリスマスイヴだというのに!)、頭の中に流れてくる現象は落ち着かせる事が出来ました。

しかし、本当にこの曲、このアルバム、一生心の中から消えないのだろうな。