Category Archive : MUSIC

アコースティック音楽嗜好 ‐76‐

雑感(アイドルの楽曲について2)

前回の「アコースティック音楽嗜好」で、はじめてアイドルの楽曲(欅坂46の「サイレントマジョリティー」について)を取り上げました。
論旨としては、欅坂46の(特に初期の)楽曲には「アコースティックギターを生かすアレンジ」という戦略的な決め事があったのでは?というもの。

で、当然のように私のブログの読者には刺さらない。ほぼスルーされる案件でした。
が、懲りずにまたアイドルの事を書きます。

今日のお題は「アコースティックギターが効いているAKB48楽曲 TOP3」

TOP3の選出基準は、私の大好き度。

そして、例えば「365日の紙飛行機」のように、もろフォークソング的な曲は(大好きだけど)除外。

「青空よ寂しくないか?」(アルバム収録曲)のように微妙にフォーク基調の曲も(大好きだけど)除外。
MINTの「君について」のようにスローなバラード曲のバックで当たり前のようにアコースティックギターが鳴っているのも(大好きだけど)除外。

選択基準としては「アコースティックギターがかっこいいロック」に近い感じで。

AKB48関連の楽曲、今は何曲あるのか知らないけど(1,000曲レベル?)、一応、ほとんど全曲聴いていると思います。最近の曲はあまり聴き込んではいないし、フィジカルでも持ってないけど。

そんな中で、アコースティックギターが効いている曲を探せばいっぱい出てくると思うのだけど、そういうのはダメ。
あらためて聴いて探すのではなく「あの曲のアコースティックギターが大好き」と、強く印象に残っている曲だけをあげていきます。

って、誰も興味ないですよね・・・いいんです。

では、発表します。

第3位
「風は吹いている」

非常に重厚な曲調のバックに流れ続けるアコースティックギターのカッティングが、曲の雰囲気を形作っているような印象。メッセージ性のある歌詞と相まって、強く心に残っている曲。


第2位
「BINGO!」

※公式の動画がなかったので2010年薬師寺での公演を収めたLIVE動画です

この曲は、「ザ・アイドルソング」とでもいうような曲。
アコースティック・ギターは、うっすらと鳴っているのですが、ほぼ目立たない(それがまた良いのだけど)、しかし、エレキギターの間奏が終わった後に、リズム隊の音が全部消え、ほぼアコースティックギターのアルペジオだけをバックにサビのフレーズが歌われる。そこが最高に良い!


第1位
「君のことが好きだから」

これはもう、文句のつけようのない第1位。
左右のスピーカーから交互にかき鳴らされるアコースティックギターのカッティングで、いきなり心を持っていかれます。
楽曲も最高に好き。歌詞も曲もすごくレベルが高い。
そして、この最高の楽曲を歌っているのが、アンダーガールズという事もまた私の中でポイントが高いのだけど、それは楽曲とはまた別の話なので、ここでは語りません。
(アンダーガールズとは選抜総選挙で16位までに入れなかった17位~32位までの16人)

ちなみにこの曲の作曲者は織田哲郎さん。
この曲をYouTubeで検索していたら、なんと織田さんが、この曲をアコースティックギターで弾き語っている動画を発見しました!
おまけとして載せておきますので、ぜひ見て、聴いてください。
すごく楽しそうに歌っている姿を見て「織田さんも、この曲、気に入っているんじゃないかな?」と感じて嬉しくなりました。


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アコースティック音楽嗜好 ‐75‐

雑感(アイドルの楽曲について1)

「アコースティック音楽嗜好」でアイドルの話!?

以前、「PANTAさんとアイドルの話」というブログ投稿で、私は、アイドルを好きになる時に楽曲から好きになる傾向がある、という事を書きました。

そして、その投稿の中で
欅坂46の楽曲は素晴らしかった。
特に4枚目のシングル「不協和音」あたりまでは、カップリング含めて、全曲素晴らしかった。

と書いています。

パフォーマンスはもちろん素晴らしいのだけど、とりあえず楽曲の話なので、それは置いておいて、楽曲の良さ。歌詞の良さ。歌の良さ。諸々。とにかく素晴らしい。
そんな中、私にとって、何がそんなに素晴らしいのか?と、考えてみると、大きなポイントになっているのがアコースティックギターだという気がしてなりません。

4thシングルまでの数々の楽曲には、もしかしたら「アコースティックギターを生かすアレンジ」という戦略的な決め事でもあったのか?と思わせるほどに、実にかっこよくアコースティックギターが導入されているのです。

まず1stシングルの「サイレントマジョリティー」
この曲は、アイドルに興味のない人でもなんとなく知っているのではないでしょうか?
そして、私のようにアコースティックギターに過剰に反応するタイプの人でもない限り、この曲にアコースティックギターのイメージってあまりないのでは?と思うのですが、どうでしょう?
とりあえず、聴いてみてください。

いかがですか?
私は、この曲をはじめて聴いた時から、アコースティックギターがいい感じで鳴ってるなぁ、と思っていました。「アコースティックギターがかっこいいロック」(ロック?)にノミネートしたいほどに。

そして、この1stシングルのカップリング曲
「手を繋いで帰ろうか」「山手線」「渋谷川」「乗り遅れたバス」「キミガイナイ」
全曲、印象的なアコースティックギターがフィーチャーされています。
(ぜひサブスクなどで聴いてみてください)

お手軽系のアイドル曲だと、ほとんど打ち込みで生楽器を使っていないものも多くあります。
楽器を使う場合でもエレクトリックのバンドサウンド的な物が多く、これほど、しっかりと目立つ形で全曲にアコースティックギターがフィーチャーされているというのは、やはりちょっと意図的なもの(差別化的な?)があるのかと勘ぐってしまいます。
そして、私がこれほどまでに欅坂46に(まんまと)嵌った理由の一端は、間違いなくこのアコースティックギターサウンドにもあるのです。

※名曲「渋谷川」を歌う、昭和のフォークデュオ風ユニット、ゆいちゃんずに関しては、若干特殊な事案なので、そのうち別稿で取り上げたいと思います。取り上げるとは言ってません。あくまでも「取り上げたい」です。取り上げない可能性も高そうなので、一応動画を貼っておきます。


と、1stシングルだけで、随分長くなってしまったので、この項つづく(たぶん)。


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小泉今日子「夏のタイムマシーン」

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。

その他の私を形成しているものたち
私を形成しているもの 年譜(INDEX)


1988

小泉今日子「夏のタイムマシーン」(1988年発売)

1988年に発売された小泉今日子(以下KYON2と表記)のマキシシングル。

なんと9分43秒もある曲です。
G.F.R.「孤独の叫び」より6秒も長い!(笑)

さすがにこれは通常のシングル盤サイズではなくアナログ盤は12インチで発売されました。
CDは、今は亡き(?)短冊形のパッケージに入った8cmCD(私が持っているのはCD)

この曲が好きでたまりません。

1988年、当時、私は27歳。

今や、59歳(2020年時)、しかも男の私ですが、当時も今も変わらずに、この曲が描き出す世界に胸がキュンとしてしまいます。

ここにシェアしたのは「夜のヒットスタジオ」で披露した際の動画。
この9分43秒の曲を2週に分けて演奏、放送しました。5分を2回という異例の扱いです。
きっと歌詞を全部伝えたかったのでしょう。
(前半部分をシェア)

この時も、言葉のひとつひとつをとても大事に、丁寧に歌っているKYON2
ですが、私が最も感動したのは、この時ではなくて、1990年の24時間テレビでKYON2のコンサートを放送した時の事。

そこでのKYON2は、この曲の歌詞に対する思いを、かなりしっかりと時間をとって語ってから、歌い始めました。

心を込めて。

10分程度の長い曲を全編通して。

歌詞の内容は、大人になった自分が、16歳の自分に語りかけるという物。
若干長めに1番の歌詞を引用すると

夏のタイムマシーン 少女の私に伝えてよ
あの日探してた答えは今も出せないけど WOW… 
夏のタイムマシーン だいじょうぶだよと伝えてよ
あの日輝いてたその瞳に負けないくらい
一生懸命泣いて
一生懸命悩んで
一生懸命がんばっているから

これは、ほんの一節で、実際に歌われたのは10分近い曲にのせたとても長い歌詞。
KYON2が丁寧に言葉を紡ぎだし、その言葉のひとつひとつが心に沁みていきます。
まったく長さを感じずに、最後までしっかりとその言葉を噛み締めつつ、音楽に浸る事が出来ました。

そして、自然と情景が浮かんできました。
一度も少女だった経験のない私ですが、時の流れの中で、とまどい、迷い、懸命に生きる若い自分自身に語りかける、励ます、そういうシチュエーションを思い描く事は出来るので、途中から涙が止まりませんでした。


アコースティック音楽嗜好 ‐74‐

雑感(Rory Gallagherを聴きながら)

今朝、なんとなく初期のロリー・ギャラガーが聴きたくなって、この5枚組CD BOXの中から『Deuce』を取り出して聴いていた。

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RCサクセション 「ステップ!」

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。

その他の私を形成しているものたち
私を形成しているもの 年譜(INDEX)


1979

RCサクセション 「ステップ!」(1979年発売)

夜中、テレビを見ていたら(たぶん11PM)突然、RCサクセションが出てきた。

しかし、それは、私が知っているRCサクセションとは全く違うロックバンドだった。

小学生の頃、友達のお兄さん(頭脳警察3を持っていた人)に聴かせてもらったRCは、ちょっと素っ頓狂な声で、どこかすっとぼけたフォークソングを歌っていたのだが・・・

その夜見たRCは、ド派手な服を着て、濃い化粧をして、激しいアクションで歌いまくるヴォーカル、その隣にはキース・リチャーズのようなアクションでギターを弾く男。

曲は「ステップ!」

一発でやられた。

それ以来、頭の中から「ステップ!」のフレーズが消えなかった。

ほどなくレコード店で「ステップ!」のシングルを購入。

テレビで観た印象とは、随分違う音だと感じたけど(後にスタジオミュージシャンの演奏だと知る)、とにかくレコードで聴くことが出来る喜びは大きく、何度も聴いた。

B面の「上を向いて歩こう」も、泣きたくなるほど好きだった。

当時、RCのレコードは、全て廃盤状態だったので、RCの音に対する飢餓状態がしばらく続く。

そんな時、1980年のお正月。

NHK FMで放送されたスタジオライヴ、これが素晴らしかった!

エアチャックしたテープは、その後何年もの間、擦り切れる程、テープが伸びてしまう程聴いた。

さらに

シングル「雨上がりの夜空に」

ライヴアルバム『Rhapsody』

と順調に音源をリリース、あれよあれよと人気大爆発状態。
もちろん出るレコードはすべて買い、都内近郊でのLIVEへも何度か足を運んだ。

しかし、忘れらないのは、あの夜、偶然観た「ステップ!」
TVの画面越しにも伝わってくるものすごい熱気!

あれを観る事が出来たのは、本当にラッキーでした。


Mick Ronson 『Slaughter on 10th Avenue』

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。

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私を形成しているもの 年譜(INDEX)


2004

Mick Ronson 『Slaughter on 10th Avenue』(1974年発売)

ミック・ロンソンの初ソロ・アルバム『十番街の殺人』
このアルバムをはじめて聴いたのは、たぶん1978~79年頃。

なのに「私を形成しているもの」の年号を2004年にしたのは、このアルバムを本気で聴き込んで、本当の意味で好きになったのが、2004年だったから。

どういう事かというと、私、元々デヴィッド・ボウイが大好き、大好き過ぎるほど大好きだったので、ミック・ロンソンの事も、「ボウイの片腕」的に認識はしていました。
ソロ・アルバムもその流れで聴いていました。
内容的にもかなり好きでした。ただ、どこかボウイっぽい。
ボウイっぽいものを聴くよりも、ボウイそのものを聴きたい、そんな気持ちが強かったように思います。その頃の私は。
なにせ、デヴィッド・ボウイが大好き過ぎるほど大好きだったので。

ものすごく正直に言えば、若干軽んじていたのかも知れません、ミック・ロンソンの事を。

では、なぜ、2004年に突然「私を形成しているもの」入りを果たしたのかというと、その年に、仲間に誘われて「Mick Ronson Memorial」という(DJ & LIVE)イベントをはじめたのです。
(それ以前に、1993年にミックが亡くなり、その翌年に出た遺作的なアルバム『Heaven and Hull』を聴いていて、その頃から少しずつ自分の中でミック・ロンソンの存在は大きくなってはいました)

Mick Ronson Memorial 2004より (2004年4月29日 大塚 Back Beat)

イベントをやる以上は、もっと真剣に聴いておきたいと思って、当時CD化されていた、このアルバムをはじめ、ミック・ロンソン関連のアルバムをCDであれこれ買って、聴き込みまくりました。

本当の意味で、このアルバムの良さを実感し、心底好きになったのは、その時。
それ以後は、ミック・ロンソンの声、演奏、のみならず色々な人のインタビューで語られる人柄など、すべてが好きになっていきました。

Mick Ronson Memorial Band 2012(2012年4月29日 渋谷 La.mama)

その後、(番組WEBの制作に関わっていた)J-WAVEの音楽番組「Beat On The Road」で、1週間ぶち抜きのMick Ronson特集企画をぶち込み原稿を書かせてもらったり、なんだり。
それほどにミック・ロンソンという人の存在は自分の中で大きなものになっていきました。

「私を形成しているもの」としてアルバム『十番街の殺人』をあげましたが、作品単位の話ではなく、私を形成しているものは、ミック・ロンソンという人そのものかも知れません。

このアルバムの話をすると、全体を支配する、ちょっと暗くしっとりとしたトーンが好き。
1曲、1曲も全部好き。胸がしめつけつけられるような切ない気持ちになる箇所がいくつもあります。
あえて大好きな曲をあげると「Growing Up and I’m Fine」と「Music Is Lethal」
両方ともボウイが関わっている曲(前者は作詞作曲、後者は作詞)なので、若干ボウイ大好きバイアスかかっているかも知れません。ごめんなさい。


なんとなくシングル盤の話

中学生~高校生の頃、けっこうロック系のシングル盤を買っていた。
特に、ビートルズの物は、シングル盤にしか入っていない曲目当てで。

「Lady Madonna」のB面「The Inner Light」とか
「Let It Be」のB面「You Know My Name」とか

ビートルズでは、特にポール・マッカートニーが、シングル盤のみの曲をたくさん出していて、そういうのは一通り全部買っていたのだけど、知り合いにあげたりなんだりで、20代の頃に、ほとんど全部手放してしまった。

編集盤などで聴く事が出来るようになったのも理由のひとつだけど、シングル盤自体をあまり聴く事がなくなってしまったのだ。

1曲終わるごとに立ち上がって、次の曲をかける作業がめんどうで、その頃は、LPでじっくり聴くスタイルがしっくり来ていた。

CDの時代になると、収録時間も長くなり、さらにじっくり聴くようになったかというと、まったく逆で、流して聴くようになってしまった。
あまり集中して音楽を聴けなく(聴かなく)なってしまったように思う。

お年頃のせいか、メディアのせいか。

さらに少し時は流れ、いつの頃からか、改めてシングル盤を聴く良さに目覚めたというか、なんというか。1曲を集中して楽しむ時間が愛おしくなったのかも知れない。
と同時に、1曲ごとに盤を裏返したり、取り変えたりという作業が、さほどめんどうと感じなくなった。

それからは、1度手放してしまったビートルズ関係や、カーペンターズ、スージー・クアトロなど、ヒットした当時に買ってよく聴いていたシングル盤を中心に、またコツコツと買い集めるようになった。
いや、買い集めるというか、たまたま好きな曲のシングル盤を見つけたら買う、というゆるい感じで。

その頃は、中古のシングル盤は底値みたいな時期で、よっぽど珍しい物でなければ、100円以下。中には5枚100円、10枚100円なんて売り方をしている店もあったので、容易に買う事が出来た。

そして、今日は、そんなシングル盤の中からポール・マッカートニーのシングル盤をあれこれ聴いて過ごしていました。
という日記的な話に着地。

「アナザー・デイ」や「アイルランドに平和を」等々のように(当時)シングル盤でしか聴けなかった曲達に限らず、「ジェット」や「あの娘におせっかい」なんかもシングルで聴くとまたちょっと違った感じがして、それが妙に楽しく、次々と盤を取り換えては聴く。とても充実した時間を過ごせました。

特に「あの娘におせっかい」は、来日するかも騒動があった頃、毎日のようにラジオから流れていた曲で、思い出深い大好きな曲。LPだと頭にセリフが入っているけど、シングルだといきなりイントロから始まっていて、セリフがない。ただそれだけの事なのに、けっこう印象が変わって面白かったりなんだり。

コンプリを目指しているわけじゃないので、持っていないものもいっぱいあるんだけど、なんとなく全部欲しくなってしまった。
でも、今、アナログ盤価格高騰しているみたいだから、無理かな。

アマリア・ロドリゲスと父のこと

今日はとんでもなく暑かったけど、昨日、一昨日は、雨模様で肌寒かった。
気持ちも体調も落ち気味で、なんとなくアマリア・ロドリゲスを聴きたい気分。
昨日、一昨日と長い時間、アマリア・ロドリゲスを聴いていた。

1974年に発売された名作アルバム『コン・ケ・ヴォス』
1993年にOMAGATOKIからCD化されたものを、私は持っている。

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これはCD化されてすぐに入手、すごく嵌って、聴き込んでいた。
ある日、このCDを聴いていると、(当時、同居していた)父が話しかけてきた。

「アマリア・ロドリゲスみたいだな。」と

ふだん全くといいほど会話のない父と私。
しかも父には、音楽の趣味などなく、家でレコードやCDを聴く事もない。
意外だった。

「そうだよ。好きなの?」

少し話てみると大学生の頃から、よくファドやシャンソンを聴かせる店に行っていたらしい。
「暗いはしけ」がヒットしたこともあり、アマリア・ロドリゲスは、当時、かなり聴かれていたようなのだ。
父は、東京のお金持ちのボンボンなので、そういう店に出入りしていても不思議ではないのだけど、その後の人生で音楽的趣味を全く手放してしまっている事が、音楽にどっぷりはまって生きてきた私にしてみると、すごく不思議。

で、「暗いはしけ」は持ってないのか?というので、聴かせてあげた。

『コン・ケ・ヴォス』があまりにも素晴らしかったので、その後スグに、東芝EMIから出ていた4枚組CD BOXも入手していたのだ。「暗いはしけ」もしっかり入っています。代表曲ですから。

まあ、懐かしそうに聴いていたけど、特に話が広がる事もなく、ほどなく「ありがとう。」と言って部屋を出て行った。

父と音楽の話をしたのは、ほんの数回しかないので、どれも良く憶えていて、その中でも、アマリア・ロドリゲスは、特に印象に残っている。
アマリア・ロドリゲスを聴く度に思い出してしまうほどに。

他、数回の音楽話も書いてみると、

「暗いはしけ」に味をしめたのか、少ししてから「「マック・ザ・ナイフ」は持ってないか?」と話しかけられた。

STINGがカヴァーしたやつなら、『クルト・ワイルの世界~星空に迷い込んだ男』というオムニバスCDに入っているのだけど、父が聴きたいのは絶対にそれじゃないので「誰の?」と聞くと「シナトラかな」と言う。

残念ながら持っていない。
今ならサブスクでサッと探して聴かせてあげたかも知れないけど、あっさりと「持ってない。」で、話は終わり。

もうひとつは、ずっと時を遡って、映画『愛と哀しみのボレロ』公開時に、この映画のテレビCMでよく「ボレロ」が流れていた時の事。
独り言的に「ボレロかぁ、オーケストラ聴きに行ったなぁ」などと言っている。
クラシックを聴くイメージもクラシックの演奏会に行くイメージも全くなかったので、意外過ぎてよく憶えている。「ボレロ」を知っているだけでも超意外なのにオーケストラって!
母に聞くと、クラシックの演奏会には何度か連れて行ってもらったらしい。マジか!?

クラシックの演奏会に行っていたというのは、ビックリだけれど、考えてみれば私も子供時代にかなり色々な所に連れて行ってもらっていた事を思い出し、なんとなく納得もした。

しかし、趣味が広がったり深まったりしないのが本当に不思議。
特別「好き」というわけでもなく、なんとなく聴いていただけなのだろうか?

まあ、父のような人間から見れば、私の方が不思議なのかも知れないのだが。


父と交わした音楽の話は、これだけなんだけど、書いているうちに、「映画の話」と「色々な所に連れて行ってもらった話」を思い出してしまった。

そのうち気が向いたら書いてみようかな。

Jackson Browne『The Pretender』

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。

その他の私を形成しているものたち
私を形成しているもの 年譜(INDEX)


1976

Jackson Browne『The Pretender』(1976年発売)

高校1年の時の同級生UT君が、発売されたばかりのこのアルバムを買って、スグに貸してくれました。
その頃の私は、主に、ハードロックやプログレの有名どころを買っていた時期。
ウエストコースト系のアーティストにはまだ興味が向いていなくて、ジャクソン・ブラウンという名前を聞いた時に、はじめ黒人と勘違いするほどに何も知らなかった。
(その勘違いはたぶんジャクソン5、ジェームス・ブラウンからの連想)

とはいえ、なんでも聴いてみたいお年頃。
ありがたく借りて録音した所、これが私の心に大ヒット、大フィット。
それからは録音したテープを、毎日のように繰り返し聴き込みました。

優しく包み込むような声、歌い方。
時に力強く何かを肯定してくれるような声、歌い方。
アコースティック基調の耳馴染みの良い音、印象に残るメロディー。
そして歌詞。
すっかりジャクソン・ブラウンの描き出す世界の虜になりました。

歌詞を読みながら聴きたくて、ほどなく自分でも日本盤のレコードを購入。
それから、今日に至るまで、50年近くの間、年に数回は、必ずターンテーブルに乗るレコード。

音色面では、特に「Linda Paloma」のハープ(?)やギター類の、美しいアコースティック楽器の音色が堪らなく好きで、新しいオーディオ装置導入時には、必ず、この曲でアコースティック系の音色をチェックするようになりました。

とはいえ、それはあくまでも音色チェックのためだけで、このアルバムは、1曲目の「The Fuse」からラストの「The Pretender」までの流れがとにかく完璧!
全曲通して聴きたくなります。

今日、この文章を書くために久しぶりにレコードを聴いたのですが、やはり全曲通して、3回も聴いてしまいました。
このレコードの帯には
「深い悲しみと絶望の淵に立たされたジャクソンが、心から歌いあげる亡き妻への鎮魂歌!」
と書いてあります。
アルバム制作中に妻が自殺するという事件があり、その悲劇を乗り越えて完成させたアルバム。
どうしても、その事を頭に置いて聴いてしまうのだけど、それを抜きにしても色々な感情(やメロディーや音色や演奏、そして言葉)が心に触れ涙が出てくるような曲が詰まっています。

このアルバムについては、曲ごとに、もう少ししっかりと触れてみたくなりました。
とりあえず「私を形成しているもの」としては、私にとって特別なアルバムです、という紹介にとどめますが、また改めて、このアルバム『The Pretender』の事、そしてJackson Browneの事を、書いてみたいと思っています。



関連ブログ投稿
「The Pretender と洋楽日本語詞シリーズ」

アル・スチュワート(Al Stewart)のこと

アル・スチュワートのことを書く前に、今日も「(少しだけ)歌ってみた」シリーズから、1曲取り上げて紹介しようと思うのですが、さらに、その前に、まずは、一応枕詞的に宣伝を・・・

4月21日(日)川越 大黒屋食堂でのLIVEは、どるたんがソロ弾き語りで出演します。


今日、とりあげる「(少しだけ)歌ってみた」動画は、こちら

この曲は、イギリス(スコットランド)のシンガーソングライター、アル・スチュワートの曲。
1975年発売のアルバム『Modern Times』(邦題『追憶の館』)、1曲目に収録されています。

私はこのアルバムを、SONYの「ミュージックライフ選定 不滅のロック名盤」シリーズ、1500円の廉価盤で購入。
高校生の時です。
当時、新譜LPレコードは2500円前後だったので、廉価盤シリーズは本当にありがたくて、このシリーズや他社の廉価盤シリーズを何枚も買っていました。


ちょっと調べると、このSONY廉価盤シリーズ、1974年頃からリリースされていたようなので、1975年発売の『追憶の館』は、ほぼ発売と同時にシリーズ入りしたのではないでしょうか?
「不滅のロック名盤」という評価は定まっていない。しかも「ロック」という雰囲気でもないのでは?

まあ、そのおかげで聴く事が出来たのだから、それは良いとして。

この発売年を調べていてもうひとつ驚いた事があります。

アル・スチュワートは、『イヤー・オブ・ザ・キャット』『タイム・パッセージ』が日本でも多少売れたので、その辺のイメージが強い人も多いと思います。音的にはちょっとAOR寄りの感じ。

その辺も悪くないのですが、私は、ここで取り上げた『追憶の館』をはじめ、それ以前の物が、いかにもスコットランド出身のシンガー・ソング・ライターの作品といった趣があって好き。

なので、印象としては、あくまでも印象としては(2回言いました)『追憶の館』以前の作品は70年代中盤頃まで、『イヤー・オブ・ザ・キャット』以後の作品は80年代というイメージ。
しかし、なんと『追憶の館』が1975年、『イヤー・オブ・ザ・キャット』が1976年(『タイム・パッセージ』は1978年)の発売でした。

『追憶の館』は、出てすぐに「不滅のロック名盤」入りしてしまったので、もっと古いイメージがあったし、それ以後の作品はテレビの洋楽番組でも流れていたようなイメージがあるので、その間にはもっと大きな隔たりがあるような気がしていたのですが、わずか1年。隔たり的にはゼロ。

これには驚きました。

アル・スチュワートのアルバムは、その後も、「出れば買う」というスタンスでいたので『24 Carrots』(1980)、『Live Indian Summer』(1981)、『Russians & Americans』(1984)と持ってはいたのですが、正直言って、あまり熱心に聴き込んではいませんでした。
平行して、初期の作品も中古盤屋さんで「見つければ買う」というスタンスだったので、ほぼ買いそろえていて、どちらかといえば初期の作品に針を落とす事が多く、そのうちに新譜リリース情報も途絶えてしまいました。

そんなアル・スチュワートの音楽との再会を果たすのが1990年代になってから。
イタリアで仕事をしていた頃、毎日のように仕事帰りに寄っていたCDショップで見つけたCDがこれ

Al Stewart Live Featuring Peter White – Rhymes In Rooms

ジャケット写真にあるように、アコースティックギター、デュオでのLIVEアルバム。
これがなかなかの好盤で、当時かなり聴き込んでいました。

ほどなく、またそのCD店で見つけたのがこれ

Al Stewart – Famous Last Words

このアルバムは、ジャケット写真からして、好感しかありません。
内容も、初期の香りと、それ以後の完成度が、ちょうどよい具合にブレンドされているような印象で、かなり好き。

調べたところ『Rhymes In Rooms』が1992年、『Famous Last Words』が1993年発売なので、2枚とも発売時に買っていたようです。
そして、前述の『Russians & Americans』(1984)以後、この『Rhymes In Rooms』(1992)まで、アルバムは1枚も出ていませんでした。私があまり聴かなくなった時期に、アル・スチュワートも表舞台から消えていた事になりますが、復帰と同時に私の目にも止まったわけです。

そんな具合で高校生の頃から、長いつきあいのアル・スチュワートの音楽。
その中でも、一番思い入れがあり、聴き馴染みがあるのが一番初めに買った『追憶の館』
そしてそのアルバムの1曲目に収められた「Carol」を弾き語りカヴァーした次第。

この弾き語り動画をYouTubeにあげた当時、動画を観て、音楽評論家の小尾隆さんが反応してくれた事が、とても嬉しく心に残っています。
小尾さんは、残念ながら昨年亡くなられたのですが、私の動画やブログをよく見てくれていたようで、時折り素敵な反応をしてくれました。

もう少し心の整理がついたら、小尾さんの事もブログに書き残したいと思っています。


【追記】
このブログを書くにあたり、YouTubeでアル・スチュワートの動画を観ていたのですが、なんと近年のLIVEでけっこう、この「Carol」を演奏しているようです。
早く気づいていれば、もっと簡単に(動画の指を見ながら)コピー出来たのに!