投稿者: Dorutan

20250102 埼玉県 秩父市 秩父街歩き

2023 渋谷考」というブログ投稿をした時に思ったのですが、このブログには、音楽活動の事や、映画、音楽の事が主に書かれていて、どこかに出かけた話がほとんど書かれていない。
そこで、たまには過去に遡って写真フォルダを漁り、どこかに出かけた話も書いてみようかな、と思い立ちました。という事で

お出かけの記録


2025年1月2日 埼玉県 秩父市 秩父街歩き

1月2日は、秩父神社へ詣でた後、軽く周辺をブラブラ歩きました。

その前に!
そば処 大むらでわらじ丼

一昨年のお正月以来の大むらさんのわらじ丼。満腹、満足。

その後は、あてもなく、適当に歩く。
秩父の街は、何気ない裏通りにも面白い出会いが多くて、大好き。

実は、秩父の裏通りが、若い頃から何度も夢に出てきます。
行った事ないエリアなのに、すごくリアルに出てくる場所もあり、秩父を歩くたびに不思議な感覚に襲われます。

魅力的な建物がたくさんあって、歩いていて楽しくて仕方ありません。
特に歴史を感じるとか、特別な建物ではない何気ない所にも心惹かれるポイントが多々あります。

市役所近くにある山の神の木(ちちぶまちづくりの木)

1月10日からは療養期間に入りあまり歩き回れなくなったので、この時、良い天気のもと、しっかりと時間をかけて歩く事が出来て本当に良かったと思っています。


「お出かけの記録」年月日順INDEX

20250102 埼玉県 秩父市 今宮神社

2023 渋谷考」というブログ投稿をした時に思ったのですが、このブログには、音楽活動の事や、映画、音楽の事が主に書かれていて、どこかに出かけた話がほとんど書かれていない。
そこで、たまには過去に遡って写真フォルダを漁り、どこかに出かけた話も書いてみようかな、と思い立ちました。という事で

お出かけの記録


2025年1月2日 埼玉県 秩父市 今宮神社

1月2日、秩父神社へ詣でた事は書きましたが、実は、その日、今宮神社へも行きました。

今宮神社の事は知っていたし、場所も大体分かっていたのですが、これまで行った事はありませんでした。
この日は、昼食後、ブラブラと散策していた所、たまたま今宮神社へ辿り着き「これは呼ばれたのかも知れない」と思い、初めての今宮神社、お参りしてきました。

龍神が宿るという御神木。
秩父というと、秩父三社があまりにも有名ですが、今宮神社も強力なパワースポットとして人気があるようです。




写真はあまり撮らなかったのだけど、境内には、ご利益ありそうなスポットがたくさんありました。

住宅街にありつつ、境内全体から不思議な存在感を放つ今宮神社、魅力的な場所でした。


「お出かけの記録」年月日順INDEX

フィフティー・フィフティー

昨年中よく聞いたフレーズ「フィフティー・フィフティー」
言うまでもなく大谷翔平選手の50本塁打/50盗塁という大記録を表す、おめでたい言葉として聞いたフレーズでした。

しかし、私が先日(1月10日)聞いた「フィフティー・フィフティー」は、あまりおめでたくないフレーズ。
フィフティー・フィフティー=50% / 50%=5分5分(ごぶごぶ)
という意味として聞いた「フィフティー・フィフティー」

それは癌の転移再発可能性。

「再発可能性は、フィフティー・フィフティーなので抗がん剤治療で少しでもリスクを減らしていきます」という趣旨の話でした。

まあ、以前から聞いていた事なので、特に大きなショックはないのだけど「若干%あがってないか?」という気がして、過去ブログを調べてみました。

と、昨年12月のブログ「検査結果及び今後の治療からのLIVE告知」に、再発リスク40%~50%と書かれていました。
まあ、その時とは医師も違うし、言い方が変わっただけで、ほぼ同じ。
見立ては変わらず、しっかりと医師間、医療機関内の見解は統一されているようで、逆に安心しました。

ちなみに転移する場所は、肺とか肝臓とか、色々考えられるみたい。

そうなるとまた手術だなんだと大変だし、行動の制限も大きくなりそうなので、しっかり注意して生活していきます。

とはいえ、あまり神経質になる事なく、いつもどおり楽しく、やりたいことをやっていく所存。

無理はしないつもりなので、どこかで私に合う事があれば、それは無理せずに外出しているという事。
音楽活動をしていたら、無理せずに活動しているという事なので、過剰な心配はせずに接していただければありがたいです。
(行動できない時は迷惑かけてしまいますが、その時はごめんなさい)

幸い私の周りにはそうやって自然に接してくれる方々が多くいるので、これからも安心して行動、活動していけそうです。

新年早々病気の話ばかりですみませんが、どうぞよろしくお願いいたします。


初日……のつづき

さて、1月10日から始まった抗がん剤治療に関して、帰宅後にざっと初日の様子をブログにあげました(初日)。

今日は、ちょっと詳しい内容とその続き。

抗がん剤治療の初日は、点滴で抗がん剤投与。
その後、2週間朝夕食後に錠剤を経口投与。
その後、1週間はお休み。

という3週間1クールの繰り返しを8回、まず半年続けるというスケジュール。

初日の点滴自体は2時間程度と聞いていたので、朝行って、遅くなったとしても午後2時頃には家に帰れると思っていたのだけど、終わって家に着いたのは夜8時過ぎという事は前回書きましたが。

まあ、色々舐めていました。
という反省談を、自分自身の戒めのためにも、万が一同じ状況になった人への軽いアドバイス(になるかどうかは分からないけど)としても、書き記しておきます。

なんだかんだで、点滴が始まったのは15時頃(だったかな)。

この時点でかなり疲れていたので、点滴をしながら眠る気満々。
しかし、点滴室はリクライニングチェアで座って点滴を打っている人たちの姿が。
「ベッドじゃないのか~」と一瞬落胆したけど、初めての抗がん剤投与という事で、ベッドに案内され心の中でガッツポーズ。

そもそも私は点滴が大好き

という事を過去にブログで書いています。(2023年元日
長い投稿なので、点滴の部分を抜粋すると

そして、こんな事を言うと、重病などで長期入院しているような方に申し訳ないのですが、あくまでも私の場合として聞いて下さい。

私、謎熱で入院するのが大好きでした。

というのは、入院中だけは、夜、眠る事が出来るのです。
しかも昼間もいくらでも寝ていられるのです。
特に点滴されながらスーっと眠りに落ちていく時間に、本当に幸せを感じていました。
これまで眠れなかった分を取り返すかのように眠りまくるのです。

ただ、これまでの栄養補給系の点滴と違ってスーッと気持ち良く眠れるようなものではないのかも?と軽く分かってはいたつもりでした。

とはいえ、疲れていた事もあり、やはり点滴開始後気持ちよく眠りに落ちていく私。

何度か、看護師さんが「気分悪くないですか?」「痛みやしびれは大丈夫ですか?」と声掛けしてくれるのだけど、ぼんやりした頭で「大丈夫です」「問題ないです」と答え、また眠りに落ちる。

もしかしたら、この時点でかなり体に違和感はあったのかも知れないけど、私のボンクラ脳は「点滴大好き」という妙なポジティブ感に支配されていたのか、まったく問題なく、快適に点滴を終える事が出来たのです。

これがいけなかった!

点滴を終える頃に看護士さんが色々と副作用の説明をしてくれました。
説明というよりも雑談に近い感じで分かりやすい例をあげて親身に話してくれる感じで。

「冷たいものを触ると指先がすごく痛くなって、冷蔵庫のドアや中の物に触れないみたいな、生活に支障をきたす人もいます」
「この時期だと外に出ると冷たい空気に触れて頬が痛いという人もいます」

なんて事を、もっと色々と例をあげて、注意した方が良いですよ、と話してくれていたのだが、私まったく他人事のように聞いていたようです。

それを実感するのに時間はかかりませんでした。
ベッドから立ち上がり特にどこにも異常を感じることなく病院の外に出た私。

病院の玄関前にある彫像がライトアップされていたので、ちょっと写真を撮って行こうと、呑気にスマホを取り出し1枚。


ほんの30秒ほどの事だったと思うのだけど、突然指先に強烈な痛みを感じる。
「いててて!」と声が出るレベルの痛み。

「冷たい物や、冷たい空気に触れると痛みが出る」と言われていた事をしっかりと実感した瞬間です。

慌てて手をポケットに突っ込み小走りに車へと急ぐ。
すると、今度は冷たい風にあたった頬がピリピリと痛み出す、看護師さんに言われたやつじゃん!

ほどなく車にたどり着き、まだまだ事の深刻さを理解していない私のボンクラ脳はポケットから手を出し、車のドアノブへと手を伸ばす。

「いて!!!」けっこう大きな声が出たと思う。
静電気やビリビリペンどころの痛さではなく、なんと表現してよいのか、とんでもなく冷たい物に触れたような感覚で、とにかく痛かった(語彙力)。

しかも、その強烈な痛みはけっこう後を引く痛さ、痛みが引いた後もジンジンするようなしびれ感は続く。

ここでようやく手袋を身に着け、注意深く行動しないと、とんでもない目に合うという事を理解した私のボンクラ脳。

自宅に帰った後も、注意深く行動していたにも関わらず、いくつか痛い目にあっています。

それはまず家に入った瞬間。
フローリング(風)の床にスリッパも履かずに歩を進めてしまった私。
靴下越しにも「なんじゃこりゃ~!?スケートリンクか?」というほどの冷たさ。
慌ててホットカーペットのある部屋に小走りで向いスイッチオン。

手洗いも、うがいも出来なかった。
が、これは結果的にラッキー。
いつものように、洗面所に向かっていたら水でうがいして、水で手を洗っていた事でしょう。

少し落ち着いてから、キティちゃんの靴下に履き替えて、お湯でうがいと手洗い。

その後は、まあ冷たい系の痛みは回避出来ていたかと思われましたが、次に声が出るほどの痛みを覚えたのは、トイレにて。

ドアをあけ、便座カバーをあげるところまでは手袋をしていたのでOK。
その後、手袋を外し小さな用を足し終え、水を流す。

タンクの上から出る水で軽く手を流し、ペーパータオルでさっと吹いた後、キッチンの水場で石鹼でよく洗うのがいつものルーチン。

いつものように水で軽く洗おうと、手を伸ばし水に触れた瞬間「いて~!!」と、かなり大きな声が出ました。油断してました。水では手も洗えないのか!?

その後、トイレでは手を洗わず、ペーパータオルを持った手で水を流しドアを開け、キッチンの湯沸かしで洗うというルーチンに変更。

しかし、本当に舐めていたのですね、私。

冷たい物に関する知覚が強烈に過敏になっています。
これほど痛いとは!!

冷たい系だと、翌日の昼間、おやつにバナナを食べようとした時にも痛みを感じました。
バナナはふつうにキッチンの果物かごにあった(ちょっと寒いけど)常温のもの。

一本手にした瞬間
「いてっ!!これ釘打てるバナナじゃないの!?」(昭和感)
という感覚。これにはびっくり。バナナまでもが牙をむくとは。

冷たくて痛い系で印象的だったのは、こんなところですが、他にもいくつか書き留めておきたい事象がありました。

「冷たい物を飲むと、喉が閉まったような感じになって、中には過呼吸のようになる人もいる」という話を看護師さんから聞いていたけど、常温の水でもアウトでした。喉がキューっとしまって何かが詰まっているような感覚。

なんでも温かいものしか口に入れられないかも。

あと薬を飲む時に、いつまでも喉に引っかかっているような違和感があります。
喉が閉まっていて、実際に飲み込めていないのか、違和感だけが残っているのか、よくわからないけど、とにかくいつまでも喉の途中に固いものがとどまっているようで、気持ち悪く、毎回、大量にぬるま湯を飲んでいます。しばらくすると違和感は消える。

もう一つ食事の時に、口を開けると顎の関節がかなり痛い。左右両側ともに。
何度か口を開け閉めすると痛みは消えるのだけど、初めの一口は毎回かなり痛くてつらい。

この事例は聞いていなかったので、ちょっと検索してみたら、まったく同じ事象が日経メディカルに掲載されていました。

あとは、今回点滴を打ったのが左腕だったのですが、2日目の朝になってもまだ左の腕全体がしびれているようなジンジンとした感覚が続いています。若干動かしづらい感じも。
指先もちょっと変な感覚が続いています。

点滴後ほどの激痛は感じなくなったけど、これから2週間薬の経口投与は続くので、完全に収まる事はないのでしょうね。

喉の違和感、声が出しづらい感覚もあるし、これはギターを弾きながら歌う人としては、(今現在の状態では)かなり致命的。

まあ、まだ2日目だからなんとも言えないけど、これを克服して音楽活動をしている人も周りにいるので、心強い。

私もまったく希望は失っていないので、大丈夫。
焦らず、しっかりと、整えていきます。


余談ですが、付き添ってくれたマネージャーは、お父さんを胃癌で亡くしていて、抗がん剤治療時のつらそうな様子も見ていたとの事で、点滴後の私がふつうに、というかむしろ元気そうに歩いている事にまず驚いていました。

そして、食事もふつうに摂れている事、食欲が全く衰えていない事にも驚きを感じていたようです。

まあ、当時より抗がん剤も改善されている事でしょうし、単純には比べられないけど、とりあえずは軽くて良かった。


もうひとつ余談を、抗がん剤というとどうしても考えてしまう問題について看護師さんが説明してくれました。それは抜け毛。
医師からも、この薬は抜け毛はあまり心配ない、との説明を聞いていました。
その時、私がはじめに思った事は「ブログネタがひとつ減って残念」という事。
真剣に悩んでいる方には申し訳ないのだけど、私がもし丸坊主になったら、62年ぶりの丸坊主なので、その時、写真館で撮った丸坊主(かつ丸裸)写真と並べて、63歳丸坊主写真をブログに掲載しようと思っていたのです。
看護師さんからは「多少抜け毛の可能性もあるので、その際には色々相談出来る窓口も・・・」と話がありましたが「大丈夫っす!抜けてもハゲてもOKっす!」と返事しておきました。



「Five Miles Out」Mike Oldfield

昨日、病院の待合にいる時に唐突に頭の中に響き渡った1曲。

マイク・オールドフィールド(Mike Oldfield)の「Five Miles Out」

これはマイク・オールドフィールドの歌物の中でも、けっこう好きな曲で、20代~30代の頃、なんとなく心の落ち着きがない時に大音量で聴く事が多かった。

頭の中に流れてくる事もたまにはあった気がする。

そんな曲が、突然病院の待合で頭の中にヘヴィロテ状態。

そして一夜明けた今日の午前中になっても気になっていた「Five Miles Out」をしっかりと聴いて、頭の中から、空中へ、天上へと解き放ちました。
またいずれ頭の中に流れる事もあるでしょう。

この曲は、アルバム『Five Miles Out』のタイトル曲。
アルバムは発売当時(1982年)UK盤で買いました。
今ここには、アナログ盤は、あまり置いていないので、それは聴く事が出来なくて、アルバム『Five Miles Out』CDも持っていないので、手持ちの2組のベスト盤からそれぞれ何度か聴きました。

(我が家の復活再生のシンボル、パセリさんと2組のCD、土にピントがあっているのはご愛敬)

両方とも日本盤なので訳詞が入っているのもありがたい。
しかも、それぞれ違う方が訳しているので、それも面白かった。

『The Complete MIKE OLDFIELD』の方は、渡辺淳さん
『elements』の方は、須美久さん
が訳しています。

この曲、これまではさほど歌詞を意識していなかったのだけど、冒頭に貼り付けたMVを何度も観ていたので、大体の雰囲気はつかめているつもりでした。

嵐に巻き込まれたパイロットと管制塔との交信
嵐を脱出するまであと5マイル!

みたいなやりとり。
モジュレーション系のエフェクトをかけたマイク・オールドフィールドのパイロットからの緊急連絡
優しく語りかけるようなマギー・ライリーの歌は、管制塔からの状況説明と励ましの声

訳詞を読んでみても、大筋はあっていました。

須美久さんの訳詞は、状況を的確に把握し、パイロットと管制官それぞれの言葉として正確に訳されていると感じました。緊迫感も、願いも伝わってくる。

対して、渡辺淳さんの訳は、こう言っては申し訳ないけど、中学生が英語の教科書を訳したような文章。

いきなり
「落ちていく時 どうしたらいいのだろう 失速し 30度で降下中」
って、自分に問いかけちゃってる。パイロットからの緊急連絡だという事を考えずに歌詞の文章をただ訳しただけ。

対する須美さんは同じ箇所を
「墜落する―――どうすればいい? 機首の角度は30度」
と訳しています。
状況も緊迫感も的確に伝わってくる。

渡辺さんの訳詞は、後半詩的な表現を多用してそれなりに読ませようとする工夫は分かるのだけど、そういう部分もまた、須美さんの的確な状況説明、緊迫のやり取りの方が結果として気持ちも伝わるように感じました。

って別にこんな粗探しをしたいわけではなかった。

2つの訳詞とにらめっこするように、しっかりと言葉を受け止めつつ、何度か聴いてみて、なんとなく腑に落ちたのが、病院で突然頭の中に流れてきた事の意味。

この歌詞、最後どうなったのか?そこはまったく描かれていないのです。
「あと5マイルで、脱出できる」
というエリアでの交信だけ。

何度目かの鑑賞中に、もうすっかり英語の歌詞のままで、状況が分るようになっていて

Our hope with you

以後の管制官の言葉で、ちょっと涙してしまいました。

私も同じ言葉をかけていただき、最善のコースに向かって(いると信じて)Climingしているので。



初日

今日から、抗がん剤治療が始まりました。
朝、8時台に家を出て、帰ってきたら夜8時過ぎ。

会計が終わって外に出たら真っ暗!そして極寒(というほどではないけどすごく寒かった!!)!

なんだか、色々と舐めてたかも。
どんなに遅くなったとしても14時には終わるだろうと、多少大げさに見積もっていたのだけど、大げさどころか少なく見積もり過ぎでした。

初回という事で、イレギュラーな検査やら、オリ(エンテーション)やら、諸々あった上に、年末年始で病院に来られなかった人たちが大勢押し寄せていた、という話もチラホラ聞こえてきました。

しかし、まさか12時間も家を空ける事になるとは思っていなかった。

しかも、舐めていたのは、時間に関する事だけじゃなくて、ちょっと色々と。

具体的に書きたいのだけど、さすがにちょっと疲れているので、今は無理。
明日、元気だったらつづきを書きたいと思います。
別に誰も興味ないかも知れないけど、記録として書きとどめておきたいので。

では、今日の所はおやすみなさい。

David Bowie cover集

今日は、1月9日

昨日、1月8日は、David Bowieのお誕生日
1947年生まれなので、生きていれば78歳

そして明日、1月10日は、David Bowieの命日
2016年69歳で没なので、亡くなってから9年

という事で、今日は特に何でもない日なんだけど、誕生日と命日にはさまれた日
David Bowieの音源を色々と聴いてBowieを偲んでいました。
と言っても、私、未だにDavid Bowieが死んだ事をしっかりと受け止めていなくて、しっかりと悲しむ事も出来ないまま9年経ってしまいます。

今日も、偲ぶというよりも、ふつうに音源を聴いて過ごしていただけ。

さて

David Bowieの音源や映像は各自それぞれいくらでも聴いたり観たり出来る事なので、今日は、私、どるたんによるDavid Bowieのcover動画集をアップいたします。

つい一月ほど前にも、アトリエよぎで何曲か弾き語りをしてきたばかり。
まずは、その動画から、どるたん with エイジで「 Space Oddity/Five Years/Moonage Daydream/Rock’n’ Roll With Me」4曲ダイジェスト版

この2人で、もうひとつ
やはり、昨年の12月に演奏したものを。
David Bowie coverと言っても、ちょっと変則的に、私が日本語で歌詞をつけた「Rock’n’ Roll With Me」

以上、2本はもっとも最近のもの

逆に、YouTubeに上がっている中で最も古いDavid Bowie coverは、2012年のMick Ronson Memorial Bandによるもの。

「Starman」と「夜をぶっとばせ」を

そしてこれは、David Bowieの訃報を知った後のLa.mamaでのライヴ
ひとりでオリジナル曲を弾き語りする予定だったのだけど、急遽、Mick Ronson Memorial Bandのりょうちゃんと2人で、David Bowieの曲だけを演奏してきました。
その中から「世界を売った男」を

そして次は、一人で多重録音、宅録したもの。
コピーという行為が苦手でほとんどやってこなかったのだけど、これは、しっかりとがんばってギターを耳コピしてみました。超貴重。
曲は「Eight Line Poem」

最後にもう1つ
ラフに自宅で弾き語りしたものです。
曲は「Janine」

こう見ると、YouTubeに上がっているのは70年代の曲ばかりですね。
80年代以降の曲も折々に取り上げているのだけど

これまでに、色々なcover曲をYouTubeにあげてきましたが、David Bowieのcoverが一番多いはず
次点は、Kevin Ayersか、PANTAか
全員故人ですね……なんと

久しぶりに『ブラック・ウィドウ』を観直した

今日は、なんとなく『ブラック・ウィドウ』を観直していた。
公開時に映画館で一回、Disney+で観られるようになってから一回観ている。

今回は、じっくり時間をかけて、気になる所は巻き戻したりしながら観てみた。

公開時には、まあ、ふつうに楽しめたのだけど、「いま、ナターシャの過去を掘り下げる意味って?」みたいな感情で観てしまった。

タイトルが『ブラック・ウィドウ』だし、ポスターなどのヴィジュアルもほとんどナターシャだけがクローズアップされていたし、そういう映画なのだろう、との先入観が強かった。

そして、強く印象に残ったのは、冒頭の子供時代のナターシャ。
そして後半の空中からの落下アクションシーン。

もちろん、ドラマとしても楽しめたし、小ネタの数々にニヤリともした。
ただ、全体的にあまり印象深い映画ではなかったのです。その時は。

「ああ、ナターシャの生い立ち~少女時代って、そういう感じだったのね。」
「シビルウォーの後、ナターシャにはそんな事があったのか!?」

見終わった後の感情はそんな部分が強かった。
まんまとナターシャ中心に観ていたから。

今回、ナターシャ以外の人たちの事を色々考えながら観たせいか、よりドラマとして面白いと感じて、初回映画館で観た時よりも、二回目にDisney+で観た時よりも、何倍も楽しむ事が出来た。

この映画は、ナターシャの過去を描いてはいるものの、エレーナのオリジンを描く映画としての役割が大きい事に今更ながら思い至る。
むしろ、制作陣はそれが目的で作ったのでは?とさえ勘ぐってしまう。

「なんで今更ナターシャの過去を描くのか?」と思わせておいて、実は、今後のMCUのために、重要なエレーナのオリジンストーリーを描くというのが、本当の目的だったのかも知れない。

同時に、レッド・ガーディアン誕生について語られ、タスクマスターの悲しき誕生秘話についても描かれているので、『サンダーボルツ*』を観るうえでも重要な映画。

やっぱりMCUは、しっかりとした未来の設計図を持って描いているのだな。
もちろんそれは分かっていたし、そういう未来につながる部分もしっかりと観ていたつもりだったのだけど、『サンダーボルツ*』の事を頭の片隅に置きながら観たら、より面白さがアップしたし、この映画の重要度が自分の中でグンとあがったという話。

観直して良かった。MCUあるあるだけど。

七草粥…か?

今日は、1月7日、七草粥を食べる日。

しかし、毎日がほぼほぼ休日の私には日付の感覚が無く、朝はうっかりパンとコーヒー。
昼はカレーライスを食べてしまいました。

午後のニュースを観て、ようやく今日が1月7日だと気づく体たらく。

それでは、夕食にはお粥を作りましょう。

と言っても、春の七草の用意はございません。
まあ、毎年、ちゃんとした七草粥ではなく、手持ちの野菜を適当に入れて作っているので、今年もそんな感じで。

冷蔵庫や野菜入れの籠をあさって、人参、さつまいも、大根、ほうれん草、ネギ、キャベツ、白菜を見つけ、細かく刻む。
全然春の七草じゃないんだけど、七種類にはこだわってみました。一応。

さらに、朝粥ではなく夕ご飯なので、多少はガッツリ目でタンパク質も欲しいと思い、豚の挽肉少々、玉子1個を加えて土鍋でぐつぐつと煮込む。

七草粥ではなく「七種の野菜と挽肉、玉子の雑炊」と言ったところ。

とはいえ、七草粥同様に、無病息災を願って作り、無病息災を願って残さず食べました。

おいしかった~

「印象的に残った」って何よ

かねてから気になっていた言葉遣いで「有効的」というのが、どうにも納得出来なくて、過去に何度かSNSでボヤいていた。

転載すると

この夏は、NHK高校野球の中継をよく見ていたのだが、アナウンサーの言葉使いが気になって仕方なかった。

「今のバントは有効的でしたね。」
「どんなボールが有効的でしょうか?」

この「有効的」ってやつ、少し前から気になっていたんだけど、一試合に何度もこの表現が出てくる。それまでは、私の人生において「有効的」なんていう言葉は、使った事もなければ聞いた事もなかった。
「効果的」または「有効」だったら分かる。

「どんなボールが効果的でしょうか?」
「どんなボールが有効でしょうか?」

これならすっきりするのだが

「どんなボールが有効的でしょうか?」

って、ものすごくモヤっとするのです。
「友好的」じゃないんだからさ。

とはいえ、言葉を商売にしている(大NHK様のたぶんそれなりにベテランっぽい)アナウンサーが使う言葉なのだから・・・
私の感覚がおかしいのでしょうか?

これは2019年のボヤきですが、2017年にもほぼ同じ内容でボヤいていました。
そして、今日また、NHK午後4時台の「ニュースーン」という番組内で聞いた、アナウンサーの言葉にものすごくモヤっとしたものを感じてしまいました。

内容は、能登の塩づくりに関する事。
朝ドラ「まれ」の中でも、その塩づくりのシーンが出てくる。
田中泯が演じるまれのおじいさんが塩づくりをする場面を流しながら「印象的に残っていると思います」と言ったのです。
※語尾の表現は違うかも知れないけど「印象的に残っている」という使い方をしていた

「印象的に残る」って何よ?
「印象に残る」もしくは「印象的」じゃないのかな?

「印象に残っていると思います」でいいじゃん。
とテレビの前でボヤいていたら、もう一度念を押すように

「印象的に残っています」

と言いました。

これすごく引っかかったのですが、あまり気にしない人の方が多いのかな?

試しに ”印象的に残った” で検索してみると、けっこうな数がヒットします。

これはNHKのWEBサイト内での使用例
https://www.nhk.or.jp/hearttv-blog/1500/150613.html

Q. 先生の言葉で「孤立」「つなぐ」この2つの言葉が
非常に印象的に残ったのですが。何回も言われていましたよね。

と書いてある(というか発言している)けど

非常に印象に残ったのですが。
非常に印象的だったのですが。

で良いのでは?
というよりも、こちらの方が正しい使い方なのじゃないでしょうか?

特に最近、何にでも「的」をつけたがる風潮があるような気がします。

「有効的」や「印象的に残った」って、NHK的にはOKなのでしょうか?
NHKのアナウンサー的にはありなのでしょうか?