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Radiohead – SUMMER SONIC 2003

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。

その他の私を形成しているものたち
私を形成しているもの 年譜(INDEX)


2003

画像はSUMMER SONIC WEB Siteより

Radioheadに関しては、1stインパクトを受けた、1stアルバム『Pablo Honey』(1993)を取り上げようかとも思ったのだけど、その10年後、さらにそれを上回るインパクトを与えてくれた、SUMMER SONIC 2003 でのステージを取り上げる事にしました。



この年のサマソニは、忘れがたい出来事が数多くありましたが、ここではRadioheadのステージにしぼって。

ステージ上手側、かなり前の位置に陣取り、この年のラストを飾るRadioheadの登場を待つ。

オープニングは当時の最新アルバム『Hail to the Thief』からのシングルカット曲「There, There」
何か呪詛的な物でもはじまるかのような太鼓のリズム。
と同時に大歓声。
トム・ヨークの歌が入るとさらに歓声が大きくなる。
トムも、初めから飛ばしている感じで、充実した表情が見て取れる。

実験的な2枚のアルバム『KID A』『Amnesiac』からの曲と、それ以前の比較的ポップな曲、そしてその両方を併せ持ったような最新アルバム『Hail to the Thief』からの曲が何の違和感もなくつぎつぎと演奏される。

トムの何か吹っ切れた表情を見ているだけでも、感動が押し寄せてくる。
前回見た、2001年、武道館公演での思いつめたような顔とは別人のようだ。

中盤に演奏された「No Surprises」で泣きそうになり、「Just」でこの上なく高まり、「Paranoid Android」のイントロに歓声を上げ。

ものすごい盛り上がりの中、『KID A』からの「Everything in Its Right Place」
大きな余韻を残したまま本編終了。

そして、ほどなくアンコール。

「Pyramid Song」「A Wolf at the Door」とつづく
夜風の中、音に身を任せ、体が自然に揺れる。疲れを忘れ、心地良さに酔う。
すると3曲目、きました!大好きな曲。
「KARMA POLICE」
イントロを聴いただけで、涙目に。
この日、ここで、聴く事が出来て本当に良かった。
「This is what you get♪」ジーンとしながら一緒に歌う。
そしてエンディングを迎え曲が終わる。余韻を噛み締め、これでコンサートも終わりか。

と、誰もが思っていたはず。
もちろん私も。

すると、なんと、ななななななんと「Creep」が!!!!

「うぎょわーーーーー!!」とわけのわからない歓声を上げながら隣にいた人と顔を見合わせ、抱き合う。

この曲は、ある時期からライヴでは封印されていて、一生、生で聴くことは出来ないのだろうと思っていたのだ。
トムは、何もかも受け入れそして吹っ切ったのだろう。
『Hail to the Thief』は、そのきっかけになるアルバム。
「There, There」の太鼓の音は、呪詛の音ではなく、呪詛から解き放つ音。

「Creep」を歌うトムの声を聴きながら涙が溢れ出した。
「She’s Running Out・・・♪」一緒に歌いながら涙がとめどなく流れる。
元々涙腺がゆるい私ですが、この時の涙の量は異常。
でも、周り中みんなそんな表情なので、問題なし。

例えようのないぐらい大きな感動の中、コンサートは終了。

と同時にサマソニの終わりを告げる打ち上げ花火。大歓声。
心地良い余韻の中、夜風に吹かれ家路に着きました。

この上なく 幸せな1日。

20220330 中野サンプラザ周辺

2023 渋谷考」というブログ投稿をした時に思ったのですが、このブログには、音楽活動の事や、映画、音楽の事が主に書かれていて、どこかに出かけた話がほとんど書かれていない。
そこで、たまには過去に遡って写真フォルダを漁り、どこかに出かけた話も書いてみようかな、と思い立ちました。という事で

お出かけの記録


2022年3月30日 東京 中野サンプラザ周辺

昨年の7月で閉館となった中野サンプラザ。
中野サンプラザホールは、1980年、THE POLICEの初来日公演をはじめい思い出多き場所でしたが、2022年3月30日の小泉今日子「Kyoko Koizumi 40th Anniversary 小泉今日子ツアー2022 KKPP」へ行ったのが、私にとって最後の中野サンプラザホールとなってしまいました。

過去ブログ投稿参照
1980年2月、The Police初来日公演
KKPP 覚え書き1 (開演前編)
小泉今日子ツアー2022 KKPP

例によって車で行ったので、早めに出て、早めに着き、近くの駐車場に止め、周辺を少しだけ散歩。

サンプラザの横あたりに、お犬様の銅像。
五代将軍徳川綱吉の「生類憐みの令」で保護された「お犬様」たちのための広大な御囲(通称犬屋敷)がこの辺りにあったそうな。

この辺は、中野セントラルパークというそうな。
はじめて行きました。
「行った」というか、ぶらりと通り過ぎただけですが。

中野には、わりと行く機会があるのだけど、大体スタジオ練習のためで、スタジオ近くに車を止め、終わるとすぐ帰るという感じ、あまり周辺散歩などしていないので。
知らない所、変わった所、いっぱいあるのでしょうね。

さほどゆっくりする時間もなく撮った写真はこれだけ、中野サンプラザへ。

そしてサンプラザホールにて、「Kyoko Koizumi 40th Anniversary 小泉今日子ツアー2022 KKPP」を満喫いたしました。




「お出かけの記録」年月日順INDEX

3つのヴィヴァルディ『四季』

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。

その他の私を形成しているものたち
私を形成しているもの 年譜(INDEX)


1973 印象派の『四季』 Felix Ayo, I Musici
1994 鮮烈な『四季』 Gil Shama, Orpheus Chamber Orchestra
2012 ヴェネツィアでの『四季』 I Virtuosi Italiani 

1973

Vivaldi – Four Seasons : Felix Ayo(Vn), I Musici (1959録音)

初めてヴィヴァルディの『四季』を(それと意識して)聴いたのは、中学1年の音楽の授業。
音楽の教師が、それなりに立派な再生装置で、レコードを聴かせてくれた。
「演奏はイ・ムジチ合奏団、ヴィヴァルディの『四季』では、彼らが一番有名な演奏者」みたいな前振り説明。
説明の内容はうろおぼえだけど、イ・ムジチ合奏団という名前はしっかりと記憶に残り、その後少しして、同じレコードを手に入れた。

それから何年もの間、私にとっての『四季』は、イ・ムジチの奏でる『四季』
なんとなく日曜日の午前中に聴くのが習慣というほどではないが、日曜日の午前中に聴きたくなるレコード。
何かと尖り気味、擦れ気味だった10代の私の心を少しだけ優しく包んでくれた、そんな音。
特別「好き」と意識するわけでもなく、私の中に自然に流れ続けてきた音楽。


1994

Vivaldi – Four Seasons : Gil Shaham, Orpheus Chamber Orchestra(1994発売)

ある日、BresciaのCD店RICORDIのクラシックコーナーに大量にディスプレイされていた新譜CDが、これ。
ドイツ・グラモファンのCDらしからぬ、ジャケットデザインに目を惹かれ手に取ってみると、どうやらこのモノクロ超どアップ写真はギル・シャハム。一緒に演奏しているのは、オルフェウス室内合奏団。そして演目は『四季』。
ものすごく興味をそそられ、即購入。

オルフェウスは、イ・ムジチと同様に、指揮者を置かないスタイルの合奏団で、当時、私は、オルフェウスの演奏するモーツァルト物を何枚も買っていたのだ。

アパートに戻り、聴いた時の衝撃が忘れらない。

これまで聴いてきたイ・ムジチの『四季』とは、何もかもが違って聴こえた。
鮮やかさ、華やかさ、煌めきとでも表現すればいいのか。
テンポ感もまるで違う。
わくわく、ドキドキするような気持で聴く『四季』、初めての体験だ。

例えていうならば、イ・ムジチの『四季』は、印象派の風景画。
ギル・シャハムとオルフェウスの『四季』は、高精細で美しいデジタル風景写真。

それほどに、まったく違う『四季』だった。

その後、日本に帰ってからも『四季』を聴きたい時は、このCDをかけていたのだけれど、ある日、なんとなくレコードでイ・ムジチの『四季』を聴いた時に、泣きたくなるほどの感動を覚えた。

もしかしたらその感動の正体は、演奏云々ではなく、10代の自分の心に対する郷愁だったのかも知れない。
その時から、イ・ムジチの『四季』は、印象派の絵画のようだ、と感じるようになった気もする。

印象派とデジタル写真、同じ風景を切り取ったとしても、まったく違う表現手法。
そして、そのどちらにも、違った美しさがある。
当たり前の事だけど、それを強く実感し、それからは、その時の気分でイ・ムジチの『四季』も、ターンテーブルに乗る回数が増えていった。


2012

I Virtuosi Italiani CONCERTO NELLA CHIESA DI VIVALDI (31/12/2012)

2012年の大晦日。ヴェネツィアの(ヴィヴァルディゆかりの)ピエタ教会で、I Virtuosi Italianiの演奏による『四季』を体験した。
それは、イ・ムジチの『四季』とも、ギル・シャハムとオルフェウスの『四季』とも違う、つややかな美しさをたたえた『四季』
特別な空間に響く弦楽器の音色。

この体験は、自分の中で何かひとつ実を結んだというか、心の中の空間に不確かな形で漂っていたものがゆっくりと形を成してゆくような不思議な感覚。
時の流れも空間も超えて、ヴィヴァルディが生まれたヴェネツィアという地で巡り合えた『四季』をどこか神秘的と言ってもいいような気持ちで味わっていたのだ。

イタリアの音楽、ヴェネツィアで作られた音楽、という事など意識する事もなく、10代の頃から自分の中に自然に流れていたヴィヴァルディの『四季』
1994年、そのイタリアの地で鮮烈な『四季』に巡り合い、2012年の大晦日には、ヴィヴァルディ生誕の地ヴェネツィアで『四季』を体験した。


さらに、この体験から10年ほど経て、自分自身の中で形になり「Vivaldi」という曲が生まれたのだ。


20230128 福生 アルルカン 樋詰司展

2023 渋谷考」というブログ投稿をした時に思ったのですが、このブログには、音楽活動の事や、映画、音楽の事が主に書かれていて、どこかに出かけた話がほとんど書かれていない。
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お出かけの記録


2023年1月28日 福生 アルルカン 樋詰司展~みたかったそら2023 Vol.1

福生での樋詰司展には、何度か行っているのだけど、今年は行きそびれてしまいました。
これは、昨年1月のもの。

静かな空間と、作品が一体化して醸し出す空気。
ついつい時を忘れて落ち着いてしまいます。

シフォンケーキとコーヒーのセットを注文。

ふだん食べ物の「映え写真」など撮る習慣がないので、テーブルに置かれるとスグに一口食べてしまう私。
映えない写真ですまん。

この空間を満喫しながらのコーヒータイム、幸せな時間でした。



「お出かけの記録」年月日順INDEX

2024年2月後半に観た映画

2月後半は、ものすごく暑い夏日だったり、とても寒くてがっつり雪が降ったり、とんでもない強風が吹き荒れたりと、気温や気圧に体が翻弄されたのか体調崩し気味で、あまりしっかりと映画を観る事が出来ませんでした。頭痛が軽い時を見計らって、布団の中でタブレットで映画を観るとか・・・そんなわけで「観た映画」史上最小本数となりました。


☆印は、映画に対する評価ではなく、あくまでも個人的な好き度ランク。
☆5つ=大好き、☆4つ=好き、☆3つ=ふつう、☆2つ=ちょっと苦手、☆1つ=苦手
という感じ。


2024年2月後半に観た映画
2024年2月後半に観た映画

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マウリツィオ・ポリーニ/1996年 ミラノ スカラ座

私を形成しているもの

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1996

1996年2月5日、ミラノ スカラ座 マウリツィオ・ポリーニ 演奏会
MAURIZIO POLLINI – Beethoven Piano Sonata 05/02/96 Teatro alla Scala, Milano, Italia

ミラノ スカラ座
ここに来るのは前年の5月8日、アルゲリッチとラビノビッチのピアノデュオを見て以来。

この日の出演はマウリツィオ・ポリーニ

プログラムはベートーヴェンのピアノソナタop.31 n.1、op.31 n.2(テンペスタ)、op.31 n.3、op.53(ワルトシュタイン)という、私レベルの「なんとなくクラシック好き」にも分かる選曲。
というか、この曲が入っているポリーニのCDを持っていました。

この日のポリーニは、私でも気づくようなミスタッチが何度かありました。
そんな時、一瞬だけふと現実に戻るのだけど、またすぐポリーニの描き出す音の世界に引き込まれていきます。
劇場の歴史や空気感もあるのかも知れませんが、ポリーニの弾くピアノの音が宙を舞い、空間を支配する様にただただうっとりと聴き惚れるのみ。

小さなミスなど超越する充実した演奏だったように思います。
ポリーニ自身も演奏後に満足そうな笑顔を浮かべ万雷の拍手に答えていました。

この日聴いたポリーニの演奏は、すごく滑らかで、聴いていると魔法にかかったようにスーっと音楽に引き込まれてしまう、そんな魔力のようなものを持っていると感じました。前述のようにそれには劇場の持つ力も加担しているのかも知れません。

激しい部分でも滑らかに、流れるような指使いで、美しい音楽を奏でてくれました。
至福の時。

そして白状すると、実は私、この頃まで、ベートーヴェンの音楽が若干苦手でした。
対照的にモーツァルトは大好き。

これ例えると、私にとってモーツァルトがビートルズで、ベートーヴェンがストーンズという印象。
ストーンズも聴きはじめの頃は、ヒット曲以外はあまり面白くない感じがしていました。
展開的にも当たり前というか、驚きがないというか、若干退屈な印象だったのですが、聴いているうちにじわじわと好きになっていきました。

今では、ストーンズ大好き!(ビートルズは特別な存在)

同じように、この頃から、ベートーヴェンは「苦手」から、ちょっと「好き」に変わってきました。
それは、イタリアでの生活中に、素晴らしい生演奏でベートーヴェンの音楽を聴く機会が何度かあった事も大きく影響しているでしょう。

ここで、少しビートルズの話に戻ると、ビートルズ登場以前のロックン・ロールが、私は若干つまらないと思っている所があったのだけど、ジョン・レノンのアルバム『ロックン・ロール』で聴くロックン・ロールのカヴァー曲達は実にかっこいい。ジョンの『ロックン・ロール』を聴いた後の耳で、元の曲を聴くと、元の曲までもがこれまでとは違って聴こえてくる。かっこよく思えてくる。という経験を思い出しました。

ポリーニの弾くベートーヴェンを聴いて、それと似たような気持ちを感じたのです。

ベートーヴェンが「苦手」から「好き」に変わってゆく、決定的な分岐点になった夜でした。

PANTAさんと演歌の話

今は亡きPANTAさんと私がよく行動を共にしていたのは、2016年頃からコロナ前の2019年頃までの間。
短い期間ですが、その時期、かなり頻繁に会っていました。
その頃のある日の話。

突然PANTAさんから「どるたん、演歌書ける?」と聞かれました。
「書ける?」というのはたぶん、曲の事、場合によっては作詞作曲かも。

ほんの少し考えてから「書いた事ないけど、自分の曲がちょっと演歌っぽいと言われる事もあるので、書けそうな気がする。」と、そんな感じで答えました。
PANTAさんは「だよな。」とちょっと嬉しそう。

というのは、PANTAさんは長山洋子さん他、演歌系の方とも親交があり、レコード会社からもたまに、「演歌を書いて欲しい」との注文があるそうで。
「今度、演歌の注文があったら、どるたんに話振るようにするから。」と言ってくれました。

それは願ってもない話!
私、自分自身で歌う曲を書くよりも、誰かのため、何かのため、とテーマがはっきりしている時の方が、スラスラと曲が書けるのです。
(ちなみに自分で歌う曲は突然ポンっと出来るのを待つしかない)

数十年前に書いたゲーム音楽も、けっこうスラっと出来たものが今でも評判よかったり、映画音楽の時の「架空の校歌を明日までに作詞作曲」という超無茶振りにもスラっと対応して3番までの歌詞つき校歌を書いたり。

その後、けっこう演歌の話がくるのを楽しみにしていて、NHK FMの「歌謡スクランブル」で演歌系がかかる時には、ちょっと真剣に聴いてみたり。若干研究してみたり。

しかし、その後、具体的な話はないまま、PANTAさんは昨年の夏に逝ってしまいました。


私は子供の頃から歌謡曲が大好きで、その中でも若干演歌テイストのある曲がかなり好きでした。
千昌夫「星影のワルツ」、黛ジュン「夕月」、渚ゆう子「京都慕情」あたりは特に大好き。

もし、これを読んでいる演歌系プロデューサーの方がいましたら、ぜひPANTAさん推薦のソングライターどるたんに演歌の注文をお願いします。
って、誰も読んでないと思うけど。

写真はイメージです
私が大好きな曲「あじさい橋」(城之内早苗)のシングル盤ジャケット

20230624 飯能市立博物館~観音寺周辺

2023 渋谷考」というブログ投稿をした時に思ったのですが、このブログには、音楽活動の事や、映画、音楽の事が主に書かれていて、どこかに出かけた話がほとんど書かれていない。
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お出かけの記録


2023年6月24日 飯能市立博物館~観音寺周辺

飯能市立博物館は、以前一度取り上げましたが2023年の6月にも行っています。
この時の特別展は「牧野富太郎ゆかりの植物たち」でした。

展示自体、まあまあ楽しめましたが、牧野富太郎が飯能に何度も来ていたという点に興味をそそられました。

こじんまりとした展示だったので、あっという間に見終わり(常設展は何度も見ているので今回はパスして)その後は周辺を散歩する事に。

博物館のすぐ裏にあるのが、諏訪八幡神社。

境内を通り薄暗い山道のような遊歩道を少し歩くと、観音寺の裏に出る。

ぐるりと周って正面から観音寺の境内へ。
ここは子供の頃よく遊びに来た場所。
確か境内に幼稚園(?)の遊具があったような気がするのだけど、記憶違いかな・・・

今は、アニメ『ヤマノススメ』の聖地になっていて、特にこの白い象は有名。
子供の頃から、ここにありました。

水鉢に蓮。

心静まる素敵な庭で、しばし良き時間を過ごさせていただきました。
ありがとうございます。



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幸運な邂逅(Maddy Prior)

昨日のブログ投稿「MADDY PRIOR & THE CARNIVAL BAND LIVE」(2003年)に対して「来ていたの知らなかった」という反応が数人の方からありました。

実は、私も全く知らなかったのですが、偶然の巡りあわせで観る事が出来たのです。
今日は、そのことを。

(マディさんの音楽色々聴いてきたけど、これが一番の愛聴盤「Silly Sisters」)

2003年のある日、武蔵境駅にほど近い、ある分野では有名な会社へ、WEB制作案件の打ち合わせにバイクで出向いた私。
武蔵境に何かの用事で行くのは初めて、そして、その後、一度も行っていません。(付近を通過する事はある)

すると、その会社のエレベーターホール掲示板に、地元開催イベントのポスターが何枚か貼ってあり、見るともなしに見ていたら「マディ・プライア」の文字が目に飛び込んできました。

ほどなくエレベーターが来てしまったので、打ち合わせに向かったものの「マディ・プライア」が気になって仕方ありません。

打ち合わせ終了後に、じっくりとポスターを見ました。

東京の夏 音楽祭 2003
2003年7月28日(月)
武蔵野市民文化会館 小ホール 
マディ・プライア&カーニバル・バンド

と情報確認。
やはり「マディ・プライア」は見間違えではなかった!

しかし、当時、音楽雑誌を毎月数冊は買っていたのに、来日情報を見た憶え全くなし。
武蔵野市のためだけのお忍び公演だったのか!?今でも謎です。

ポスターには、手書きで近くの公民館(的な場所)でチケットを取り扱っているという案内が別紙で貼り付けてあった(ような気がする)。
はじめて行く武蔵境で土地勘ゼロなんだけど、添えられていた簡易的な手描き地図を見ると、割と簡単に行けそうな場所。

すぐにバイクにまたがりチケット取り扱い場所へと向かう。

無事購入!
現金持ってた。

そして幸運にもマディ・プライア&カーニバル・バンドを(なんと2列目で)観る事が出来たのです。

それにしても私、こういう「偶々、あの時、あのタイミングで、あの場所にいなかったら巡り合えなかった」的な幸運に出会う事が、とても多い気がします。
同じぐらいアンラッキーな目にもあっているような気もしますが、そっちはまあ置いておいて、実感としては、すごく幸運な人生。

MADDY PRIOR & THE CARNIVAL BAND LIVE

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。

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私を形成しているもの 年譜(INDEX)


2003

2003年7月28日 武蔵野市民文化会館 小ホール マディ・プライア&カーニバル・バンド

マディ・プライアといえば、スティーライ・スパンやシリー・シスターズで美しい声を聴かせてくれた女性ヴォーカリスト。
マイク・オールドフィールドの『INCANTATIONS』にも参加していると言えばピンとくる方も多いかと思います。

そのマディ・プライアが、80年代から活動を共にしているザ・カーニヴァル・バンドと共に2003年に来日。

このコンサートは『東京の夏音楽祭 2003』という催しの一環として行われたものです。

音楽祭のテーマが「儀式・自然・音楽」という事もあると思いますが、選曲は、教会音楽を中心とした様々な古楽曲。
かといって、堅苦しい曲というわけではなく、思わず踊りだしたくなるようなキャロルも演奏されました。

カーニヴァル・バンドの面々は、実に腕達者で様々な古楽器を自在に操り、包み込むような音空間を作り出してくれます。
その音にマディの澄んだ声が重なった時に生まれる空気を何と例えたらいいのでしょうか、何か自然の風の中にいるような澄んだ空気感、と同時に家族の団欒のような気の置けない温かさ、とにかくこの場にいられて良かった、という幸福感を胸いっぱいに味わう事が出来ました。

またカーニヴァル・バンドは、演奏だけではなく、声も素晴らしい。
アカペラの部分では、鳥肌が立つほど美しいハーモニーを聴かせてくれました。
(「鳥肌が立つ」の本来の使い方ではないのはわかっていますが本当にぞわっとしたので)

途中、子守唄を一曲披露してくれました。これが、えもいえぬ安らぎ感。
寝不足気味だったせいもあり、この子守唄を聴きながら実際に少しの間眠りに落ちてしまいました。
「もったいない。」という気持ちもありますが、なんとも幸せな時間でもありました。