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20230427 さいたま緑の森博物館

2023 渋谷考」というブログ投稿をした時に思ったのですが、このブログには、音楽活動の事や、映画、音楽の事が主に書かれていて、どこかに出かけた話がほとんど書かれていない。
そこで、たまには過去に遡って写真フォルダを漁り、どこかに出かけた話も書いてみようかな、と思い立ちました。という事で

お出かけの記録


2023年4月27日 埼玉県入間市 さいたま緑の森博物館

ほぼ地元、入間市にあるさいたま緑の森博物館。
何年か前から存在は知っていたけど、行った事はありませんでした。

「緑の森博物館」と言っても、建物は入口にある案内所的な所(下の写真)だけ、あとは里山全体がフィールドミュージアムという事です。

ここは自宅から車で20分ぐらいの場所。
車で自然を求めて出かける時には、飯能~秩父方面、青梅~奥多摩方面へとハンドルを切ってしまう事が多く、これまで、ここに来るという考えは浮かびませんでした。

また自宅から歩いて行ける範囲にも、里山散歩的な事を楽しめる場所が点在しているので、ちょっとした散歩は自宅周辺で充分という面もあり。

まあ、とにかくはじめて行きました。


まずは、案内所で地図(パンフレット)をもらって、里山散歩。

地図を見ると、かなり歩きごたえのありそうなコースが2つ。
しかし、午後2時過ぎから、ぶらりと出かけてきたので、それほど広い範囲を歩き回れそうにはありません。とはいえ「湿地帯」や「急な坂道」もあってそこそこ楽しめそうな「里山満喫コース」を選択。

少し歩くと、案内板に「狭山湖外周道路」の文字が。
狭山湖方面に行く時って、電車か車が当たり前だったのだけど、ここから歩いても行けるって事か。
ちょっとそそられる。

けど、この日は「里山満喫コース」を。

空が広くて気持ち良し。

この辺は「トンボの湿地」というエリア。

平日の午後3時頃という事で、ほぼ誰もいない。
と思ったら、大きなレンズをつけたデジタル一眼レフのカメラで、(たぶん)野鳥などを撮っている歳の頃なら50歳前後に見えるおじさまと遭遇。特に話しかける事もなく横を通り過ぎる。
心の中で「一眼のカメラいいなぁ」と思いながら。
ちなみに最近の私の投稿はすべてiPhone11で撮ったもの。

木漏れ日が心地良い。

ゆっくりと歩いて1時間半程度の里山散歩。
短い時間ではありますが、満喫しました。

もっと時間をかけてゆっくり歩いてみたい所です。
いつかまた。


「お出かけの記録」

PINK FLOYD そして Syd Barrett

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。


1975

PINK FLOYD – Wish You Were Here 「炎 ~あなたがここにいてほしい」(1975年発売)

中学生時代に、手にしたPINK FLOYDの2枚のアルバム。
当時の最新作『炎』
そして1stアルバム『サイケデリックの新鋭』のことを。


まずは、PINK FLOYD – 炎~あなたがここにいてほしい(Wish You Were Here)の話から。

このアルバムは、私がはじめてほぼオンタイム(日本発売時)で購入したPink Floydのアルバム。

その時私は、中学3年生。
ジャケットをシールドした濃紺のビニールを開けた時のワクワクした感覚は今でも心の中に残っています。

そして、このアルバムの発売に合わせて、NHK FM、渋谷陽一の「ヤングジョッキー」(だったと思う)で放送されたPink Floyd特集。
この番組も私にとって、とても大きな意味を持つものでした。

それは、このアルバム『炎』の特集であると同時に、Pink Floydが「あなたがここにいてほしい(Wish You Were Here)」と訴えかけた相手、Syd Barrettに焦点を当てた特集。

アルバム1曲目に収録された「狂ったダイアモンド(Shine On You Crazy Diamond)」、そして前述の「あなたがここにいてほしい」は、Pink Floyd結成時のリーダー的存在でフロントマン、精神に異常をきたしてグループを離れたSyd Barrettへあてたメッセージ。

さらには、一作前のアルバム『狂気(The Dark Side Of The Moon)』も、またSyd Barrettへのメッセージ的内容を含むアルバム、という事で、このアルバム『狂気』から「狂人は心に(Brain Damage)」

これらの曲は、訳詞(渋谷陽一が朗読)と共に紹介されました。
(他に『原子心母』から「If」も)

曲が作られたバックグラウンドや、歌詞に込められた思いがよく理解出来て、中学生にとって、とてもありがたい番組でした。

さらに、Syd Barrettのソロアルバムから「むなしい努力(No Good Trying)」「あたりまえ(It Is Obvious)」の2曲が取り上げられました。

それが私にとって初めてのSyd Barrett体験。
この2曲に、私はすっかり魅了されてしまったのです。

キラキラしてねじれたポップソング。
他には感じられない「何か」が、Syd Barrettの歌には確かにありました。

この番組を録音したカセットテープを、当時、何度聞き返した事か。


そして、少ししてから、Pink Floydの1stアルバム、Syd Barrettがリーダーシップをとった唯一のアルバム『サイケデリックの新鋭(The Piper At The Gates Of Dawn)』を購入。

(のちに『夜明けの口笛吹き』という、より原題に近い、素敵で詩的な邦題に変わりますが、私が購入した物は『サイケデリックの新鋭』帯)

PINK FLOYD – The Piper at the Gates of Dawn『サイケデリックの新鋭』(1967年発売)

これを買う以前に、レコードで持っていたのは『炎』だけでしたが、『狂気』他数枚は友人から借りて聴いていました。

しかし、この1stアルバムから流れて来た音は、それまで聴いていたPINK FLOYDとは全く違う音、全く違う世界。
中学生の私は、Syd Barrettが作る奇妙でポップでキラキラしているのにどこか牧歌的でもある世界に嵌っていったのです。

『狂気』『炎』へと繋がるSyd BarrettのいないシンフォニックなPink Floydも好きでしたが、Syd Barrettが描き出す唯一無二のポップ音楽は自分の中で大きな位置を占めていくのでした。


※私が後に結成したバンド(ユニット)不思議なバレッツは、Syd Barrettが描く音世界への憧憬からつけた名前

※私が購入したPink Floydの1stアルバム『サイケデリックの新鋭』には「エミリーはプレイガール」が収録されていました。
ところが、後に買った『ナイスペア』(1stと2ndの2枚組)には「エミリーはプレイガール」が収録されていません。なぜ!?
「エミリーはプレイガール」はシングル曲で、本来はアルバムには収録されていない曲。「サイケデリックの新鋭」にはボーナストラック的に収録されていた、というのは後に知った話。


1984年 鈴鹿8時間耐久オートバイレース

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。


1984

1984年 鈴鹿8時間耐久オートバイレース

後にも先にも鈴鹿まで出かけて8耐を観たのは、この年だけ。
なんせお金がかかりますから・・・
友人の車で出かけました。

それ以外の何年かは、青山にあるホンダのショールームや多摩テックで(パブリックビューイング的な物を)観ていました。

では、なぜ、この年だけは、鈴鹿まで行こうと思ったのか!?

それは、コーク・バリントンが出場したから。

では、コーク・バリントンとは?

ちょっと長いけどWikiから抜粋引用します。

南アフリカ(生れはローデシア)の元オートバイレーサー。ロードレース世界選手権で通算4度の世界チャンピオンに輝いたライダーである。

数年間のスポット参戦ながらヤマハの2気筒マシンで勝利を挙げるなどの活躍を見せていたバリントンに目を付けたカワサキは、彼をファクトリーチームに迎え入れた。ファクトリーライダーとしてフル参戦を開始したバリントンは、カワサキの期待に応えて1978年と1979年、激戦区である250ccと350ccの両クラスで2年連続ダブルタイトルを獲得した。

1980年、ケン・鈴木率いるカワサキとバリントンはモノコックフレームという当時としては革新的な構成を持つニューマシン、KR500で最高峰クラスへの挑戦を開始する。しかしバリントンの力をもってしても、ニューマシンを開発しながらレースを戦うには500ccクラスの壁は厚く、250ccクラスや350ccクラスでの成功を再現することはできなかった。

結局、3年間に渡る500ccクラス挑戦で勝利を挙げることはできず、カワサキは1982年を最後にKR500の開発を取り止めると同時に世界選手権からの撤退を決定。カワサキがバリントンに撤退ぎりぎりまで伝えなかったためそのときには他チームの翌年陣容が決定済みでバリントンは他チームのシートを得られずグランプリから引退した。

2年連続、250と350の2クラスで、世界チャンピオンですよ!カワサキで。

そしてKR500!
当時としては革新的な構成を持つニューマシンKR500!
結果は残せなかったけどKR500
プラモデル作りました!

何か特別なチャレンジをする物が好きなんです。(例:楕円ピストンしかも4ストのNR500とか)
バイクに限らず他の分野でも。

しかし、コーク・バリントンの事は、雑誌の中でしか知りませんでした。

でも、その経歴と、インタビューなどで知る人柄に勝手に惚れ込んでいました。
当時の私は(バリントンと同じ)Nolanのヘルメットにカワサキのバイク。

そんな、私にとって特別な男が、8耐出場!しかもカワサキのバイクで!!

プロレスで言えば「まだ見ぬ強豪」
この目で見ないわけにはいきません。

ただ、カワサキのバイクと言っても、カワサキは8耐にはワークス(メーカーが直接運営するチーム)参戦していません。
月木(ツキギ)レーシングという(カワサキ車用のマフラーなどを作っている)コンストラクターチームからの参戦。

この時のコーク・バリントンの雑誌インタビューを読むと、カワサキに対する恨み言(GP撤退~引退の顛末)など一切なく、むしろカワサキのバイクでレースが出来る事を本当に楽しみにしている様子で、それだけでも涙が出ました。

さてレース。

前日までに行われた予選の結果は、コーク・バリントンをもってしても、ワークス参戦しているHONDAやSUZUKIには力及ばず、それでも12位と大健闘。

決勝レース、主にコーク・バリントンを(目で)追い続ける私。

お!・・・・・・・・・・・・・・・・お!・・・・・・・・・・・・・・・

と何度か私の前を一瞬で通り過ぎるコーク・バリントンの姿を確認し、小さく心の中で歓声をあげる。

しかし、ほどなくその姿は見えなくなった。

場内アナウンスでリタイアした事を知る。
今、リザルトを確認したら15周でのリタイア。

そこからの長い7時間ほどの事はほとんどおぼえていません(笑)

そんな1984年の夏でした。


20230914 東京 奥多摩 澤乃井園

2023 渋谷考」というブログ投稿をした時に思ったのですが、このブログには、音楽活動の事や、映画、音楽の事が主に書かれていて、どこかに出かけた話がほとんど書かれていない。
そこで、たまには過去に遡って写真フォルダを漁り、どこかに出かけた話も書いてみようかな、と思い立ちました。という事で

お出かけの記録


2023年9月14日 東京都青梅市 澤乃井園

ここは大好きな場所で、何度も行っているのですが、昨年も行きました。
まだまだ真夏のような暑さの残る9月。
ちょっと作業部屋に籠りきりで根を詰めた制作作業をしていたので、昼食&気分転換の意味で。

おなかが空いていたので、着いてすぐに軽食の売店に直行。
うどんとお豆腐を。
うどんには、かまぼこ、湯葉、鶏肉のごぼう巻などがトッピングされ、とても丁寧に作られている事を感じる。
もちろん味も絶品。

言い遅れましたが、ここは、日本酒「澤乃井」の蔵元小澤酒造がやっている「多摩川の清流を見下ろすオープンガーデン」(太字部分は澤乃井園WEBサイトからコピペ)

という事で、もちろんおいしいお酒が飲める!酒蔵の見学も出来る!そんなところ。
しかし、車で来ている私は、もちろんお酒はがまん。
酒蔵見学も(何度かしているので)今回はパス。

あまり時間的余裕もなく、食後は、澤乃井園の周辺を少しだけ散歩する事に。


澤乃井園から橋を渡ると寒山寺というお寺。
なかなか趣があって佳き。

ちょっと怖い天井画。

時間がある時は、遊歩道方面にも足を伸ばすのだけど、今日はお寺だけ。
また橋を渡り、澤乃井園方面へと戻る。

まあ、日々色々な事があります
But right now I’ll just sit here so contentedly
And watch the river flow
そんな気持ちで、しばしの時を。

とても良いリフレッシュ。
この後は、またPCの前へと戻るこの日の私でした。



「お出かけの記録」

オックス 「真夏のフラメンコ」(「ロザリオは永遠に」B面)

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。


1969

オックス 「真夏のフラメンコ」(1969年発売「ロザリオは永遠に」B面)

TVマンガの主題歌ソノシートを聴きまくっていた幼年期から、次の段階に進んだのが1968年、小学校2年生の時。
(もしかしたら1969年のお正月)
初めて歌謡曲のシングル盤を買いました。
それも2枚!!

忘れもしない、飯能銀座通り商店街の一番奥の方、広小路交差点の近くにあったレコード屋さん。
買ったのは
黛ジュン「夕月/愛の奇蹟」
タイガース「青い鳥/ジンジン・バンバン」
黛ジュンは、とにかく「天使の誘惑」が大好きだったのだけど、その時、一番新しかったのが「夕月」だったので、うっかり買っちゃった感じ。
ちょっと演歌よりの曲だったけど、でも、これはこれで大好き。 
タイガースも、その時一番新しいのを買ったのですが、これも大好き。
どちらも聴き込んでいくうちに好き度が増していくような曲でした。
そこから歌謡曲~グループサウンズのレコードにも手を出し始めた小学2年生。

続けざまに買ったのが
オックス「スワンの涙/オックス・クライ」
これ以後、オックスのシングル盤は、出れば買う!
という小学生になりました。
と言っても、その後買ったのは2枚だけ。

「僕は燃えてる/夜明けのオックス」
「ロザリオは永遠に/真夏のフラメンコ」
ここまででした。

オックスは、当時、東京12チャンネルで、(たぶん木曜日の夜7時から)バラエティー歌謡ショー的な番組をやっていて、とてもとても楽しみに観ているような小学生でした。

でも、「ロザリオは永遠に/真夏のフラメンコ」の頃から、テレビに出る事も少なくなっていきます。

このシングルは、B面の「真夏のフラメンコ」が特に好きで、今でも、気分が良い時には、ついつい
♪オー・ビバビバ・オーレ・オレ♪と歌ってしまうレベル。
イントロからものすごく高まります。ストリングスのアレンジに絡むフラメンコ風のカスタネットがすごくかっこいい。
そして、ここぞという時に前面に出てくるフラメンコギターの響き。音色。
間奏の管楽器がまたすごくかっこ良くて、何度でも聴きたくなる曲。とにかく全体のアレンジが素晴らしいし、ハスキーな歌がまた絶妙にマッチしていて最高。
小学生の時は、特にそんな事は考えずに聴いていましたが、とにかく大好きで、何度も何度もレコード盤に針を落としていました。
子供の頃からこういうエキゾチックな音、アコースティックギターの音色が好きだったんだな、と今になって思います。

しかし、テレビであまり観られなくなると、徐々に小学生の興味は、また、別の方向へと向かっていくのでした。


(ここからの文章は初出)

それから数10年後、2016年頃の話。
PANTAさんとGSの話になりました。こんな会話。
「どるたんはその頃GSとか聴いてたの?」
「オックスが好きで、シングル盤は何枚か持ってました。」と答えたら
「おっ!!オックスか!」
と妙に嬉しそう。面白がって、色々と裏話を教えてくれました。
PANTAさんもオックスも当時ホリプロだったんですね。(知らなかった)

それから少しして、オックスのギター岡田志郎さんが主催する「大人の音楽祭」にPANTAさんが出演した際。
岡田さんに「友達でシンガーソングライターのどるたん。オックスの大ファンだったんだってさ。」と紹介してくれました。
すごく嬉しかったのですが、当時は、小学2~3年生。
オックスの歌は大好きだったけど、正直メンバー全員の名前までは知らなかったのです。
それが申し訳なくて「シングル盤、何枚か買ってました~」ぐらいの話しか出来ませんでした。

「大人の音楽祭2016」でのPANTAさん、右端が(オックスの)岡田志郎さん。
もう8年も前になるのか・・・


WEBサイト修正事案(WordPress)

今日のブログは、WordPressなどWEB制作の話が主なので、興味の無い人は意味不明かと思います。
ごめんなさい。
また他の分野の時に遊びに来て下さい。

でも、分かる人が読むと結構面白い話だと思います。


では、

最近、知人からWEBサイトの表示に関して相談され、修正を手伝いました。
WordPress(以下WPと表記)を使っているサイトなので、まあ表示の修正だけなら簡単に出来ると思ったのですが・・・
若干の嫌な予感はしつつも、とりあえず見てみました。

嫌な予感的中。

TOPページが3列に区切られ、縦長に情報がぎっしり、という作りで、その情報を直したい。
では、その情報は、どこに書かれているのか?

「投稿」にも「固定ページ」にも全くない。
どこにもない。

へ?

探したらですね、ウィジェットの中にぎっしりと書き込まれていました。
HTMLのタグだらけで。

だから簡単に文章だけ直すという事も出来ない。
で、<p>とか<div>をいっぱい使っているし、なんなら<table>も使っている。(<>は実際には半角文字)
そして、閉じていないタグが、けっこういっぱいある。
そのサイト、TOPページを読み込む時にいつまでも読み込み中の(くるくる回ってる表示が回りつづける)状態だったのは、そういう事か。

う~む
WPの利点がどこにも感じられない。(笑)

20世紀の終わり頃から提唱されはじめたWEB2.0
それ以前に、HTMLを駆使して無理矢理形を整える技術を身につけた初期のWEBデザイナーさんが、その頃の技術をWPの中に組み込んで体裁を整えたという感じで、表側の見た目はきれいなサイトです。

そして問題なのは、ここで使っている「WPテーマ」自体がそのやり方(ウィジェットの中にHTMLを書く)を推奨しているっぽい事。
ちょっと調べたら、そのテーマ、当時有料で提供されていたテーマで、今はサービス終了。かなり古いテーマなのです。

さらにWP自体もVer.5.1.8
使っているPHPも「更新が必要です」とWPダッシュボードに表示されている。
(更新が必要な)Ver.5の人に「更新が必要です」と言われている(笑)

もちろんプラグインも全然更新されていない。

さて、どうする?どこから手をつける?って話ですよね。
どこか更新すると、絶対どこかにしわ寄せがくる、なんなら機能しなくなる可能性もある。
特に怖いのはテーマ。せっかく見た目は整っているサイトがどうなる事か。

現在のWP最新Ver.は 6.4.3(どるしゃあWEBサイトより)

決断!

このままのヴァージョンで表示だけ直す。

これ全部更新してWPの利点を生かし、常に最新の技術にアップデートしつづけるサイト、エンドユーザーは情報を入力するだけのサイトにするには、一度サイトを閉じてしっかりとしたリニューアルをする必要があり、そのためには日数も賃金もかかりますよ。って話なので「その時」がくるまでは、現状でどうにか運用するしかないですね。という決断です。

という事で、コツコツ直しました。
その情報の中には、Amazonへのアフィリエイトリンクがいっぱいあるのですが、Amazon側で仕様を変えたようで、画像が全部消えています。
それをAmazonで画像を拾い、大きさを調整し、WPにアップロードし、画像URLをHTMLに書き込む。
そんな作業の繰り返し。WPなのに。

そして前述のように閉じていないHTMLタグがけっこうあるので、いちいちHTMLを整形し確認。長~いHTMLなので、一気に修正してミスがあったら、ミスを探すのが大変。
という事で、一件一件、直しては、表示の確認、Amazonへのリンク確認などを繰り返す。地道な作業。
遥か昔のWEB制作を思い出します。

で、この修正が完了すると、読み込み時のクルクルがすぐに止まるように(なんなら回らなく)なりました。

めでたし、めでたし。

ところが!

もう1つ、修正したい所があります。
TOPページ下の方に、小さいバナーリンクが3×3で9個並んでいます。
それを削除したいとの事。

まあ、WPですから、(ふつうは)簡単に削除できるでしょう。
と、思ってはいたのですが、このバナーリンクを表記している場所がどこにもない。

「投稿」にも「固定ページ」にも全くない。
まあ、そこにはないと思っていましたが、テーマの「カスタマイズ」で、表示するか、しないか、選択できるのでは?と思ったけれども、そこにもない。
では、(このテーマ得意の)ウィジェット「TOPページ下部」って所に<table>で書いてあるのでしょ!と。
しかし、そこにもない。

へ?

ここにないって事は、やっぱり「投稿」か「固定ページ」に9個分のバナーリンクを<table>で書いてあって、それを表示しているのかしら?
と、また「投稿」「固定ページ」を探すもやっぱりない。

WP管理画面から該当しそうなところ隈なく探すもどこにもない。

こうなったら、最終手段。
このテーマのTOPページ表示用プログラムを直接見るしかない!って事で、見てみましたindex.php

phpのプログラムは、本格的に取り組んだ事はないけど、COBOL、Fortranの時代から、BASIC、C言語、Java等々、そして最終的にもっとも本格的に駆使してきたアセンブラ(主に68000系)まで、多言語を使いこなす私にかかれば、イチコロ(死語)です。
というか、まあプログラムって作りはほぼ同じ。(アセンブラ除く)

すると、ありました!

9回ループする所が。
ここで表示させている事は間違いない。
って事で、試しにループ回数を変えてみると、表示個数も変わる。
では!という事で、0にすると・・・10個表示した!(笑)

ちなみに、表示される情報は、一体どこに?って事も分かりました。
「投稿」の新しいものから順に9個。日付とタイトルを抜き出しています。

まあ、これは若干見当ついていたのですが、しかし、小さいバナーはどこに!?
と、それは「投稿」の中の「アイキャッチ画像」にあったのです。なんとも・・・

で、とにかく、このループ部分をバッサリと削除!はしないでコメントアウト。
一応、念のため。いつでも戻せるように、と。

(例として、どるしゃあサイトのindex.phpの一部分)

しかしこれ、このテーマを使うと強制的に表示されるのは、いかがなものでしょうか?
せめて選択できるようにして欲しかった。

まあ、なにはともあれ、解決!

ここまでで、直したい所は、一通り終わり。
今度こそ、本当に

めでたし、めでたし。


いや、しかし、今回の修正、分量的には大した量じゃなかったけど、修正箇所や内容を見極めて直すのは、けっこう大変だったと思う。

自画自賛するわけじゃないけど。

と言いながら結局自画自賛になっちゃうんだけど。

私、Windows95が出た頃には既に個人WEBサイトを開設していました。
と同時にその頃は、SE、プログラマーとして(主に)イタリアに派遣されて、現地の機械メーカーで仕事をしていました。

その後、企業WEBサイトなどの立ち上げに何件も関わっているので、前時代的HTMLで無理矢理見た目を整えるやり方には精通しています。

技術者でもあり、デザイナーでもあった。

その後、WEB2.0が提唱され、見た目の部分はCSS、情報はHTMLと切り分ける考え方にも、いち早く対応して、情報、技術を吸収したサイト作りをしてきました。


この頃、期間限定でWEB制作の講師をしていたのだけど、他のクラスは当時のテキストに従って、前時代的WEB制作技術(テーブル・レイアウトとかね)を教えていました。しかし、私のクラスだけは、勝手にテキストを用意してHTMLとCSSを切り分けるという考え方を教えていました。そういう情報が掲載されている雑誌も大量に持ち込んで希望者には貸し出したり。でも、テーブル・レイアウトも教えなければならず、なかなかに不本意な時代。まあ過渡期だったので仕方ない。

現在は、主にWPを使ったサイト作りをしているので、ほぼ裏側のプログラム部分からは離れていますが、それでも情報は常にアップデートしています。
WPをメインに使う前にはMovable typeなども色々試してきました。
(自宅のPCを一台LINUXサーバーにしてテストしている)

なので、色々分かるんです。
前時代的なWEB制作手法も、WEB2.0以後、今日までの技術も、WPを使ったサイト作りも、そしてプログラムも。

だから今回の事案のように、新しい技術に、無理矢理古い技術を組み込んじゃった的な裏事情もよく分かる。

もし、今回の修正を請け負ったのが、前時代のWEBデザイナーだったら、WPのあれこれが分からず、修正箇所を探すのも大変。
逆に、WEB2.0以後の「WP使い」的なWEBデザイナーだったら、HTMLのグシャグシャなソースを見ただけで「なんじゃこりゃ!?」ってなるはず。内容的に分かったとしても触りたくない案件。
しかも今回、プログラム部分も直接いじっているので、WEBデザイン的スキルだけでは、直せなかったはず。

だから頼む人によっては、部分的にお手上げ案件だった可能性もあります。
見た目の修正自体は簡単そうなのに。

まあ、なんにしても、久しぶりに面白い案件ではありました。
謎を探るの大好きなので。


我が家の歴代PC群、全員現役を退き今は手元にありません。
これ以前(インターネットの時代より前)には、PC88、PC98、X68000なども使っていました。

現在の本業は音楽の人です。
と言いつつ最近もデザイン仕事をひとつ終えたばかり。

映画『大脱走』

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。


1971

『大脱走』(1963年アメリカ映画)

簡単に言っちゃうと、第2次世界大戦中、ドイツ軍に捕らえられた連合軍の捕虜達が脱走する実話の映画化。(簡単すぎ?)

小学生の頃、TV放映時にドキドキわくわくしながら観たこの映画。
たぶん初見は1971年、私は10歳の頃

その後、TVで放映されるたびに観て、映画館(確か東急名画座)にも観に行きました。

スティーブ・マックイーン
ジェームズ・コバーン
チャールズ・ブロンソン
ジェームズ・ガーナー
リチャード・アッテンボロー
デヴィッド・マッカラム

超有名俳優揃い踏みの映画なのですが、小学生の私に一番馴染みがあったのは、デヴィッド・マッカラム。
TVドラマの『0011 ナポレオン・ソロ』(イリヤ役で出演)が大好きだったので。

(写真は自前の「大脱走」パンフレットから)

そんなわけで、一番好きなシーンは、駅でイリヤじゃなくてエリック(デヴィッド・マッカラム)が、仲間を逃がすために犠牲になるシーン。

もちろんスティーブ・マックイーンのバイクシーンもかっこよくて大好き。

そして、この一癖も二癖もある(トンネル掘り、偽造、仕立て屋、情報屋といった)スペシャリスト達が好きで好きでたまりません。

昔から烏合の衆的な群れは(反吐が出るほど)嫌いなのですが、(ひとりひとりは一匹狼的な)個性豊かなスペシャリスト達が力を合わせて何かを成し遂げる話は大好き。

「七人の侍」しかり「男一匹ガキ大将」しかり「明訓高校(ドカベン)」しかり「(グリム童話の)6人の男の話」しかり。

この映画は、そんな話達の中でも抜群に好き。
死ぬまでに、最低でも、もう1回は観たい!

Bob Dylan『Desire』

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。


1976

Bob Dylan – Desire 「欲望」(1976年発売)

初めてオンタイムで買ったBob Dylanのアルバム。
確か発売日に購入したはず。

ある日、深夜のTV番組(たぶん11PM)を見ていたら、冤罪で投獄された黒人ボクサー、ルービン・カーターのエピソードと共に、Bob Dylanがそれに抗議する意味で作ったという曲、「Hurricane」がオンエアーされた。
早口で吐き出される言葉の迫力、歌に負けじと熱を帯びていく演奏にぶっ飛んだ。

それから発売を待ちかね、手にしたのが、この「Desire」
それ以来、とにかく聴きまくった。

特に「Hurricane」は、歌詞と訳詞を比べるように読みながら、何度も何度も聴いた。

このアルバムで、特に目立つ活躍をしているのが、スカーレット・リヴェラ。
「Hurricane」においても、曲の勢い、迫力を増しているのは間違いなく彼女が弾くヴァイオリン。
他の曲でも、実に印象的な演奏を残している。
大好き。
このアルバムは、全曲大好き。
1曲目の「Hurricane」からラストの「Sara」まで、曲の並びも素晴らしい。

Bob Dylanのアルバムで一番好きなアルバムは?と聴かれたら・・・若干はその時の気分に左右されると思うのだけど、このアルバムをあげる可能性が高い。

アルバムを夢中で聴いていた頃の自分自身が音と共に蘇る。
これは、そんなアルバムのひとつ。

※コロナ禍巣籠り中に他SNSに投稿した物を加筆修正して転載したものです
※ジャケット画像はネット上から拝借

映画『マトリックス』

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。


2010

『マトリックス』(1999年アメリカ映画)

『マトリックス』

この映画の公開時には特に興味も無く、観ていなかったのだけど、ある日、私の元に預言者のような男が現れた。そして、熱烈にこの映画を観るように奨めてくるのだ。

「どるたんは絶対に目覚めた人」「ネオのような人間」「ザイオンの住人」「でもザイオンも・・・」「いや、どるたんはそれも分かっているはず」とか、色々訳の分からない事を熱弁する。

私のところには、たまにこういう人が現れるんだよなぁ・・・なんで?

まあ、そこまで言うなら、という事で観てみました。

2010年頃、DVDで。

結果、面白かった!

そして深いね、これ。

哲学的と言うか、宗教的と言うか、そして預言者(?)の言う通り。

私も、(私が今生きている)この世界に対してずっと違和感があったし、常に抜け出したいと思っています。なので、この映画が描きたい事は何となくだけど分かりました。

この映画『マトリックス』『マトリックス リローデッド』『マトリックス レボリューションズ』と(今のところ)3部作なんだけど、全部観てみました。

で、分からない所もけっこうあって、難しい。

まあ、そこが面白いんだけど。

その後、3作とも何度か観て、確実に理解は深まっているけれど、未だに分かったような分からないような状態。

しかし『マトリックス』3部作、1、2、3と進むに連れて戦闘場面が多くなって疲れる。もっとふつうに「話」がみたいのだな。

『ロード・オブ・ザ・リング』も、そういうパターンだったなぁ・・・その点MCUは、戦闘場面が多くなっても疲れないし面白いのはすごいなぁ・・・と、今、余計な事を考えました。

とはいえ、この『マトリックス』が描き出す世界は、私の心の一部分にしっかりと刻まれました。
4作目は映画館で観たい。

(追記)
そして4作目『マトリックス レザレクションズ』は、しっかり映画館で観ました。
その時の感想はこちらマトリックス レザレクションズ

Red Hot Chili Peppers『By The Way』

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。


2002

Red Hot Chili Peppers『By The Way』(2002年発売)

Red Hot Chili Peppers(以下レッチリと表記)の事を意識して聴き始めたのは、1999年~2000年あたり。
アルバム『Californication』からのシングルカット曲「Otherside」や「Scar Tissue」、そして表題曲の「Californication」をラジオで何度か聴いているうちに気になる存在になっていた。
もちろんそれ以前のレッチリも何曲かは知っていたのだけれど、特に心惹かれるようなきっかけもなく、真剣には聴いてこなかった。

それから少しした2002年の夏に『By The Way』というアルバムが発売になる。
特別なきっかけがあったわけではないのだけれど「これは、買わねば!」と何故か強く思い、(この頃ではすっかり珍しく)発売日に購入。

帰宅後、自宅のステレオで鳴らした瞬間に、何か気持ちの良い風がブワッと部屋に舞ったような感覚。

1曲目の「By The Way」が終わらないうちに、すっかり魅了されていた。
続く2曲目の「Universally Speaking」では、心高鳴る、多幸感を味わっていた。
さらに続く「This Is the Place」「Dosed」と、とにかく一聴しただけで心に残る名曲ぞろい。特に「Dosed」の哀感、切なさ、美しさは、格別。
ほかの曲も全曲、心に残るアルバム。初めて聴いた曲ばかりなのに、CDに合わせて適当に鼻歌を歌ったりもしていた。
それ以来、聴くのはこのアルバムばかり。
家でも、車でも、仕事場でも。

私にとって、この年の夏は、完全に『By The Way』一色の夏。

そして、あっというまに、全曲憶えてしまった。
CDの時代になってから出た新譜で、これほどちゃんと(全曲憶えるほど)聴いた物は、数えるほどしかなく、その中でも、ナンバーワンの嵌り方だった。

これは、ある意味『Hotel Carifornia』のように、時代の空気を代表するアルバムなのではないだろうか!?
と個人的には強く思っている。

それ以来、レッチリのそれまでのアルバム、またこの後出るアルバムも聴きまくり、ライヴ映像を見たり、実際にライヴ会場に足を運んだりもしてきた。

その結果、分かった事がある。
それは、全ての経歴の中で、この『By The Way』が別格的に好きという事。

理由も何となく分かるのだが、それはギター&コーラスのジョン・フルシアンテが大活躍しているという事。
ジョンのいないレッチリも、レッチリ以外のジョン(ソロ・アルバム)も色々と聴いたけど、「ジョンがいるレッチリ(特にBy The Way)」がたまらなく好きなのだ。

このアルバムでは、アンソニーとのハモりが、数多く聴かれるのだけど、その2人の呼吸がこれほどぴったりあっているのは、このアルバムだけと言ってもいい。

2人の声を聴いているとたまらく切ない気持ちになってくる。
他のアルバムでも、ハモりはあるし、良い曲もたくさんあるけれど、このアルバムの時期の2人、いや4人全員の息の合い方は、奇跡と言ってもよいレベルかと思う。

これまで聴いてきた音楽の中でも、特別な一枚にあげられるアルバム。

※コロナ禍巣籠り中に他SNSに投稿した物を加筆修正して転載したものです
※ジャケット画像はネット上から拝借