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20180822 埼玉 朝霞市 りっくんランド

2023 渋谷考」というブログ投稿をした時に思ったのですが、このブログには、音楽活動の事や、映画、音楽の事が主に書かれていて、どこかに出かけた話がほとんど書かれていない。
そこで、たまには過去に遡って写真フォルダを漁り、どこかに出かけた話も書いてみようかな、と思い立ちました。という事で

お出かけの記録


2018年8月22日 埼玉 朝霞市 りっくんランド

PANTAさんと一緒に行ったのに、PANTAさんの写真は1枚もないシリーズ(笑)第2弾

ある日、東京方面からR254を埼玉方面へと帰る車中での事

P「どるたん、りっくんランド行ったことある?」
ど「りっくんランド?なんすかそれ!?」
(PANTAさんの口から出た「りっくんランド」の語感がおかしくて、しばし笑う)
みたいな会話があり、行ってきましたりっくんランド。

そこは、陸上自衛隊のPR施設的な場所。
戦車やヘリなどが展示してあります。
展示物に高まりキャッキャッと写真を撮りまくりあちこち観て回る私。


PANTAさんは、お疲れのようでベンチに座りその様子を見ています。
たまに振り返ってベンチを見ると、ニッコリと微笑むPANTAさん。

ベンチに近づくと「外にヒトマルシキあっただろ?」と専門用語。
一瞬分からなかったけど、「ヒトマルシキ?あっ、10式戦車!!あった!!ありました!」みたいな会話。

なんだか、孫とおじいさんみたいな光景だなと思いながら、その時間を楽しんでいました。
50代後半の孫と、60代後半のおじいさん(当時)という、ありえない年齢差の孫と祖父ですが。

私もPANTAさんも、もちろん戦争は嫌いなんだけど、兵器(に限らず機械類)の機能美みたいなものに強く惹かれる傾向があるのだと思います。

シン・ゴジラもいました。



「お出かけの記録」

20180816 千葉 成田国際空港

2023 渋谷考」というブログ投稿をした時に思ったのですが、このブログには、音楽活動の事や、映画、音楽の事が主に書かれていて、どこかに出かけた話がほとんど書かれていない。
そこで、たまには過去に遡って写真フォルダを漁り、どこかに出かけた話も書いてみようかな、と思い立ちました。という事で

お出かけの記録


2018年8月16日 千葉 成田国際空港

成田空港(通称)は、以前は新東京国際空港という正式名称だったのだけど、最近は成田国際空港というらしい。

これは、クリミア音楽祭に出演したPANTAさんを迎えに行った時。

帰国便は、MOSCOWからのJL422
この日撮った写真は、この到着便の掲示板と、もう1枚

 

ウルトラ怪獣根付・・・

なんと、この2枚だけ

PANTAさん一行の写真も、飛行機の写真も一枚もなし。

実は、8月7日の出発時にも、成田空港まで送っているのだけど、その時はさらにひどくて、撮った写真は、下の1枚だけ

「Anime Tourism」「TOKYO 2020」の看板。

本当に驚くほど人物の写真撮らない(撮れない)のです、私という人間は。

まあ、なんとなく、PANTAさんは、2018年の8月7日にクリミアに向けて旅立ち、8月16日に帰国したと、私の中の記憶を補完してくれるだけの写真です。
PANTAさんが写っていなければなんの意味もないんだけど・・・

PANTAさんのクリミア行きについて詳しくは「ヤルタ★クリミア探訪記 (PANTAと仲間たち)」をお読みください。



「お出かけの記録」

明日です! Goodstock Tokyo公演 過去動画紹介3

昨日、一昨日のブログ
「4月6日 Goodstock Tokyo公演に向けて 過去動画紹介1」
「4月6日 Goodstock Tokyo公演に向けて 過去動画紹介2」
につづき
過去動画紹介Part 3です。

その前にまずは、4月6日、Goodstock Tokyo公演よろしくお願いします。


これまでに何度も書いていますが、私たちが、Goodstock Tokyoでのワンマン公演を出来るようになったのは、PANTAさんがつなげてくれたから。
(過去ブログ「PANTAさんとGoodstock Tokyo」参照)

そんな事もあって、Goodstock Tokyo公演では、ある時期から毎回、必ず1曲はPANTAさんの曲を演奏しつづけています。

という事で、今日の過去動画紹介は、昨年のワンマン公演から、PANTAさんの曲ばかりを演奏しているダイジェスト動画を。


2023年11月5日 Goodstock Tokyo
2022年4月10日 Goodstock Tokyo
どるたん+しゃあみん ワンマン公演より

「あやつり人形(PANTA)~少年は南へ(頭脳警察)~ナハトムジーク(PANTA)」


2023年8月6日 Goodstock Tokyo
どるたん+しゃあみん ワンマン公演より

「ひとつぶの種になって(頭脳警察)~「 時々吠えることがある(頭脳警察) ~落ち葉のささやき(頭脳警察)~ 心の落ちつき失せて(頭脳警察)~ マーラーズパーラー(PANTA)~ ふざけるんじゃねえよ(頭脳警察)」


私たちは、ふだんからGoodstock TokyoではPANTAさんの曲を取り上げてきましたが、昨年の7月7日にPANTAさんが亡くなった後、8月6日のGoodstock Tokyoでは、PANTAさんの曲を10曲演奏しました。
(その日のブログ「暑く長く奇妙な1日」

明日も、何かやるつもりです。
勝手に歌いついでいきます。

では、また明日。
出来れば会場でお会いしましょう!

4月6日 Goodstock Tokyo公演に向けて 過去動画紹介1

すでに何度か告知していますが、今度の土曜日、4月6日は、久しぶりのどるしゃあLIVE
Goodstock Tokyoでのワンマン公演です。

そろそろセットリストなど詰めていかねばならないので、色々考えつつ、過去のセットリストをチェックしたり、なんて事をしています。

ふだんあまり見返す事のないYouTube動画なども見てみたりなんだり。

そんな事をしながら、ふと思ったのです。
このブログに辿り着いた人って、どるしゃあのLIVEを観た事ない人の方が多いんじゃないでしょうか?

なので、YouTube動画いくつか紹介してみようかなと思いつきました。
過去にあげた動画なんて、そのまま何のきっかけもなければ、誰にも見てもらえないままになってしまうのでね。

そんなわけで、今日はどるしゃあの動画紹介でもしてみようと思います。

これは、たぶん、どるしゃあが初めて2人だけでやったLIVE
だからまだ、どるしゃあのために作った曲はなく、不思議軍の曲や、カヴァー曲をやっていました。
2015年7月18日、前橋 水星にて
ミチロウさんの「Just Like a Boy」をどるたん節で。
どるしゃあの活動、もうじき10年になるんですね。驚き。


2016年9月18日 北浦和KYARAにて
珍しくLIVE全編、全曲あげてあります。
セットリストは
1. スケッチ
2. 電気のダンス
3. レミング
4. さようなら世界夫人よ(頭脳警察カヴァー)
5. 悪魔を憐れむ歌(The Rolling Stones日本語版カヴァー)

前年の12月小田原Route1でのLIVEでご一緒したもちもちこさんの企画に呼んでいただきました。
そして、その小田原Route1でPANTAさんと一緒に演奏した「さようなら世界夫人よ」は、その後、どるしゃあの重要なレパートリーになりました。PANTAさんお墨付きで演奏させてもらっています。
このころのどるたんは、まだロックバンドのなごりがあるようで、全編立ちで、譜面を見ずに演奏している。驚き。


と、こんな感じで、土曜日のワンマンまで過去動画を紹介していこうと思います。
とりあえず今日は2本!
観てもらえたら嬉しいです。
LIVEに来てくれたらもっと嬉しいです。

では、おやすみなさい。

PANTAさんとアイドルの話2

または『忖度するカーステレオの話』

昨日のブログPANTAさんとアイドルの話の中で、欅坂46のデビュー曲~4thシングルまでのカップリング曲含め全曲を、PANTAさんの車のカーステレオHDDに入れた話をしました。

今回は、「アイドルの話」というよりも、この「カーステレオの話」

このカーステレオなのですが、とにかくなんでもかんでもHDDに入れていて、数千曲入っています。
頭脳警察やPANTAさんのレアなLIVEが丸っと入っていたりもします。
ロック系の曲ばかりではなく、PANTAさんが大好きなフランス・ギャルなどのポップス系ヒットソングもたくさん入っています。
その中に、欅坂46の曲、26曲が仲間入りしたわけです。

そして運転中は常にこのHDDからランダムで曲を流しつづけます。
数千曲の中の26曲ですから、なかなか欅坂46の曲がかかる事はありません。

さて、このカーステレオ、いつの頃からか、「忖度するカーステレオ」と呼ばれるようになりました。
呼ばれるようになった、というか私が名付けたんだけど。

どういう事かと言うと、乗っている人や、状況に合わせて、ぴったりの選曲をしてくるのです。
ランダム再生のはずなのに。

例えば、私が運転する時。
PANTAさんの家まで、自分の車で行き、そこでPANTAさんの車に乗り換え、私の運転で2人で出発!というパターンが多いのですが、大体スタートの1曲目にはビートルズがかかる。
しかも「Got to Get You into My Life」とか「Lovely Rita」とか、なかなか渋く、そして高まる選曲。
その後も、けっこうな頻度でビートルズが流れます。

ビートルズも全曲入っているわけじゃないので、かかる確率は、それほど高くないはずなのに、私の運転中にはとにかくよく流れるんです。そして、2人で歌いながらのドライブ。

他にも誰かを乗せている時に、その人の曲がかかったり、その人が好きな曲が流れたり、と言う事が本当に多い。

なので、PANTAさんに「このカーステ、乗っている人に忖度して選曲してますよね?センサーとかマイクとかついててAI的な何かが選曲してるんじゃないですか?」みたいな話をしたら「そういえばそうだな!」みたいに盛り上がって「絶対、忖度してるよな!」(爆笑)
となったわけです。

その後の話
PANTAさんはよく終演後に共演者などを車で送るというパターンが多いのですが(運転は私)、乗っている人が、カーステから流れる曲を聴いて「あ!この曲、大好きなんです~」とか言うと、PANTAさんと私、顔を見合わせ「ほら、忖度始まったぞ!」と目で語り合い笑い合っていました。

乗っている人に忖度するだけじゃなく、その状況に合わせて最高の音楽流してきた!というパターンもあるのですが、中でも忘れらない一件があります。
ちょっと長いけど、以前他のSNSに投稿した文章があるので、一部抜粋して掲載します。

>引用ここから

見慣れた所沢の街中に入った所でPANTAさんが
「もう少し先に鈴木書店って本屋があるんだけど・・・」
(えっもしかして!?)
「17歳の時にそこでヘルマン・ヘッセの・・・」
(て、いつもMCで聞くやつキターーーー!と同時に本屋さんがあったーーーー!!!!)
私と井上さん同時に
「うわーーーーーーー!!!」
ひっくり返りそうになる。

そうPANTAさんが高校生の頃、この本屋で手にしたヘルマンヘッセの詩集、その中に「さようなら世界夫人よ」という詩があったのです。
町の小さな本屋さんが、しっかりとそこに残っている奇跡。

「さようなら世界夫人よ」が生まれるきっかけとなった本屋さんが、目の前に!
頭の中にその日の光景が、セピア色でフラッシュバック!(ってその日見ていたわけでもないのに)
無性に興奮する二人。
車は鈴木書店の前を通り過ぎ所沢駅へ。
駅前で信号待ち。

興奮冷めやらぬ二人に「ちょっと1周して写真でも撮るかい?」とPANTAさんからありがたい提案。
所沢の街をぐるりと周り、再度鈴木書店。
営業時間は終わり、シャッターは下りているけど、しっかりとそこにある。
車を降り、写真を撮りまくる井上さん。
優しい笑みを浮かべながら、車内で見守るPANTAさん。

鈴木書店


しかし
奇跡はまだ終わらなかった。
井上さんが車に戻るタイミングで、カーステレオから流れてきたのは「オリオン頌歌 第2章」

道中ランダムで再生を続けるハードディスクオーディオ。
そこにはジミヘン、フランス・ギャル、欅坂46、etc.etc.etc.etc.・・・とにかく多種多様、数多くの曲が収められている。
その中から、このタイミングで!!
所沢駅へと向かう車中に、高らかに流れる「オリオン頌歌 第2章」

♪これがオレ達の世界
♪隠しきれない世界

景色が彩度を落としてゆっくりと流れる。
これもしかしてエンドロール?
長野ツアーの前夜には、この「オリオン頌歌 第2章」が収められたロック史に残る名作『クリスタルナハト』30周年LIVEを終えたばかりのPANTA。
そんな『クリスタルナハト』LIVEからの長野ツアー。
その最後に流れたのが『クリスタルナハト』ラストに収められている「オリオン頌歌 第2章」
出来過ぎでしょ!?

>引用ここまで

ここに登場する井上さんとは、現在、映画『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』絶賛公開中の井上淳一監督。

これ、すごくないですか?
車運転しながら、ゾクゾクしました。

そんな「忖度するカーステレオ」の超本領発揮事件が、まだあります!
残念ながら、その時、私はいなかったのですけど、PANTAさんが興奮気味に話してくれました。

ある劇団の公演を観に行った時の事。
同行していたのはマネージャーのTさん(と聞いたような気がするけど違ったらごめんなさい)

その劇中に欅坂46の「不協和音」が流れたとの事。
PANTAさんは、その事にけっこう高まっていたみたいで、終演後、車に乗り込み「欅の曲使ってたな!」と同行者に話しかけた瞬間、カーステレオから流れてきたのが、まさにその曲「不協和音」!!

「この曲だよ!!!!」と2人で驚きのけぞったそうな。

その時の事を、興奮しながら楽しそうに(その曲をカーステレオに入れた張本人の)私に話してくれたのです。

凄すぎるでしょ!
PANTAさんの「忖度するカーステレオ」

PANTAさんとアイドルの話

昨日のブログ『昭和歌謡アイドルソングでGO!』報告に書いたように、一昨日は昭和アイドルのイベントで歌いまくってきたわけですが、「アイドルと言えば」的に思い出した事があります。

それはPANTAさんの事。

私の周りで、現役アイドルの話が出来る人ってPANTAさんしかいなかったのです。
昭和のアイドルなら「麻丘めぐみが好きだった」とか「キャンディーズのコンサート行ってた!」とか、そんな話が出来る人もいるのだけど、現役で活動中のアイドルとなると、なかなか。

この歳でしっかりアイドルの歌を聴いている人自体、なかなかの珍種ですからね。
(よくアイドルの事を話していた頃、私50代後半、PANTAさん60代後半)

その頃、私は欅坂46にはまっていて、PANTAさんも多少興味を持っているという感じ。
で、毎回、欅坂46の事を話すたびに聞かれるのが(同じ質問を何度もされた)

「どるたんは誰が好きなの?」「欅は誰が一番かわいいの?」的な事。

会話を再現すると

P「どるたんは誰が好きなの?」
ど「特に誰って事はないんですけど」
P「じゃあ、何がいいんだよ!?」(なぜか若干怒り気味)
ど「楽曲ですかねぇ」

すると

P「かっこつけんな!」(怒)

と怒られる「ふざけるんじゃねえよ!」みたいな感じで。(笑)

本当なんですけどね。

という事を、一昨日のイベントの後に、つくづく思ったのです。

例えば、昭和のアイドルソングでいうと、大好きな曲は色々あるのですが、アグネス・チャンの曲がかなり好き。当時レコードもしっかり買っていた。
特に「美しい朝がきます」が1番好きで、「妖精の詩」や「草原の輝き」も大好き。
しかし、アグネス・チャンの事が好きかと言われると、(当時から)特に好きじゃない。
顔も好みじゃない。本当にただただ楽曲が好きなんです。いや、まあ、声や歌い方も好きなのかな。

それはいいとして。
別に欅坂46の人たちがかわいくないと言いたいわけじゃなくてね。

さらに

P「あえていえば誰が好きなの?」
ど「渡辺梨加と渡邉理佐」

というやりとり。
これ3,4回同じやりとりをしました。
3回目ぐらいから「前、聞いたな。」と

※渡辺梨加と渡邉理佐の事を語り出すと、ちょっと色々長くなりそうなので、いつかちゃんとブログにまとめたいと思っています。

あとは

P「平手ってセンターの子は、たいしてかわいくないよな?」
ど「あの人は、かわいいとかかわいくないとか言う枠を超えた存在ですから。」

みたいな

PANTAさんにとってアイドルグループで一番重要なのは「かわいい」なんですね。
私は、まず楽曲を好きになって、だんだんメンバーを好きになる傾向。

で、本当に、欅坂46の楽曲は素晴らしかったんです。
特に4枚目のシングル「不協和音」あたりまでは、カップリング含めて、全曲素晴らしかった。

最近のアイドル系シングルって、表題曲以外にカップリングを変えて数タイプ出すパターンが多くて、1曲の表題曲に対して5~7曲程度のカップリング曲があります。

それが全曲、素晴らしかった、今でも全曲歌えるレベル。
本当に欅坂46の楽曲が大好きなんですよ、私。

なので「不協和音」までの収録曲全曲をPANTAさんのカーステレオのHDDに入れてあげました。
この件に関しても、すごく面白い話があるので、改めて書きます。たぶん。
(追記、書きました「PANTAさんとアイドルの話2」

まあ、とにかくPANTAさんにとってのアイドルは「かわいいが正義」という話。
というか、結局のところ、PANTAさんはかわいい女の子が大好き!という話でもありますね。
これは多くの人が知っている話。

さて、ここから先の話は(たぶん)私しか知らない情報。
PANTA&頭脳警察研究家の方も(たぶん)知らない話。
知っても「何のことやら」な話。

また会話再現で

P「欅に上村って子いるだろ?」
ど「ああ、上村莉菜ですね」
P「あの子、かわいいよな?」
ど「・・・いや・・・まあ・・・」

という事で、欅坂46で、PANTAさんの推しメンは上村莉菜。


ちなみに乃木坂46は、与田祐希。


2人とも小さくてかわいい小動物系(?)



【追記】
ついでに、私の欅坂46推しメン、渡辺梨加と渡邉理佐を

PANTAさんの趣味とはまったく傾向が違う。
梨加も理佐も、女性にしては背が高い方。(166~167cm)


エリック・カルメンと岸田智史の思い出と、人としての振る舞い

先日のアカデミー賞授賞式でのRDJらの振る舞いが「アジア人差別」だと話題になっているが、その件で、全く逆の事例として思い出していたのが、エリック・カルメンと岸田智史の事。

まず、RDJらの振る舞いは、アジア人差別以前に人として軽視しているのだと感じていて、それはふだんの生活の中でも、人種的な差別行為だけではなく、職種や立場によって人を軽視する行為としてふつうに見られるのだよな、と思う。

そして思い出していたのが18歳~20歳ぐらいの頃の事。
その頃、コンサートスタッフ的なアルバイトをしていたのだけど、当時は今のように役割が細分化されいなくて、大きな会場ではPA搬入搬出だけの時もあるけれど、ホール公演では、ホールスタッフ的な事を手伝ったり、物販要員として駆り出されたり、という感じだった。

裏方作業中には、出演アーティストと直に接する機会も多く、そういう時、目の前であいさつをしても素通りしていくようなアーティストも中にはいた。
アカデミー賞授賞式でのRDJたちの振る舞いはそれとあまり変わらないと思っている。
(ただ前年度の受賞者に対する敬意みたいなものも欠如していて、それはやはりアジア人である事も関係しているのかも知れないけど)

そんな中、ダントツの好感度で今でも思い出すのが、エリック・カルメンと岸田智史(現在は岸田敏志と表記)の2人。

エリック・カルメンは、中野サンプラザホール公演での事。
楽屋口近くでパンフ類などの搬入作業をしていた私。
その時、楽屋口前に車が止まり、降りて来たのがエリック・カルメン。
そこで私はエリック・カルメンに向かって「こっちですよ」という感じで手を挙げ、楽屋口のドアを開けて待っていた。

エリックは、入り待ちをしていた数人のご婦人ににこやかに応対したあと、足早に私の前を通り会場入り。
そのまま素通りされたとしても、特に失礼とも感じなかったと思うのだけど、わざわざ振り返り、しっかり私と目を合わせ、ちょっと片手を挙げ笑顔を浮かべ「Thank you!」と声をかけてくれたのだ。
ただドアを開けて待っていただけの10代のアルバイトを、人として軽視していない事にとても感動した。
その時の事は、鮮やかに印象に残っていて、今でもよく思い出す。


もうひとり、岸田智史さんにも同じような思い出があって、場所はやはり中野サンプラザ。
PA類の搬入が終わり、楽器類の搬入を始めた頃、会場入りした岸田さん。
ステージ裏で作業していたバイト連中にも、ひとりひとりに挨拶。
私とも挨拶を交わした後に「ぼくのギターは届いていますか?」と、丁寧な口調で話しかけて来た。
「ギター類はあちらに並べてあります。」と答えると「どうもありがとうございます。」と。
当時「きみの朝」が大ヒットしたあとで、人気も高かった頃。
10代のアルバイトに対して、本当に丁寧な言葉と態度で接してくれた事、今でもよく思い出す。
その時のコンサートは、ステージ横で全部観ていたのだけど、音楽にも人柄がとてもよく現れていると感じて、心から感動した。



ちなみに、エリック・カルメンも岸田智史も、当時レコードを数枚持っているレベルのファンだったので、感動もさらに割り増し。


こういうのふだんの生活でも、いっぱいあると思う。
RDJらの行為を批判している人たちは、コンビニの店員に横柄な態度をとっていませんか?
駐車場の誘導員に失礼な態度で接していませんか?
人として、そういうところだよ。

特に日本は、売る側買う側で「お金を払う方が偉い」みたいな風潮もあるから、金出す人が横柄な態度をとりがち。
ドイツやイタリアでは、売る側も買う側もお互いに「ダンケ」「グラーツェ」と言葉を交わす場面をふつうの光景として見てきた。日本でも買う側で「ありがとう」「どうも」と言う人もそれなりにいて、やはりそっちの方が気持ち良いと思うのだが。
お金を払って、サービスや物を与えてもらっているのだから、立場は一緒でしょ?

今、私はライヴハウスなどで演奏活動をしているのだけど、スタッフに対して横柄な態度をとるミュージシャン、けっこういる。
特にホールスタッフや共演の若いミュージシャンに挨拶を返さないどころか、時にはあからさまに邪魔扱いするような人もいる。
それがその人なりの「大物感」の出し方なのかも知れないけど、こちらから見るとものすごい小物。

ひとつ思い出した。

あるミュージシャンの追悼イベントでの事、狭い会場に出演者も一般来場者もぎゅう詰め状態になっていた。そこに一部では名の知られたベテランミュージシャンが入って来た。あからさまに、不機嫌な態度で立っている人をかきわけるように。私も、手で押しやられてかなり激しく嫌な気持ちになった。立っている人の事をまったく人としてみていない態度。

その後に入ってきたのが土屋昌巳さん。
ひとりにひとりに頭を下げながら「すみません」「通してください」と歩を進めていった。


私も、基本的にふだんは土屋昌巳さんタイプ。
誰に対しても同じように敬意をもって接するようにしている。
特に色々なアルバイトをしたり、色々な国で仕事をしたり、経験を積むほどにその意識は大きくなっていった。

そういえばPANTAさんも、立場や年齢で人を軽視したりするような事はまったくなかったな。
スタッフにも若いミュージシャンにも、誰に対しても同じ態度で、いつも敬意をもって接していた。


【追記】
このブログをあげたタイミングで、エリック・カルメンの訃報がTLに流れてきた。
昨日からずっと、心の中にあの笑顔が浮かんでいたのは、そういう事だったのか・・・

頭脳警察『頭脳警察3』

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。


1973

頭脳警察『頭脳警察3』(1972年10月発売)

これは現在の自分を形成する上において、本当に大きな大きな出来事なので、取り上げないわけにはいきません。

以前、ブログにも書いた事がある話なので、一部抜粋した上で若干の加筆修正をしたものを掲載します。

まずは、小学5年生頃からの話。

近所の友達の家には、当時うちには無かったステレオがあり、レコードがたくさんありました。
それは友達のお兄さんの物で、ほとんどが日本のフォークソング。

高田渡、古井戸、加川良などなど

当時は誰が歌っているかなんてことは気にせずに、面白そうだと思うレコードを片っ端から聴かせてもらいました。
ガキですから。

で、ガキでもおぼえやすい歌詞や曲調、ちょっとふざけた感じの歌をおぼえ、田舎道を自転車こぎながら歌っていました。

「自転車に乗って、ベルを鳴らし~♪」(高田渡/自転車にのって)

「大学ノートの裏表紙にさなえちゃんを描いたの♪」(古井戸/さなえちゃん)

「かみしばい、かみしばい、かみしばい屋のあのおやじは♪」(岩井宏/かみしばい)

なんて調子で。

そんなガキが中学生になったある日、友達がレコード棚から取り出した1枚が『頭脳警察3』

「これすげえぞ!」と。

針を落とすと激しいリズム!ギター!そして何より叩きつけられる言葉。

とにかくぶっ飛びました。

なにしろTVから流れる歌謡曲や、TVマンガの主題歌、CMソング、そして上記のフォークソング程度しか聴いた事の無いガキだったので、免疫ゼロ状態。

ステレオから流れてきた「ふざけるんじゃねえよ!」にどれだけの衝撃を受けたことか。

こんな歌詞聴いた事ない!!

「バカに愛想をつかすより ぶん殴るほうが好きさ」って!

とにかくすげえ!!

音にしても、あんな爆発的な音は聴いた事がありません。

ストーンズの「サティスファクション」も、ビートルズの「アイ・フィール・ファイン」も未だ聴いた事の無いガキですから。

いや、聴いた事があったとしても、充分衝撃的。

これが私にとっての、はじめてのロックの衝撃!

さらに「この曲もすげぇよ!」と友達が聴かせてくれたのは『前衛劇団モータープール』

何が何やらよくわからなかったけど、とにかくすげぇ!すげぇ!すげぇ!

それから自転車を漕ぎながら歌う歌はこんな具合になってしまいました。

「ブッシャーブッシャーブッシャー」

「極楽はトワイニング、地獄はモータープール」

「ぜ・ん・え・え・げー・きー・だん・モーーーターーープーーール」



PANTAさんと演歌の話

今は亡きPANTAさんと私がよく行動を共にしていたのは、2016年頃からコロナ前の2019年頃までの間。
短い期間ですが、その時期、かなり頻繁に会っていました。
その頃のある日の話。

突然PANTAさんから「どるたん、演歌書ける?」と聞かれました。
「書ける?」というのはたぶん、曲の事、場合によっては作詞作曲かも。

ほんの少し考えてから「書いた事ないけど、自分の曲がちょっと演歌っぽいと言われる事もあるので、書けそうな気がする。」と、そんな感じで答えました。
PANTAさんは「だよな。」とちょっと嬉しそう。

というのは、PANTAさんは長山洋子さん他、演歌系の方とも親交があり、レコード会社からもたまに、「演歌を書いて欲しい」との注文があるそうで。
「今度、演歌の注文があったら、どるたんに話振るようにするから。」と言ってくれました。

それは願ってもない話!
私、自分自身で歌う曲を書くよりも、誰かのため、何かのため、とテーマがはっきりしている時の方が、スラスラと曲が書けるのです。
(ちなみに自分で歌う曲は突然ポンっと出来るのを待つしかない)

数十年前に書いたゲーム音楽も、けっこうスラっと出来たものが今でも評判よかったり、映画音楽の時の「架空の校歌を明日までに作詞作曲」という超無茶振りにもスラっと対応して3番までの歌詞つき校歌を書いたり。

その後、けっこう演歌の話がくるのを楽しみにしていて、NHK FMの「歌謡スクランブル」で演歌系がかかる時には、ちょっと真剣に聴いてみたり。若干研究してみたり。

しかし、その後、具体的な話はないまま、PANTAさんは昨年の夏に逝ってしまいました。


私は子供の頃から歌謡曲が大好きで、その中でも若干演歌テイストのある曲がかなり好きでした。
千昌夫「星影のワルツ」、黛ジュン「夕月」、渚ゆう子「京都慕情」あたりは特に大好き。

もし、これを読んでいる演歌系プロデューサーの方がいましたら、ぜひPANTAさん推薦のソングライターどるたんに演歌の注文をお願いします。
って、誰も読んでないと思うけど。

写真はイメージです
私が大好きな曲「あじさい橋」(城之内早苗)のシングル盤ジャケット

オックス 「真夏のフラメンコ」(「ロザリオは永遠に」B面)

私を形成しているもの

今の自分を形成する一部になっていると言えるほど印象に残る様々なものを「私を形成しているもの」としてとりあげていきます。他のSNSなどに投稿したものを加筆修正して再掲載しているものもあります。
※この下に書かれた年号は作品の発表年ではなく私がその作品に初めて触れた(と思われる)年。またはそのイベント、出来事を経験した年。
※ただの思い出話です。


1969

オックス 「真夏のフラメンコ」(1969年発売「ロザリオは永遠に」B面)

TVマンガの主題歌ソノシートを聴きまくっていた幼年期から、次の段階に進んだのが1968年、小学校2年生の時。
(もしかしたら1969年のお正月)
初めて歌謡曲のシングル盤を買いました。
それも2枚!!

忘れもしない、飯能銀座通り商店街の一番奥の方、広小路交差点の近くにあったレコード屋さん。
買ったのは
黛ジュン「夕月/愛の奇蹟」
タイガース「青い鳥/ジンジン・バンバン」
黛ジュンは、とにかく「天使の誘惑」が大好きだったのだけど、その時、一番新しかったのが「夕月」だったので、うっかり買っちゃった感じ。
ちょっと演歌よりの曲だったけど、でも、これはこれで大好き。 
タイガースも、その時一番新しいのを買ったのですが、これも大好き。
どちらも聴き込んでいくうちに好き度が増していくような曲でした。
そこから歌謡曲~グループサウンズのレコードにも手を出し始めた小学2年生。

続けざまに買ったのが
オックス「スワンの涙/オックス・クライ」
これ以後、オックスのシングル盤は、出れば買う!
という小学生になりました。
と言っても、その後買ったのは2枚だけ。

「僕は燃えてる/夜明けのオックス」
「ロザリオは永遠に/真夏のフラメンコ」
ここまででした。

オックスは、当時、東京12チャンネルで、(たぶん木曜日の夜7時から)バラエティー歌謡ショー的な番組をやっていて、とてもとても楽しみに観ているような小学生でした。

でも、「ロザリオは永遠に/真夏のフラメンコ」の頃から、テレビに出る事も少なくなっていきます。

このシングルは、B面の「真夏のフラメンコ」が特に好きで、今でも、気分が良い時には、ついつい
♪オー・ビバビバ・オーレ・オレ♪と歌ってしまうレベル。
イントロからものすごく高まります。ストリングスのアレンジに絡むフラメンコ風のカスタネットがすごくかっこいい。
そして、ここぞという時に前面に出てくるフラメンコギターの響き。音色。
間奏の管楽器がまたすごくかっこ良くて、何度でも聴きたくなる曲。とにかく全体のアレンジが素晴らしいし、ハスキーな歌がまた絶妙にマッチしていて最高。
小学生の時は、特にそんな事は考えずに聴いていましたが、とにかく大好きで、何度も何度もレコード盤に針を落としていました。
子供の頃からこういうエキゾチックな音、アコースティックギターの音色が好きだったんだな、と今になって思います。

しかし、テレビであまり観られなくなると、徐々に小学生の興味は、また、別の方向へと向かっていくのでした。


(ここからの文章は初出)

それから数10年後、2016年頃の話。
PANTAさんとGSの話になりました。こんな会話。
「どるたんはその頃GSとか聴いてたの?」
「オックスが好きで、シングル盤は何枚か持ってました。」と答えたら
「おっ!!オックスか!」
と妙に嬉しそう。面白がって、色々と裏話を教えてくれました。
PANTAさんもオックスも当時ホリプロだったんですね。(知らなかった)

それから少しして、オックスのギター岡田志郎さんが主催する「大人の音楽祭」にPANTAさんが出演した際。
岡田さんに「友達でシンガーソングライターのどるたん。オックスの大ファンだったんだってさ。」と紹介してくれました。
すごく嬉しかったのですが、当時は、小学2~3年生。
オックスの歌は大好きだったけど、正直メンバー全員の名前までは知らなかったのです。
それが申し訳なくて「シングル盤、何枚か買ってました~」ぐらいの話しか出来ませんでした。

「大人の音楽祭2016」でのPANTAさん、右端が(オックスの)岡田志郎さん。
もう8年も前になるのか・・・